第19話 忍びの誤算
相筋違い角で幕が開いた、異端の対局。
盤上に放たれた二枚の角が、見慣れぬ筋から互いに牙を向ける。
筋違い角の使い手、雫の指し手は風を切るように速い。
対する蓮は、角の軌道を確かめながら、慎重に一手一手を刻む。
(はは……やっぱり指し慣れていないようだね)
雫の目には、蓮が慣れない角の軌道を追いきれていない――
そう映った。
「ふふ……顔が少し紅いね。大丈夫かい?」
蓮は答えない。
「……おや、声も出せないのかい――」
返事はない。
けれどそれは、拒まれたのではなかった。
その声は、蓮に届いていなかったのだ。
すさまじい集中が、蓮を包んでいる。
蓮の目は盤に吸い込まれ、意識が駒と空気と一体になっている――
(……何だい、これは)
筋違い角。
自分の得意戦法。
幾多の相手を、この形で崩してきた。
だが、今は――
蓮が一手指すたび、
自分の角が、じわりと行き場を失っていく。
放った手裏剣は勢いを失い、
軌道を読まれ、かすめる寸前でかわされる。
届きそうで、届かない。
(……こんな将棋、初めてだね)
彼の駒が動くたび、戦場の空気が揺らぐ。
幾多の死線を越えて研ぎ澄まされた勘が、少しずつ乱れていく。
(……これが、宗歩の弟子……)
もはや勝負の流れは、いつの間にかこちらを離れている。
目の前の少年――蓮を侮っていた。
その誤りを、認めざるを得なかった。
(仕方ないね……一度引いてやるさ)
▲1八角――
雫は悔しさを飲み込み、放った角を自陣の端に静かに収める。
私は忍び。
ひとまず闇に消える。
だが、隙が生じれば――今度こそ、この手裏剣があなたを射抜く。




