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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: 一進(にのまえすすむ)
第2章 現代・高校将棋部編
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第9話 17手詰めの解答

「……神矢君」

「……はい」


「……もう詰んでるよ」

「……え?」


盤面から顔を上げる。

次の一手を考えていたつもりだったのに――


よく見たら、俺の玉はもう逃げ道がなかった。

完全な負け。


佐久間先生が心配そうに、

そっと俺の顔を覗き込む。


「……なんかあった?」

「え……あ、いえ……」


言葉に詰まり、思わず視線をそらす。


放課後の理科室。


俺はちゃんとした入部宣言もしないまま、

毎日のように先生と将棋を指していた。


けれど今日は、心のどこかが――

誰もいなかったあの病室に、

まだ置き去りのままになっている。


先生は盤から視線を離し、腕を組んだ。


「うーん……神矢君らしくないなぁ。

 集中力がふわっとしてるというか……」


その言葉が胸に刺さる。

俺は、駒を一つずつ並べ直しながら、

小さく息を吐いた。


「……もし悩みがあるなら、

 言ってみたまえ。


 将棋でも人生でも、

 詰む前に手を打つのが大事だからね!」


急に決め台詞みたいなことを言うから、

少しだけ苦笑が漏れた。


でも――

その顔は本気で心配してくれている顔だった。


「……先生。

 実は、ちょっと……悩んでることがあって」


その言葉を口にした瞬間、

胸の奥で固まっていた不安が、

ようやく少しだけ溶け出した気がした。


俺は、遥のことについて話した。


入院中に二人で将棋を指したこと。

転院していたこと。

その転院先を教えてもらえなかったこと。


行き場のない不安が――

ずっと胸の奥でざわついていること。


佐久間先生は、

何も言わずに聞いてくれていた。


途中で頷きながら、真剣なまなざしで。


「……そうか。なるほどね」


ぽつりと呟いたあと、

先生は軽く息を吐いた。


「神矢君。

 ちょっと1日、時間をもらえるかな」


「……? あ、はい」


何をするつもりなのか分からず、

問い返しそうになった。


けれど先生は、にかっと笑った。


「この難問。

 そう、まるで17手詰めの詰将棋のような――

 

 私に任せたまえ。

 明日の昼休み、ここでまた会おう!」


その言葉だけ残し、

白衣の裾を揺らして理科室を出て行った。


扉が閉まる音だけが、静かに響く。


俺はぽかんとしたまま、

先生の後ろ姿を見送った。


……何をしに行ったんだ?

……そして、今の例えは一体?


胸の奥に不安が宿りつつ、

小さな期待のようなものが、

じわりと広がっていった。



---



そして翌日の昼休み。


落ち着かない気持ちのまま、

理科室の扉の前に立っていた。


そっと扉を開けると――


「おお、神矢君! 来たか!」


佐久間先生は、

なぜか昨日よりもテンションが高かった。


「せ、先生。昨日の……」


俺が言いかけると、先生は胸を張って言った。


「朗報だ!」

「……え?」


「遥さんの担任の先生に、

 ちゃんと話を聞いてきた!」


ああ――

昨日の“1日もらえるか”は、

これのためだったのか。


「神矢君が会いたい気持ちも、

 事情も、全部伝えたよ」


「……先生……」


胸が少し熱くなる。


「ただ、結論から言うと――

 “転院先は教えられない”そうだ。

 まあこれは仕方ない!」


「……はい」


病院でも同じことを言われたばかりだ。

分かってはいる。


しかし、先生は人差し指をぴしっと立てた。


「しかし! だ!」


突き出された人差し指が、

俺の目の前すれすれで止まった。


近い。いや、近すぎる。

ふと見ると、先生の指先の指紋が妙に薄い。


……薬品、触りすぎなんじゃないだろうか。


「手紙なら預かって届けられる――

 だそうだ!」


「……え?」


聞き返すより早く、胸の奥が跳ねた。


「担任の先生なら、保護者とも連絡するしね。

 場所はダメでも、手紙なら問題ないらしい!」


先生は鼻の穴を広げながら、

全力のドヤ顔だった。


「だから神矢君。

 君が書いた手紙は――

 必ず、遥さんに届く!」


その言葉は、

ずっと胸につかえていた重さを、

一気にほどいてくれた。


「……本当に……届くんですか……?」


「任せたまえ!!」


理科室の窓が揺れた気がした。

思わずくすっと、笑みがこぼれる。

でも、次の瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。


(……届くんだ……)


昨日から探していた“出口”が、

ようやく見えた気がした。


「……先生。ありがとうございます。

 本当に……ありがとう。」


佐久間先生は照れくさそうに、

白衣の袖で鼻をこすりながら言った。


「礼なんかいいさ! さあ神矢君。早速……」

「……?」


「恋文の練習だ!!」

「いや恋文じゃないですって!!」


理科室に俺のツッコミが響く。

先生は「むっはっは」と満足げに笑いながら、

白衣の袖をぱたぱたと揺らしていた。


(……書こう。絶対に)


胸の奥で、確かに思っていた。


恋文ではないけれど――


遥に届くように。


今の俺の想いすべてが、まっすぐ伝わるように。

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