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嘘の世界1

承認は白紙で落ちてくる

作者: ハル
掲載日:2026/02/15

ミナトは、承認を待つ場所で働いていた。


床がゆっくり回っている。

回っているのに、どこにも行かない。


壁に沿って人が並び、順番が来ると窓の前に立つ。

窓の向こうには何もいない。

声もしない。


ただ、窓の枠だけが新しく塗られ続けている。



ここでは、承認は言葉では来ない。

紙で来る。


窓の下の口が一度だけ開き、白い紙が落ちる。

白いままなら承認。

黒い点が一つでもあれば未承認。


理由は書かれない。

理由があると、紙が重くなるからだと言われていた。


重い紙は落ちない。

落ちない紙は、最初から無かったことになる。



ミナトは毎日、落ちた紙を拾い、白と点付きに分ける。

点付きの紙はその場で破って捨てる。

破ったあと、捨てた痕は残らない。


床の回転が、破り目もため息も平らにする。


ミナトには判断があった。

承認は、待てば必ず当たる。

誰にでも当たる。


床が回り、列は回り、同じ人が二度目に窓へ来るころには、紙は白になっている。


点は擦れて消える。

擦れるのは、待つという行為そのものだ。

ミナトはそう決めていた。


だから点が付いた人にも、何も言わない。


慰める必要がない。

待てば当たるのだから。



ある日、ミナトの番が来た。


働く者も、年に一度だけ窓に立つ決まりだった。

ミナトは列に混じり、床の回転に身を預けた。

前の人が紙を受け取り、白いまま胸にしまう。


次の人は点付きで、紙を見た瞬間に破り、破った痕ごと消えていく。

消えるのは体でも記憶でもなく、ただ「出た形跡」だけだ。


ミナトは窓の前に立った。

口が開くはずの場所を見下ろしながら、目を閉じた。


見ないほうが白くなる、と昔聞いたことがある。

見ないという行為は、待つよりも強い擦れになる。

ミナトの判断は、さらに固くなった。


しかし、そのとき床が止まった。



止まるはずがない。

回っているのに移動していない、それがこの場所の形だった。

止まった瞬間、列も止まり、空気の手触りが変わる。


誰も驚かなかった。

驚きは表情に出るが、ここでは表情は承認の邪魔になる。


だから皆、ただ止まったまま立っていた。


ミナトは目を閉じたまま、待った。

だが待つという手順が、どこにもつながらなくなった気がした。


床が擦らない。

列が進まない。

紙は、擦れて白くならない。


待てば当たる、という判断が、その場で成立しなくなった。


判断が足場を失う感じがした。

落ちるというより、置けない。



目を開けるべきか。開けないべきか。

どちらも、もはや「待つ」ではなかった。


ミナトは自分の手のひらを見た。

そこに紙はない。床が止まっているから、落ちる紙も落ちないのか。重くなって落ちないのか。


そもそも口が開いているのか。見下ろしても分からない。

分からないのに、そこにある輪郭だけは見える。



背中に視線が刺さる。

列の人々は、ミナトの番が終わるまで動けない。

動けないのに、責めてもいない。


責めは点になる。

点は捨てられる。

捨てられた痕は残らない。


だから誰も責めない。ただ見ている。


ミナトは息を整え、窓に向き直った。

口が開く。

開いた気がした。


何かが落ちた音がした。

だが床が止まっているから、音だけが薄く滑って、どこにも着地しない。


ミナトは手を伸ばした。

指先に、紙の角らしき冷たさが触れた気がした。

触れたかどうか確かめる前に、冷たさは消えた。



床がまた回り出した。


いつもの遅い回転。どこにも行かない回転。

列が少しずつ動き、窓の前からミナトの体が押し出される。


ミナトはポケットを探った。

白い紙も点付きの紙もない。

無いのに、胸の内側だけが少し重い。


重さは紙の重さではなく、紙があったという確信の重さでもない。

ただ、何かを受け取る直前の姿勢が残っている重さだった。


仕事に戻る時間になった。

次の人が窓に立つ。

口が開き、紙が落ちる。


白い紙が落ちた。


ミナトは拾いに行く。

拾い上げた紙は、白いままだった。

裏側を見ても、何もない。



ミナトはその紙を仕分けの箱に入れた。


箱の底に、さっき触れた気がした角と同じ形の影が見えた。

影は見えている。

だが、紙をどかしても確かめられない。


どかした瞬間、影のほうが先に整って、いつもの白だけが残る。

床は回り続けている。

どこにも行かないまま。


ミナトは拾う手順を続ける。

胸の重さだけが、紙のように薄く、紙ではないまま残っていた。


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