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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: くろ
第2章 現代・高校将棋部編
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第2話 理科室で燃える四番勝負、俺VSアマ五段

将棋部の部室らしく、

理科室の棚にはいくつもの将棋盤と駒が無造作に並んでいた。


佐久間先生は、焦げた器具や試験管を端に寄せ、

空いた机の中央に将棋盤を慎重に置く。


「よし! これでいいな」

そして、ぱっと俺の方へ振り返る。


「まず! 君の実力を見せてもらおう!!」


その目は、きらきらを通り越してギラギラしていた。

(まさか……ただ自分が将棋したいだけじゃ……?)

蓮はつい疑わしげな視線を向けてしまう。


「ん? 何か言いたいことがあるのか?」

「(ヤバッ)せ、先生はどのくらいの腕前なんですか?」

「私か? 私は大学将棋部で鍛えたからな!

 力は落ちているだろうが……今でもアマ五段はあるぞ!!」


(アマチュア五段? そんな強い顧問、そうそういないのでは……)


けれど――

胸の奥がじわっと熱くなる。


そんな強い人と指せる。

江戸で宗歩や五平と向き合った時間が、

手のひらの記憶と一緒に蘇ってくる。


(……やるか)


「分かりました。お願いします!」


すると佐久間先生は、当然のように言い放った。


「君、初心者だろう? では、私が飛車角、2枚落とそう!」

「あ、いや……」

「さあ来い!!」


(この先生……本当に人の話聞かない)


こうして、対局が始まった。


◆ 1局目 2枚落ち


盤を見つめた瞬間、

江戸の空気が胸の底から立ち上った。


宗歩の穏やかな声。

五平の優しい笑み。

木駒の手触りと香り――。


――そして、数分後。


「……負けだ。……君、中々やるな」


佐久間先生は、静かに盤を見つめたまま呟いた。

その声には、わずかな驚きと警戒が混じっている。


「あ、その……すみません……」

「いや。2枚落ちは……私が君を侮りすぎた。

 次は――飛車落ちだ」


落ち着いた声なのに、どこか火がつきはじめていた。


◆ 2局目 飛車落ち


――20分後。


「くっ……負け、だと……!?」


先ほどより明らかに声が大きい。

先生の眉がピクピク動いている。


「いや、その……たまたま……」

「たまたまなものか!! 次は角落ちだ!!」


◆ 3局目 角落ち


――30分後。


「負けるぅぅぅぅ!? なんでだぁぁぁ!!?」


ついに机をバンッと叩く佐久間先生。

さっきまでの冷静さは完全に消え失せていた。


「いや、でも相当いい勝負でしたよ……」

「いい勝負とかそういう問題じゃなーーーい!!

 次! 最後は平手だ!!」


◆ 4局目 平手(ハンデ無し)


理科室が静まり返る。

もう窓の外は橙色に染まりはじめ、

佐久間先生の額には細かな汗が滲んでいた。


対局開始――。


あの佐久間先生が、一言も喋らない。

さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、

盤の上には張りつめた空気だけが残っている。


(……本気だ)


駒音だけが、夕方の理科室に小さく響いた。


カチ。

カチ……。


序盤、中盤、終盤。

佐久間先生の手には迷いがない。

その一手一手は、たしかに“アマ五段”と呼ばれる実力そのものだった。


(佐久間先生……強い)


けれど蓮の脳裏には、

宗歩の鋭い眼差しも、

五平の深い読みも、

江戸で積み重ねた時間も――

自然と浮かんでくる。


(……負けられない)


最後の一手を指した。


静寂。


ほんの一瞬の間をおいて――

佐久間先生の肩が、すとんと落ちた。

そして。


「…………負け、だぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」


理科室に響く絶叫。

白衣を掴んで天井を仰ぎ、机に倒れ込み、

先ほどまでの静寂が嘘のように吹き飛んだ。


蓮は思わず身を引いた。

白衣の背中が小刻みに震えている。


(…………怒ったかな)


「せ、先生……?」

「…………す……」


小さく漏れる声。背中はまだ震えている。


「す……?」

蓮が恐る恐る言い返したその時――


ガバッ!!!


勢いよく振り向く佐久間先生。

目はギラリッと輝き、さっきの沈黙が嘘みたいに顔が明るい。


「凄い!! 凄すぎるぞ君!!!!」


佐久間先生の目はもう、ギラギラも通り越して、メラメラと燃えていた。


「高校将棋界に新星が現れた!!!!

 ここからだ!! 清栄高校の黄金時代の始まりだ!!!!」

「いや、入部するとはまだ――」

「よし! 県大会! いや全国制覇だ!!

 部室を改装しよう!

 部費を10倍請求だ!

 はーーっはっはっは!!」


(部室改装しても……どうせまた爆発させるんじゃ……)


白い煙がまだ残る理科室で、

佐久間先生は全力で暴走し、

俺は呆れたように笑った。


それでも――

江戸で燃えたあの日々の熱が、

またこの現代で動き出す気がしていた。

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