第31話 光の先へ
盤から、放たれた光。
最初は、かすかな灯火のようだった。
だが――
その光は次第に強さを増し、
ゆっくりと五平を包み込んでいく。
(……この光は……)
忘れるはずがない。
俺を江戸に導き、
そして現代へ引き戻した――
あの光だ。
胸の奥が、冷たくなる。
まさか。
この光は五平を――
江戸へ連れ戻してしまうのか。
喉が締めつけられる。
(……そんな)
やっと、会えたのに。
呼び止めようとした。
だが、息だけが漏れる。
(……何で!?)
分からない。
しかし、この光を前に――
金縛りにあったように、体が動かない。
声も出ない。
(……五平!!)
そして。
光は、完全に五平の姿を覆い隠した。
---
……どれくらいの時間が経ったのか。
(……ここは?)
五平が意識を取り戻すと、
目の前には真っ白な景色が広がっていた。
音もない。
ただ静寂が支配する世界。
(そうだ……私は)
あの盤の光に包まれ、
いつの間にか意識を失った。
あのとき――
私は江戸に戻ることを覚悟していた。
そう。
いつかの蓮のように。
自分の世に帰るときが、
来たのであろうと。
――しかし。
ここは、江戸の世ではない。
(……何が起こっている?)
そう思った、そのとき。
「五平」
背後から、懐かしい声が響いた。
(……何だと?)
そう。
この声を忘れるはずがない。
息を呑み、振り向く。
そこに立っていたのは――
「……宗歩様!」
凛とした佇まい。
揺るがぬ眼差し。
見間違えるはずがない。
誰よりも会いたかった、
師の姿であった。
「……久方ぶりだな」
五平は、言葉を失った。
もう、この世にいないはずの存在。
だが――
確かに、そこに立っている。
「……お前が驚くのも無理はない」
師は、わずかに微笑んだ。
「お前と蓮の対局――見させてもらった」
「……!」
私は言葉を失った。
真っ直ぐな眼差しが、私を見ていた。
「私は……よい弟子達を持った」
その言葉は、静かに胸に落ちた。
「……恐れ入ります」
言葉を絞り出し、思わず頭を下げる。
もっと話したいことがある。
そのはずだった。
だが――
言葉が続かない。
「……いずれ、江戸へ帰るその時まで」
一瞬の静寂。
「……蓮と共に、精進するのだぞ」
「……宗歩様」
私は、ゆっくりと顔を上げた。
だが――
師はすでに背を向けていた。
「……また会える時を、楽しみにしているぞ」
その瞬間――
光が、やわらかく揺らいだ。
---
(……!?)
突然、光がほどけていく。
(……まさか)
この光が消えたとき――
五平は、もういないかもしれない。
背筋が冷える。
そして――
光が消えた。
そこに立っていたのは……
悟平の姿。
俯き、静かに佇んでいる。
ゆっくりと顔が上がる。
「……蓮」
俺を呼ぶ声。
「……五平なの?」
わずかに声が震える。
「……ああ」
その一言で、膝から力が抜けた。
「……良かった」
それしか言えなかった。
五平は、静かに言葉を続ける。
「……宗歩様に、お会いした」
「……えっ?」
息を呑む。
「……私たちの対局を、
見ていてくださったと」
「……!」
「そして……
蓮と共に精進せよと……
お言葉を頂いた」
盤へと落とされた視線。
その横顔は、どこか穏やかだった。
そして。
次の瞬間、五平は目を閉じた。
そして、申し訳なさそうに――
こうつぶやいた。
「悟平殿。申し訳ありませぬが――」
大きく息を吐く。
「もうしばらく……
この体、お借りしますぞ」
「……五平」
俺はそれ以上何も言わず、ただ頷いた。
光は、もうない。
だが――
あの光は、確かに俺たちを繋いだ。
---
盤と駒を片付け終えたころ、玄関の開く音がした。
気づけば、窓の外は夕暮れ。
祖母の声が、一階から響く。
将棋盤のあった場所には、
ただ畳の目が広がっている。
だが――
あの一局の熱だけは、
まだ消えていない。
俺と五平は、顔を見合わせ、
どちらからともなく、ふっと笑い――
祖父の部屋を後にした。




