第6話 命を懸けた一局の幕開け
「おい、小僧」
将軍の声が、低く響いた。
「其方が御城将棋の舞台を汚した罪は、真に重い」
空気が一変した。
周囲の武士たちが一斉に刀の柄を握る。
ヤバい。本当にヤバい。
「本来であれば、この場で首を刎ねるところだが――」
背筋に冷たいものが走る。
「そなた、将棋が指せるのであろう?」
「……え?」
「ならば、この宗歩と勝負せよ」
将軍は楽しそうに笑みを深めた。
「手合いは……そうだな。二枚落ちで構わぬ。勝てば、命だけは助けてやろう」
俺は、その将軍の言葉に耳を疑った。
伝説の棋聖・宗歩と対局?
俺が……?
二枚落ち。
縦横に何マスでも自由に動ける飛車。
斜めに何マスでも自由に動ける角。
将棋におけるこの二枚の最強の駒を、宗歩が使用しないハンデ戦。
将軍も流石に子どもの俺が、宗歩相手に平手――ハンデ無しで勝負になるなんて思わなかったんだろう。
ただ、将軍が提案した二枚落ちという手合いは相当なハンデ戦で、飛車・角無しの相手に負けることなんて、普通なら考えられない。
俺は、二枚落ちならおじいちゃんにも勝ったことがある。
それくらい、大きなハンデをもらえるってことだ。
でも、対局相手は――天野宗歩。
江戸時代最強の棋士。
そして、俺には長いブランクがある。
ましてや、負けたら死んでしまう勝負だなんて、できるわけが――
「ま、待ってください!俺、将棋なんて何年も……」
「断るか?」
将軍の目が、一瞬だけ鋭く光った。
「ならば今すぐ、その首を――」
「や、や、やります!」
反射的に叫んでた。
やるしかない。
死ぬわけにはいかない。
将軍は満足そうに頷き、宗歩に視線を向けた。
「……御意」
宗歩は静かに一礼し、それから俺の方を見た。
その目は鋭く、強者だけが持つ威圧を放っていた。
けれど、宗歩のその瞳の奥に――
なぜか、優しい光のようなものを感じた。
そう、まるで……昔のおじいちゃんが俺を見つめる瞳と同じような――
「……さあ、先程の一手。其方の実力か見せてみよ」
宗歩の声は穏やかだった。
俺は震える足を何とか堪え、盤の前に座った。
それは――命を懸けた対局の幕開けだった。




