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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: くろ
【江戸・修行編】
15/30

第15話 団子屋の町娘

前に宗歩と歩いた夜の城下町は、静かだった。

行灯の灯がゆらめき、遠くで三味線の音がかすかに響く。

息をひそめて歩くような、落ち着いた町の顔。


けれど、五平と共に訪れた日の差す城下町は――

まるで別世界だった。


通りに一歩踏み出した瞬間、味噌の焦げる香ばしい匂いが風に混じる。


「味噌でんがく、できたてだよ!」

「そばだよ、そばーっ!」

「甘酒はいかが~!」


掛け声が重なり合い、湯気が立ちのぼる。

人の笑い声、荷車の軋む音、職人の包丁の音。

町全体がひとつの生き物みたいに息づいていた。


(……これが、江戸の町)

胸の奥が高鳴る。


(おじいちゃんも、この景色の中を歩いたのかな……)

そんなことを思っていると――


「蓮、こっちこっち!団子屋だ!

 ここのみたらしは天下一品なんだぞ!」


五平の声が人混みを越えて届いた。

その笑顔につられて、俺も自然と笑っていた。


みたらし団子。

おじいちゃんが好きだった味だ。

焼けた醤油の香りが、懐かしい記憶を呼び起こす。


五平が慣れた様子で暖簾をくぐり、俺も笑いながら後を付いていく。

店の中は木の香りと湯気、甘じょっぱい香りに包まれていた。


「久しぶり、雫ちゃん!」

「いらっしゃいませ――あら、五平さん? 久しぶりねえ!」


柔らかな笑顔と、右目の下にある小さなホクロ。

五平が“雫”と呼んだその町娘の声には、不思議と人を明るくする力があった。


「いやあ、なかなか来れなくてなあ」

「あら、そんなに修行が忙しいの?」

「まあな。今日は久しぶりの休みだ」

「そうなの!来てくれてうれしいわ」


雫は軽く笑ってから、俺の方に目を向けた。

「あら、初めて見る顔ね?」

「蓮と言います。五平さんと同じ、宗歩先生の弟子です」

「まぁ、礼儀正しい子ねえ。……よろしくね、蓮くん」


“礼儀正しい子ねえ”の言葉と同時に、雫はチラリと五平に視線を送った。

「……今のはどういう意味だ?」

「いやだわ、深い意味なんてないのよ」


「……まあいいか。こいつの分と合わせて団子六本くれ!」

「六本!?あらあら、よく食べるわねえ。毎度あり!」


茶目っ気たっぷりに笑うと、雫は軽やかに奥へと消えていった。


---


(……団子って、こんなに時間かかるんだな)


五平と他愛もない話をしているうちに、ずいぶんと時間が過ぎていた。

ふと、店の奥を見ると――

雫が、奥の二人の客の前に立ち、その間にある小さな木盤を見つめている。


あれは――将棋?

その二人は、真剣な表情で、駒を動かしていた。


「なあ、五平」

「ん?」

「あの雫って人……将棋、見てないか?」


五平も雫の方に視線を向けた。


「おう。あいつ、将棋好きでな。俺とも何度か指したことがあるんだ」

「へぇ、じゃあもちろん五平が勝ったんだろ?」

「そ、そりゃ当然だ!……まぁ、何回か油断したこともあったけどな」

「え?負けたことあるの?」

「……忘れたな!ははは!」


五平は頭をかいて笑った。


「おい、雫!みたらし出来てるぞ!

 早く、お客に持ってってくれ!」


奥から店主の声が飛ぶ。


「おっ、多分俺たちのだな!」

五平が嬉しそうに笑ったが――

雫は、まったく動く気配がない。


「……ったく、あいつは本当にしょうがねぇな」

五平が呆れ顔で笑った。


将棋好きの団子屋の町娘。

そのときの俺は、まだ知らなかった。

あの眼差しの裏に、もう一つの顔があることを――。

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