第1話 江戸帰りの俺、爆発音が鳴る将棋部へ
[登場人物紹介]
神矢 蓮 清栄高校の一年生。
神矢 美月 蓮の母。
神矢 悠真 蓮の父。
佐藤先生 蓮の担任。
佐久間先生 化学の先生。将棋部の顧問。
矢野 遥 蓮が入院中に会った女の子。
小野 五平 宗歩の弟子。
「――おっ、蓮じゃん! 久しぶり!」
教室に足を踏み入れた瞬間、
サッカー部の仲間たちが一斉に寄ってきた。
「退院したのか!」
「肋骨折れたって聞いたぞ、大丈夫なん?」
俺は苦笑しながら、小さく胸に手を当てた。
「うん、だいぶ良くなったよ。……ただ、まだ少し痛むけどね。」
俺、清栄高校1年生の神矢蓮は、
退院して初めて学校に戻ってきた。
3年生が引退して、
最初の新チームの練習試合で怪我をして入院。
その退院後に祖父の家へ寄り――
俺は江戸にタイムリープした。
江戸では半年過ごしたはずなのに、
戻ってみれば現代では、
たった半日しか経っていない。
肋骨も江戸では全く痛くなかったのに、
こっちではやっぱり、かすかに疼く。
「完全にくっつくまでは、
部活参加はもうちょい先だってさ」
「そっかー!
お前いないと攻撃の形が作れんのよ」
「早く戻ってこいよ!」
バシン、と背中を叩かれる。
(だから痛いんだって……)
皆の笑い声が遠ざかるにつれて、
江戸の静けさがふいに、
胸の内へ戻ってくる。
その小さな違和感に、
胸がきゅっと痛んだ。
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放課後。
仲間たちが、
グラウンドへ走っていく背中を見送る。
俺はそっと窓際に寄りかかった。
(……やっぱり、現代に戻ってきたんだな)
夕方の風がカーテンを揺らす。
そのわずかな動きに、
江戸で過ごした半年の静かな日々が、
ふと胸に蘇った。
嬉しさと、記憶の名残が、
胸の奥でゆっくりと波打つ。
(五平や先生……
あの後、どうしたんだろ)
ほんの少し前まで一緒にいたはずなのに、
気づけば手の届かない場所みたいに、遠く感じる。
半年の修行。
木駒の感触も、盤に響く一手の音も、
全部まだ身体のどこかに残っている。
まさか、こんな気持ちになるなんて。
自分でも驚くくらい――
将棋が指したい。
(……ウチの学校、
将棋部なんてあったっけ?)
今まで気に留めたことすらなかった言葉が、
ふと頭に浮かんだ。
気づけば、俺は職員室へと足を向けていた。
担任の佐藤先生のところへ――。
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職員室。
「先生」
「おお、神矢!
今日は部活出ずに帰るんだろ?
気を付けて帰れよ」
俺は少し迷ってから、口を開いた。
「先生……うちの学校って、
将棋部ってありますか?」
「将棋部?」
佐藤先生は、思わず眉を寄せた。
「いきなりどうしたんだ?」
「いや、ちょっと気になって……」
先生は部活の一覧表を取り出し、
指で追っていく。
「お、あるな。
顧問は――化学の佐久間先生だ」
「えっ? あるんですか?」
胸がじんわり熱くなる。
ただ、化学の授業は選択してないから――
佐久間先生は、初めて名前を聞く先生だ。
「部室は理科室だ。ただ……」
「……?」
「……行くなら、
まあ……気をつけて行け」
(……なんで今、妙な間が……?)
その“間”に込められた意味を、
この時の俺はまだ理解していなかった。
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俺は理科室の前にやってきた。
そっと戸に耳を当ててみる。
(音も気配もないな……休みかな?)
扉に手を伸ばした、その瞬間――。
ドッッカァァァン!!!
「うおっ!!?」
腹に響くような爆音。
扉の隙間から、白い煙がもくもくと廊下へあふれ出す。
「……ゴホッ、ゴホッ!
なんだこれ……!」
思わず後ずさる俺の目の前を、
煙が生き物みたいに広がっていく。
おそるおそる扉を開けると――
焦げた白衣に、
爆発でボサボサになった長髪の中年男が、
ゆっくりと煙の中から姿を現した。
「……ふぅ……やりすぎたか。
いや、成功だ。多分……」
男は黒い煤を手で拭いながら、こちらに気づいた。
「おや。君は、私に用かい?」
「……佐久間先生ですか?
あの、将棋部のことを聞きたくて……」
その瞬間――
男の瞳がギラリと輝いた。
「なにぃーーーーッ!!!!
君!!!!
将棋部の入部希望者か!!!!」
(声デカッ……!)
「い、いや入部希望というか、興味があって……」
「素晴らしいッッ!!!
よくぞ来た!!!
私は将棋部顧問の佐久間だ!!!」
白い煙の立ちこめる理科室で――
爆発音とともに、現代の俺の“将棋”が動き始めた。




