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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: 一進(にのまえすすむ)
第2章 現代・高校将棋部編
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第22話 決勝戦の先にあったもの

「……神矢 蓮君、というんだね」


盤の脇に立った中野さんが、

俺の対局カードに目を落としながら、

ゆっくりと名前を口にした。


「神矢……

 この字で“かみや”という苗字は、珍しいね」


何かを探るように、

その目が細められる。


「もしかして――

 神矢元棋聖と、何か関係があるのかい?」


一瞬、

周囲の空気が止まった。


「……はい」


俺は視線を逸らさず、答えた。


「神矢宗一郎は、僕の祖父です」


「――なんだって!?」


中野さんよりも先に、

声を上げたのは、

向かいに座っていた吉田さんだった。


「おいおい……

 それを先に言ってくれよ、兄ちゃん」


吉田さんは盤を指で軽く叩きながら、

呆れたように笑う。


その直後だった。


「えぇー!?」


甲高い声が割り込んできた。


「神矢先生のお孫さんなの!?

 私、大ファンだったのよ!」


受付の宮崎さんが、

身を乗り出すようにして近づいてくる。


「そんなに強いのも納得ね!

 サインしてもらっちゃおうかしら!」


「ええ!?

 ……サ、サインは勘弁してください!」


俺は必死に手を振った。

宮崎さんは、少し残念そうに笑う。


その様子を見ながら、

吉田さんが肩をすくめた。


「そりゃあ、みんなが敵わないわけだ。

 兄ちゃんも、人が悪いなぁ」


「い、いえ!」


俺は慌てて首を振る。


「本当に……

 将棋は、ずっと指してなかったんです」


「……ほう」


中野さんが、静かに口を開いた。


「ちゃんと指し始めたのは、いつ頃なんだい?」


「半年くらい前です」


俺は、できるだけ簡単に説明した。


幼い頃、祖父と指していたこと。

小学生になってから、将棋盤に触れなくなったこと。

そして――

最近になって、将棋の楽しさを思い出し、

もう一度、将棋を指すようになったこと。


……江戸の話は、もちろん伏せたまま。


話し終えると、

二人はしばらく黙り込んだ。


「トッププロに、

 二枚落ちで勝つ五歳児……」


吉田さんが、腕組みをしながら呟く。


「それで、再開して半年でこの棋力か……」


小さく息を吐く。


「それが本当なら……

 天才ってのは、やっぱりいるもんだな」


そう言いながら、

吉田さんは盤面に視線を落とす。


まだ半信半疑。

だが、完全には否定できない。

そんな表情だった。


「……信じられないが、確かに」


吉田さんが、ふと顔を上げる。


「兄ちゃん。

 あんたの指し方は、今どきじゃない」


ギクリ、と胸が鳴った。


「昔の形を選ぶときがある。

 ただ……昔過ぎるような気もするけどな」


――さすが六段。


俺の棋風に混じる“異物”を、

正確に感じ取っている。


そう。

俺の古風な棋風は、祖父ではない。

宗歩先生の影響だ。


「……あ、そうですかね。アハハ……」


俺は苦笑いをして、

それ以上踏み込まれないように話を流した。


「……ところで、神矢君」


中野さんが、話を切るように俺の名前を呼ぶ。


「さっき、受付の宮崎さんから聞いたよ。

 私に用があるんだって?」


「は、はい」


ここでようやく、

俺は本題に戻った。


今日、このセンターに来た理由。


「……昔、ここに通っていた子のことで、

 話を聞きたくて」


「ほう」


「佐久間悟平、という子です」


その名前を口にした瞬間、

中野さんの目が、はっきりと変わった。


「……悟平君、か」


懐かしさを含んだ、低い声。


「君は、悟平君の知り合いなのかい?」


「はい。

 同じ学校で、最近仲良くなったんです。

 でも……将棋のことになると、

 何も教えてくれなくて」


一度、言葉を切る。


「それで、同じ学校で教師をしている、

 悟平君のお父さんから、

 このセンターに通っていたことがあると、

 聞きました」


「そうか……」


中野さんは、

静かに盤へと視線を落とした。


「確かに来ていたよ。

 いつも、お母さんと一緒だった。

 ……とても才能のある子だったね」


「ああ、ひょっとしてあの子か!?」


吉田さんも、

思い出したように声を上げた。


「子どもの全国大会で、

 決勝まで進んだ子だろ?

 あのときは、随分盛り上がったな」


え?全国大会?

......大会ってそんな凄い大会だったのか。


中野さんは、

しばらく黙り込んだまま、

何かを考えている様子だった。


そして――

小さく、頷く。


「……ちょっと、待っていてくれるかな」


そう言って、

中野さんは部屋の奥へと歩いていった。


その背中を見送りながら、

胸の奥がざわりと騒ぐ。


――間違いない。

心臓の奥が、妙に強く打っていた。


きっと、ここには、

悟平君が、将棋から離れた理由に繋がる

“何か”が残っている。


俺は、それを確信に近い予感として、

はっきりと感じていた。

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