第8話 伝説の棋聖VS現代将棋の秘技、穴熊
(どうする……戦型は……)
頭の中でおぼろげな記憶を呼び起こす。
祖父と指したあの日々。
ブランクはあるけど、不思議なことに駒を持つと、二枚落ちの定跡がなんとなく頭に浮かんできた。
――でも、ここは江戸時代。
現代の常識が通じる保証なんてない。
(勝つためには……絶対に負けない形を選ぶしかない)
そのとき、俺の頭に浮かんだ――ある1つの戦型。
玉を一番端、9九まで寄せて、香車、桂馬、金、銀でガチガチに固める。
穴熊囲い。
通称、穴熊。
現代じゃ持久戦の王道だけど、この囲いが広まったのは1970年代。
江戸時代じゃまずお目にかかれないはずだ。
ただ――
二枚落ちで穴熊はタブーとされてた気がする。
穴熊の弱点は、その囲いをつくるまでに時間がかかることで、速攻に弱いところがある。
たけど、二枚落ちの場合、上手には飛び道具である飛車と角がない。
だから、攻めが遅くなるので、下手がわりと簡単に穴熊に組める。
それで勝っても棋力の上昇につながらないし、"卑怯"とまで言う人だっている。
俺も二枚落ちの下手側で穴熊を使って、よくおじいちゃんに怒られた気もするけど――
駒落ちで穴熊は卑怯?
そんなの知るか!
こっちは命がかかってんだぞ!
負ければ即あの世行きだ!
……周りの目なんてどうでもいい。
生き残るためなら、どんな手段でも使ってやる。
俺は覚悟を決めた。
▲9八香。
端に香車を上がる。
穴熊への布石。
宗歩はその手を見て――わずかに目を細めた。
「……ほう」
何か言いたげな表情。
だが何も言わず、宗歩は次の手を指す。
俺も黙々と指し手を進めた。
▲8八玉、▲9九玉、▲8八銀、▲7九金。
玉が端の一番奥に潜り込み、金銀桂香がその周りを囲んだ。
周囲の武士たちがざわめいている。
「なんじゃ、あの構えは……」
「見たことがないぞ…」
「奇怪な囲いじゃ…」
将軍も興味深そうに身を乗り出した。
「……宗歩、小僧のこの構えは何という?」
宗歩は静かに答えた。
「……穴熊、と申します」
「穴熊?」
「はい。熊が穴に籠るように、玉を固く守る囲いにございます」
将軍は感心したように頷いた。
「ほう……面白い」
(…え?宗歩は穴熊を知ってる?)
驚いた。
心臓がまたバクバク鳴りそうになったけど、まあ穴熊自体はこの時代にもあったかもしれない。
でも、穴熊を使う指し手はそんなにいなかったはず。
穴熊の崩し方や対処方法までは分からないはずだ……
俺は自分に言い聞かせた。




