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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: 一進(にのまえすすむ)
第2章 現代・高校将棋部編
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第4話 父の夢

「……蓮は……

 お父さんのこと、どのくらい覚えてる?」


母さんは、

エプロンの端をそっと握りしめながら言った。


表情はいつも通り優しいのに――

声だけが、かすかに震えていた。


「……正直、あまり覚えてない。

 でも、すごく優しかったことと……

 大好きだったことは覚えてる」


言葉にした瞬間、

俺の頭に一つの疑問が浮かぶ。


(……なんで、

 そんなに大好きだった父さんのことを

 俺は、ほとんど覚えてないんだ?)


母さんはゆっくりと視線を落とす。


その仕草には、

何かを言うべきか迷っているような、

遠い記憶を手探りで探しているような……

そんな影があった。


静かな時間が落ちる。

その沈黙の重たさを、俺は肌で感じていた。


しばらくして――

母さんは小さく息を吸い、俺の方へ向き直った。


「あの人……

 あなたのお父さんの悠真はね。

 あなたが生まれる前……


 宗一郎おじいちゃんと同じ、

 将棋のプロ棋士を目指していたの。」


胸が、ドクン、と鳴った。


(父さんが……プロを?)


部屋の空気が、少し冷たく感じた。

母さんの声には、

押し殺した痛みが混じっている。


「あの人は……

 自分のお父さん――

 宗一郎おじいちゃんに憧れて、

 小さい頃からずっと将棋を指して……

 

 気がつけば、将棋のために、

 全部を使うような人になっていったの」


母さんは、

遠くを見るような目で言葉を重ねた。


母さんは父さんとは幼馴染だったから、

きっと昔の光景が目に浮かんでいるのだろう。


思い出を一枚一枚めくるように、

ゆっくりと言葉を続ける。


「プロになるために、

 奨励会にも入ったのに……

 

 でも、体が弱かったから何度も倒れて……

 結局、その夢を諦めるしかなかったの」


淡々とした言葉なのに、

ひとつひとつが胸に重く落ちてくる。


「それから、将棋をやめて別の仕事をして……

 その後、私と結婚して、蓮が生まれて。

 

 幸せな日々が続いたわ。」


母さんの声が少し柔らかくなり――

だがその温かさは、すぐに陰りへと変わった。


「でも、あの人は――

 やっぱり諦めきれなくて、

 また将棋を始めたの」


「……えっ?」


「奨励会に所属していなくても、

 プロを目指せる制度ができて……

 仕事が終わってから、

 毎日、必死に練習をして……


 本当に、プロになれるまで、

 あと一歩のところまで来たの」


息をのむ。


「でも、その試験の当日……

 玄関で倒れて――」


ぽたり、と。

美月の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「私は……止められなかったの。

 

 あの人が、

 将棋のために命を懸けるのを……」


俯いた肩が、小さく震えている。


俺は何も言えなかった。


目の前の母さんの震えと、

父の将棋への壮絶な情熱が――


きつく胸を締め付けた。

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