第15.7話 あまりに遠い時へ
『……お前もついてくるか?』
『…………』
『……そうか。
……また逢う日を楽しみにしているぞ――』
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「……! 宗歩様!!」
そう叫んで、目を覚ましたとき、
私はまず――
自分がどこにいるのか、分からなかった。
どんな夢を見ていたのかは、
思い出せない。
ただ、胸の奥に残るのは、
張りついたような喪失感。
そして、名を呼ばずにはいられなかった
あの衝動だけだった。
ゆっくりと、辺りを見渡す。
天井は低く、白い。
梁も、障子もない。
畳ではなく、
柔らかい敷物の上で眠っていた。
(……ここは……)
起き上がり、
自分の着ている衣服を見て、
はっとした。
これは――
なんだ?
……そうだ。
あの少年、蓮が――
初めて屋敷に現れたとき、
着ていたあの召し物によく似ている。
その瞬間――
壁の向こうから、声がした。
「どうした、悟平?
すごい声がしたけど」
ごへい?
なぜ、この男は――
私の名を知っている?
「……入るよ」
戸が開き、一人の男が顔を出す。
見知らぬ顔……だが、どこか懐かしい。
「なんかあったのか、悟平?」
そのとき。
堰を切ったように――
記憶が、
頭の奥へと流れ込んできた。
知らぬはずの景色。
知らぬはずの人々。
知らぬはずの人生。
信じられないが――
この男は、父のようだ。
私は、無意識に口を開いていた。
「……いや、何でもない、父上」
「……父上?」
怪訝そうに眉をひそめられ、
私は、はっと我に返る。
――そうか。
ここは、おそらく私の世ではない。
言葉遣いすら、違う。
では、一体どうしたら――
また、そのとき。
怒涛のように、
この世の言葉、知識、文化が、
頭の中に流れ込んでくる。
「……いや。
……何でもないよ、父さん」
言葉を探すように、私は言った。
「……そうか。
もう朝だから、起きてもいい時間だ。
朝ごはんもできてるよ」
そう言って、男――いや、
父上は、部屋を出て行った。
残された私は、
しばらく、身体の力が抜けたままだった。
信じがたいことだが――
私にはこの者の記憶が分かる。
この者の名は、
佐久間悟平。
人の身に、別の魂が宿るなど――
世に聞く怪異の類だと、思っていた。
しかし、今。
私は、この者の体に乗り移っている。
……そうとしか、考えられない。
そう理解するより早く、
彼の記憶が、次々と、
私の内側に染み込んでくる。
そして――
ある一つの事実が、
思考を、凍りつかせた。
この者の記憶によれば――
江戸の世からは、少なくとも、
優に百五十年以上の月日が、
流れているという。
呼吸が、一瞬止まった。
そう、あまりにも遠い未来へと――
来てしまったのだ。
私、小野五平は。




