第3話 将棋盤との再会
二階のおじいちゃんの部屋。
障子を開けると、時間が止まったみたいだった。
古い将棋雑誌、色あせた掛け軸、対局写真――
「おじいちゃん……」
そう、俺のおじいちゃんは将棋のプロ棋士だった。
将棋界にあるタイトルのうち、"棋聖"のタイトルを持っていたおじいちゃん。
飾ってある対局写真ではすごい厳しい表情をしてる。
でも、俺にとってはただただ優しいおじいちゃんだった。
「蓮、今日も元気に保育園行ってきたのか!偉いなあ!」
なんて言われたこともある。
ただ保育園行ってきただけで偉いって、今思えば、孫バカすぎるけど……
そんなことを思い出しながら、畳に膝をつき、押し入れを開ける。
奥に、埃をかぶった木箱。
引っ張り出すと、ずっしり重い。
蓋を開けると――
「これだ……」
足付きの将棋盤。
多分、これが夢で見たあの盤だ。
木目は飴色に艶を増し、何百局も指されてきた歴史が染み込んでる。
盤の表面を指でなぞる。滑らかで、ひんやりしてる。
そして――右の角。
「……あ」
そこだけ、少し欠けてた。
その時、蓮の背筋に、ピーンと悪寒が走った。
思い出した。これ、俺がやった傷だ。
二枚落ちでおじいちゃんに勝ったからって調子に乗って、飛車落ちで挑んで完敗。
悔しくて悔しくて、俺は思わず盤をひっくり返して――
でも、おじいちゃんは怒らなかった。
「……バカだな、俺」
指先でその欠けた部分をなぞる。
その瞬間――
盤が光り始めた。
「え?」
空気が、揺れた。
耳鳴りみたいな低い音が部屋を満たし、視界の端が滲んでいく。
畳の匂いが薄れ、代わりに――木の香り? 古い建物の、湿った木の匂い。
「え、ちょっと待って――」
手のひらの感触が強くなる。
いや、違う。周りの景色が――
「え?なにこれ……ちょっと待って!!!!」
視界がぐにゃりと歪み、畳の目が溶けるように流れていく。
息が止まる。
心臓がバクバク音を立てる。
そして――
盤の光が弾けた次の瞬間、俺は冷たい板の間に膝をついていた。




