第9話 玉は戦場へ
だが――
宗歩の次の手を見た瞬間、心臓が凍りついた。
△9四歩。
宗歩が端の歩を突く駒音が、広間に高く響いた。
「え……?」
俺は動揺を隠せなかった。
端攻め。
それは穴熊囲いの最大の弱点を突く手。
穴熊は中央や横からの攻めには滅法強い。
そこで現代将棋では端――
玉がいる9筋への攻めが、最も有力な穴熊崩しの方法とされている。
△9五歩。
宗歩はさらに端の歩を突く。
△9六歩。
蓮は受けに回ったが、宗歩の攻めは止まらない。
(なんで……なんでこの時代に穴熊の急所を知ってるんだ……?)
頭が真っ白になり、指先から血の気が引いた。
桂馬、香車、歩、そして繰り出してきた銀とのコンビネーションで、端の奥にいる玉を的確に狙ってくる。
宗歩の指し手は、まるで穴熊を知り尽くしてるかのようであり、俺の守りは次々と崩されていった。
(負けたら……死ぬ)
その事実が、脳裏をよぎり、思考が止まりそうになった。
駒を持つ指先が汗で滑り、震えだす。
(どうする……どうすればいいんだよ!!!……)
盤を見つめるけど、答えが見えない。
宗歩の攻めは冷徹で、正確で、容赦ない。
周囲の武士たちも固唾を呑んで見守ってる。
もう逃げ場はない。
そのとき――
ある記憶がよぎった。
おじいちゃんとの将棋。
何度も端攻めを受けてた記憶――
(そうだ……俺が穴熊をした時、おじいちゃんは――)
記憶を手繰り寄せる。
(おじいちゃんは何て言ってたっけ・・・?)
端攻めを受けるには、どうしたらいいか。
「……自分の駒、相手の駒、盤面を広く見るんじゃよ、蓮」
頭にふと浮かんだおじいちゃんの言葉。
――そうだ、これだけ守りは崩されたけど、相手も歩を使い果たしている。
盤上の駒が頭の中で動き始める。
相手の戦力。持ち駒をしっかりと見極めて――
宗歩は△9四香打。俺の9七の銀を狙ってきた。
ここしかない――
▲8八玉。
穴熊に潜っていた玉が自分で、端攻めを全力で受けに行く。
玉は、取られたら負けになってしまうけど、全てのマスを動ける駒。
玉を守るのも大事だけど、玉自ら戦場に行かなきゃいけない時もある。
「……お前の玉を鍛えるんじゃよ、蓮。」
思い出したもう一つのおじいちゃんの言葉――
一瞬、盤上の空気が変わった。
宗歩の目がわずかに見開かれる。
「……ほう」
その表情には驚きと――どこか嬉しそうな色が混じってるような気がした。
俺は冷静さを取り戻しつつあった。
(まだ……まだ負けてない!!)




