表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: 一進(にのまえすすむ)
第1章 江戸・修行編
15/64

第15話 団子屋の町娘

前に宗歩先生と歩いた夜の城下町は、静かだった。


行灯の灯がゆらめき、

遠くで三味線の音がかすかに響く。


息をひそめて歩くような、

落ち着いた町の顔。


けれど、

五平と共に訪れた日の差す城下町は――

まるで別世界だった。


通りに一歩踏み出した瞬間、

味噌の焦げる香ばしい匂いが、

風に混じる。


「味噌でんがく、できたてだよ!」

「そばだよ、そばーっ!」

「甘酒はいかが~!」


掛け声が重なり合い、

湯気が立ちのぼる。


人の笑い声。

荷車の軋む音。

職人の包丁の音。


町全体が、

ひとつの生き物のように、息づいていた。


(……これが、江戸の町)


胸の奥が高鳴る。


(おじいちゃんも、

 この景色の中を歩いたのかな……)


そんなことを思っていると――


「蓮、こっちこっち!団子屋だ!

 ここのみたらしは天下一品なんだぞ!」


五平の声が人混みを越えて届いた。


その笑顔につられて、

俺も自然と笑っていた。


みたらし団子。

おじいちゃんが好きだった味だ。


焼けた醤油の香りが、

懐かしい記憶を呼び起こす。


五平が慣れた様子で暖簾をくぐり、

俺も笑いながら後を付いていく。


店の中は木の香りと湯気、

甘じょっぱい香りに包まれていた。


「久しぶり、雫ちゃん!」


「いらっしゃいませ――

 あら、五平さん? 久しぶりねえ!」


柔らかな笑顔と、

右目の下にある小さなホクロ。


五平が“雫”と呼んだその町娘の声には、

不思議と人を明るくする力があった。


「いやあ、なかなか来れなくてなあ」


「あら、そんなに修行が忙しいの?」


「まあな。今日は久しぶりの休みだ」


「そうなの!来てくれてうれしいわ」


雫は軽く笑ってから、

俺の方に目を向けた。


「あら、初めて見る顔ね?」


「蓮と言います。

 五平さんと同じ、宗歩先生の弟子です」


「まぁ、礼儀正しい子ねえ。

 ……よろしくね、蓮くん」


“礼儀正しい子ねえ”の言葉と同時に、

雫はチラリと五平に視線を送った。


「……今のはどういう意味だ?」


「いやだわ、深い意味なんてないのよ」


「……まあいいか。

 こいつの分と合わせて団子六本くれ!」


「六本!?

 あらあら、よく食べるわねえ。

 毎度あり!」


茶目っ気たっぷりに笑うと、

雫は軽やかに奥へと消えていった。



---



(……団子って、

 こんなに時間かかるんだな)


五平と席について、

他愛もない話をしているうちに、

ずいぶんと時間が過ぎていた。


ふと、店の奥を見ると――


あれは――将棋?


二人の客が、真剣な表情で、

団子を頬張りながら、

盤の上で駒を動かしている。


そして、雫が、その前に立ち、

同じように真剣な眼差しで、

盤面を見つめていた。


「なあ、五平」

「ん?」

「あの雫って人……

 将棋、見てないか?」


五平も雫の方に視線を向けた。


「おう。あいつ、将棋好きでな。

 俺とも何度か指したことがあるんだ」


「へぇ。

 もちろん五平が勝ったんだろ?」


「そ、そりゃ当然だ!……

 まぁ、何回か油断したこともあったけどな」


「え?負けたことあるの?」


「……忘れたな!ははは!」


五平は頭をかいて笑った。


「おい、雫!みたらし出来てるぞ!

 早く、お客に持ってってくれ!」


奥から店主の声が飛ぶ。


「おっ、多分俺たちのだな!」


五平が嬉しそうに笑ったが――

雫は、まったく動く気配がない。


「……ったく、あいつは本当にしょうがねぇな」


五平が呆れ顔で笑った。


将棋好きの団子屋の町娘。


そのときの俺は、

まだ知らなかった。


あの眼差しの裏に、

もう一つの顔があることを――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ