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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: くろ
第1章 江戸・修行編
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第23話 番外編② はさみ将棋

夕暮れの江戸の路地裏。

軒先の影に、小さな将棋盤を囲む子供たちの声が響いていた。


「ほら、取ったぞ!」

「うわー、やられたぁ!」


蓮はその声に足を止め、思わず笑みを浮かべた。

――あれ、“はさみ将棋”じゃん。懐かしいな。


「兄ちゃんもやってみる?」

ひとりの子が顔を上げ、無邪気に駒を差し出す。


「いいの? じゃあ、ちょっとだけな」


盤の上には、「歩」と「と」の二種類の駒。

どちらも元は同じ歩兵だが、片方を裏返して使っている。


はさみ将棋で、使う駒はそれだけ。

前にも後ろにも、左右にも――何マスでも動ける。

そして、相手の駒を自分の駒で“挟む”と取れる。


「じゃあ兄ちゃん、先手ね!」

「よし、行くぞ……」


一手、二手、三手。

あっという間に相手の駒を挟み取り――


「うわ、負けた!兄ちゃん強ぇ!」

「すげぇすげぇ!いっぺんに三枚も取られた!」


子供たちの歓声が、夕暮れの空気を震わせた。

蓮は照れくさそうに笑い、後頭部をかいた。


そのとき――


「……何をしておるのだ、蓮」


背後から静かな声。

振り向くと、腕を組んだ五平が立っていた。


「お、五平か。はさみ将棋だよ。知ってる?」

「……知らん。そんな遊び、修行にもならん」


いつも明るい五平にしては珍しく、つんと澄ました顔をして通り過ぎようとする。

しかし、子供たちが笑いながら呼びかけた。


「兄ちゃんもやれよ!」

「できないんだろー!」


その一言に、五平の足が止まる。

「……できるわ!」


ぷいっと顔をそむけながらも、駒をつまんだ。


「ちょっとだけだぞ。ちょっとだけ――」


しかし数手進むうちに、五平の眉間にしわが寄る。

「待て、その手は違う! ここはこう指すべきじゃ!」

「いや、それだと取られるでしょ!」


子供にあっさり突っ込まれ、

「ぬ、むぅ……ではもう一局!」


気づけば完全に夢中だった。


蓮は笑いをこらえきれず、肩を震わせる。

「五平、めっちゃ楽しんでるね……」

「た、楽しんでおらん! これは修行の一環だ!」


そのとき――


「……修行の一環とな」


涼やかな声とともに、扇子がひゅっと飛んできて、五平の頭にコツンと当たった。


「ひっ……!」


振り向くと、そこには宗歩先生が立っていた。

落ち着いた眼差しの奥に、うっすらと笑みが浮かんでいる。


「五平。……ずいぶん楽しそうな修行をしておるな」

「ち、違います! これは蓮に誘われたので……!」


「いやいや、俺のせいじゃないだろ!」

と蓮が即座にツッコむ。


子供たちはけらけらと笑い、

五平は耳まで真っ赤にしてうつむいた。


やがて、子供たちの笑い声が、

江戸の夕空に心地よく溶けていった。

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