第15話 団子屋の町娘
前に宗歩先生と歩いた夜の城下町は、静かだった。
行灯の灯がゆらめき、
遠くで三味線の音がかすかに響く。
息をひそめて歩くような、
落ち着いた町の顔。
けれど、
五平と共に訪れた日の差す城下町は――
まるで別世界だった。
通りに一歩踏み出した瞬間、
味噌の焦げる香ばしい匂いが、
風に混じる。
「味噌でんがく、できたてだよ!」
「そばだよ、そばーっ!」
「甘酒はいかが~!」
掛け声が重なり合い、
湯気が立ちのぼる。
人の笑い声。
荷車の軋む音。
職人の包丁の音。
町全体が、
ひとつの生き物のように、息づいていた。
(……これが、江戸の町)
胸の奥が高鳴る。
(おじいちゃんも、
この景色の中を歩いたのかな……)
そんなことを思っていると――
「蓮、こっちこっち!団子屋だ!
ここのみたらしは天下一品なんだぞ!」
五平の声が人混みを越えて届いた。
その笑顔につられて、
俺も自然と笑っていた。
みたらし団子。
おじいちゃんが好きだった味だ。
焼けた醤油の香りが、
懐かしい記憶を呼び起こす。
五平が慣れた様子で暖簾をくぐり、
俺も笑いながら後を付いていく。
店の中は木の香りと湯気、
甘じょっぱい香りに包まれていた。
「久しぶり、雫ちゃん!」
「いらっしゃいませ――
あら、五平さん? 久しぶりねえ!」
柔らかな笑顔と、
右目の下にある小さなホクロ。
五平が“雫”と呼んだその町娘の声には、
不思議と人を明るくする力があった。
「いやあ、なかなか来れなくてなあ」
「あら、そんなに修行が忙しいの?」
「まあな。今日は久しぶりの休みだ」
「そうなの!来てくれてうれしいわ」
雫は軽く笑ってから、
俺の方に目を向けた。
「あら、初めて見る顔ね?」
「蓮と言います。
五平さんと同じ、宗歩先生の弟子です」
「まぁ、礼儀正しい子ねえ。
……よろしくね、蓮くん」
“礼儀正しい子ねえ”の言葉と同時に、
雫はチラリと五平に視線を送った。
「……今のはどういう意味だ?」
「いやだわ、深い意味なんてないのよ」
「……まあいいか。
こいつの分と合わせて団子六本くれ!」
「六本!?
あらあら、よく食べるわねえ。
毎度あり!」
茶目っ気たっぷりに笑うと、
雫は軽やかに奥へと消えていった。
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(……団子って、
こんなに時間かかるんだな)
五平と席について、
他愛もない話をしているうちに、
ずいぶんと時間が過ぎていた。
ふと、店の奥を見ると――
あれは――将棋?
二人の客が、真剣な表情で、
団子を頬張りながら、
盤の上で駒を動かしている。
そして、雫が、その前に立ち、
同じように真剣な眼差しで、
盤面を見つめていた。
「なあ、五平」
「ん?」
「あの雫って人……
将棋、見てないか?」
五平も雫の方に視線を向けた。
「おう。あいつ、将棋好きでな。
俺とも何度か指したことがあるんだ」
「へぇ。
もちろん五平が勝ったんだろ?」
「そ、そりゃ当然だ!……
まぁ、何回か油断したこともあったけどな」
「え?負けたことあるの?」
「……忘れたな!ははは!」
五平は頭をかいて笑った。
「おい、雫!みたらし出来てるぞ!
早く、お客に持ってってくれ!」
奥から店主の声が飛ぶ。
「おっ、多分俺たちのだな!」
五平が嬉しそうに笑ったが――
雫は、まったく動く気配がない。
「……ったく、あいつは本当にしょうがねぇな」
五平が呆れ顔で笑った。
将棋好きの団子屋の町娘。
そのときの俺は、
まだ知らなかった。
あの眼差しの裏に、
もう一つの顔があることを――。




