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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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001 巨匠、転生して屋台を引く

 日本料理、フランス料理、イタリア料理、中華料理、エスニック……。

 ありとあらゆる料理を極めた俺は、いつしか「料理の巨匠」と呼ばれていた。

 メディアにも引っ張りだこで、レシピ本を出せば100万部のヒットは確実。

 だが、そんな俺の人生は実にあっけなく幕を閉じた。


 交通事故。


 ここからがキャリアの集大成という45歳で、俺は命を落とした。

 暴走する大型トラックに突っ込まれ、痛みを感じる間もなく死んだ。


 しかし、俺――帝塚山(てづかやま)シュウジ――の人生には二周目があった。


 ◇


 鏡に映るのは、張りのある肌と短く刈り込まれた黒髪の若い俺。

 カレンダーが示すのは、27年前――2025年4月。

 高校を卒業して間もない頃だ。


「ここは……俺の部屋か」


 若き日を過ごした実家の自室。

 狭い六畳間。

 気がつくと、俺はそこに立っていた。


(これは夢か?)


 確かめるため、俺は勉強机に頭を叩きつけてみた。

 その結果、思っていた以上の痛みが走り、現実だとわかった。


「……まじか」


 理由はわからない。

 わからないが、どうやら俺は18歳の頃に戻ったようだ。

 それも、前世の記憶を引き継いだ状態で。


 ピロロン♪


 机の隅に置いてあるスマホが鳴った。


「そうか、この時代ではスマホが現役なんだな」


 懐かしい気持ちを抱きながらスマホを確認する。

 求人サイトの通知だった。


「このサイト、それにこの時期……」


 当時の記憶が蘇る。


「そうだ、俺はこのサイト経由で料理の世界に足を踏み入れたんだ」


 前世では、このあと有名な料理店に応募した。

 キャリアのスタートは皿洗い。

 そこから研鑽を積み、「料理の巨匠」と呼ばれるようになった。


「料理の技術なら――すでにある」


 前世の記憶がある俺にとって、もはや下積みは不要だ。

 自分よりも未熟な者から学ぶことは何もない。

 そうと決まれば、やることは一つだ。


「店を開こう」


 このままプー太郎でいるわけにもいかない。

 前世で培った技術を生かして、前世以上の料理を作ろう。


 しかし、それには大きな問題があった。


 開店資金が全くないことだ。

 今の俺が銀行で頭を下げても、融資は受けられないだろう。


「そういえば……!」


 そんな時、亡き祖父の蔵に屋台があることを思い出した。

 俺の料理の原点でもある。


「屋台が使えれば、今の俺でも稼げるぞ!」


 俺は着替えもそこそこに、庭にある祖父の蔵へと走った。


 ◇


「あった!」


 祖父の蔵には、目当ての屋台が綺麗な形で残っていた。

 木造のリアカー式で、埃まみれのシートに覆われている。


 屋号は『てづか』。

 赤提灯は色あせているが、骨組みはしっかりしている。

 俺は雑巾で屋台を拭き、汚れを落とした。


「おいおい、調理器具一式も揃っているじゃねぇか!」


 屋台だけでもありがたいのに、他の道具も蔵に眠っていた。

 まるで俺のために用意されているかのようだ。


「爺ちゃん、この屋台は俺が引き継ぐぜ!」


 さあ、仕事の時間だ。

 俺はウキウキで蔵を飛び出した。


 だが、現実はそう甘くはなかった。


 ◇


 飲食店を始めるために必要なものは二つある。

 一つはお金で、もう一つが――。


「食品衛生責任者の資格取得講習は二ヶ月待ちですね。それと、飲食店営業許可の申請には、図面の提出と現地確認が必要です。屋台の場合、給排水設備の基準が厳しくなりますし、道路の使用許可も警察署で取っていただく必要があります」


 役所の窓口で、担当者の無慈悲な声が俺に襲いかかる。


「資格……許可……現地確認……!」


 こういった諸々の手続きは、お金があっても避けられない。

 たとえ屋台や調理器具があろうと、すぐには店を開けないのだ。


「そっすか……。じゃあ、出直します」


 俺は肩を落とし、重い足取りで役所を出た。

 家に帰り、リビングでやけ酒ならぬやけ茶を啜りながらテレビをつける。

 ニュースキャスターが深刻な顔で原稿を読んでいた。


『――続きまして、ダンジョン特区のニュースです。依然として魔物の活動は活発化しており、冒険者の負傷率も増加傾向にあります』


 画面に映し出されたのは、日本の一部を巨大な壁で囲った隔離地域だ。

 突如発生した「ダンジョン」を中心に、政府が指定した特別行政区画。

 そこは魔物が跋扈(ばつこ)する危険地帯であり、同時に未知の資源が眠る宝の山でもある。

 前世では縁のなかった場所だ。


「……ん?」


 俺は湯呑を持つ手を止めた。


(ダンジョン特区……あそこは確か、一般の法律が適用されない治外法権エリアじゃなかったか?)


 前世では、ダンジョン特区には専用の法律が存在していた。

 一般の法律とは全く異なるらしいが、詳しいことは知らない。


 現世ではどうなのだろうか。

 そんなことを思っていると、キャスターが言った。


『政府は特区内での経済活動を推奨しており、規制緩和の一環として、現地での物品販売や飲食物の提供に関する法的手続きを一切免除する方針を打ち出しました』


 まるで天啓だ。


「法的手続きを一切免除だと……!?」


 つまり、七面倒な作業をすっ飛ばして屋台を開けるということだ。

 保健所の許可も、食品衛生責任者の資格も、道路使用許可もいらない。


「これだ! これしかない!」


 俺は反射的に立ち上がっていた。

 許可がいらないなら、今すぐにでも店が開ける。


「ちょうどいい! 前々から魔物料理に挑戦したいと思っていたんだ!」


 前世でも、魔物料理の調理法は確立されていなかった。

 料理人の中には、「魔物の肉はどう調理しても不味い」と言い切る者すらいるほどだ。


 しかし、俺の技術なら不可能を可能にできるはずだ。

 これまで、どんなゲテモノでも極上の料理にしてきた。

 経験に裏打ちされた確かな自信だ。


 そのうえ、魔物料理は貧乏な俺に最適だった。

 現地調達のため材料費はタダ同然だし、特区内で店を開けば危険手当として料金を上乗せできる。

 同業者などいないため、完全なブルーオーシャンだ。


「よし、行くか! ダンジョンへ!」


 善は急げだ。

 俺は蔵から屋台『てづか』を引き出し、タイヤに空気を入れた。

 包丁セットを研ぎ直し、基本的な調味料と米、それに調理器具を積み込む。


「この調理器具……よく見れば魔導具じゃないか! さすがは爺ちゃん! わかってるぜ!」


 魔導具とは、魔石を動力源とする様々な道具のこと。

 今回の場合、ガスや電気がなくても調理できるもの、というイメージだ。


 そして、魔石とは魔物を倒すと得られる資源のこと。

 魔導具に嵌め込んだり、エネルギーに変換したりして使う。

 今回は前者なので、感覚としては電池に似ていた。


「待ってろよ、未知の食材たち!」


 俺は作務衣の袖をまくり、前掛けを締め直した。

 18歳の身体に力がみなぎる。


 リアカーの取っ手を握り、俺は一歩を踏み出した。

 目指すはダンジョン特区。


 巨匠と呼ばれた男の、二度目の料理人生が幕を開ける。


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