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棋聖の孫、江戸に立つ ~盤上の記憶譚~  作者: くろ
第1章 江戸・修行編
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第13話 宗歩の友

(なんで、この将棋盤がここに…!?)


思わず息をのむ。

近づいてみると――

間違いない。

これは、おじいちゃんの部屋にあったあの将棋盤だ。


宗歩は静かに言った。


「この盤は、昨日、其方と共にこの世へ現れたものじゃ」


(……え?……俺と一緒に?)


御城将棋の舞台に降り立ったあの時。

俺は、あまりの緊張感で周りを見渡す余裕なんか無かったけど――

この将棋盤も、俺とこの時代に来てたってこと?


俺は膝をつき、思わず盤にそっと手を伸ばした。

この角の傷。


(この傷に、もう一度触れれば――)


もしかしたら、元の時代に戻れるかもしれない。

そう思って、指先でその傷をなぞった。

……しかし、何も起こらなかった。

指先が震えた。


(…どうして、あの時みたいに光ってくれないんだ……)


あの時は、確かに光って俺を包んでくれたのに。

指先に残るのは、冷たい木の感触だけだった。

宗歩は、俺の様子を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「…私が、この将棋盤を目にするのは、久方ぶりじゃ。」


(……?)

久方ぶり?

この将棋盤を見たことがある?

その言葉の意味が理解できなかった。


「昔、この将棋盤と共に、この世に現れた一人の男がいた」

「……!?」


その一言に、息が止まる。

宗歩の声は静かだったが、力強く、確かな熱を帯びていた。


「その者は、何故か私を知っておった。

 私の過去の棋譜――指し手、そして対局相手までも語ったのじゃ。

 そう、……まるで、遠い未来から来たように」


宗歩は盤の上に指を置いた。


「私は、その者と魂を賭けて対局した。

 その勝負が終わったとき――

 我らは、言葉を交わさずとも通じ合う友となった」


宗歩の目が、一瞬だけ遠くを見た。

まるで、時を超えた記憶を辿っているように。


「あるとき、その者は私に言った。

 自分の命は、そう長くはないと。

 将棋に生きた人生、悔いはない。

 ……ただ一つ。

 将棋の才に溢れた孫が――

 父の死によって、将棋を心から追い出してしまったこと。

 それだけが、心残りだと」


(……!!)


俺の心臓は、宗歩の話が進むにつれて、鼓動を速めた。

まるで、胸の奥を掴まれたように、呼吸が乱れた。


(……まさか……そんなことって……)

俺は、もう宗歩が誰のことを語っているか分かっていたが、信じられなかった。

宗歩は、指で盤の木目をなぞりながら続けた。


「その者は、私と最後の一局を指し……そして、この盤と共に帰っていった。

 この盤をもう見ることは無い、そう思っていたが――」


宗歩は蓮へと視線を移し、柔らかな光を宿した瞳で言った。


「この盤が、なぜ其方をこの時代に導いたのか、私には分からぬ。

 だが、其方がその答えを見つけたときは――

 また、その盤に問いかけてみるとよい。

 盤と、其方の祖父――宗一郎殿が、導いてくれるじゃろう」


宗歩の声が、静かに、しかし確かに胸に沁みていく。

俺の胸の奥が熱くなった。


そうか――俺が将棋を忘れたのは、父さんの……

父さんの死が、関係しているんだ。

まだ、はっきりと思い出せるわけじゃない。

けれど、止まっていた心の歯車が、ようやく動き出した気がする。


そして、おじいちゃんは――

俺が将棋を指すことを、本当に、心から喜んでくれていたんだ。


涙が、静かにこぼれ落ちた。


宗歩は何も言わず、ただ優しく俺を見つめていた。


俺のおじいちゃんが、宗歩の友であったという事実。

時折見せる宗歩の優しい眼差し。

御城将棋での、俺を成長させるための一手。


――その全てに、理由があった。


俺は盤を見つめながら、静かに呟いた。


……おじいちゃんも、この時代で生きていたんだ。

だったら俺も、おじいちゃんが歩いた道を、歩いてみよう。

その先に答えがあるかもしれない――


「大丈夫。おじいちゃんが……見てくれてるはずだから」


その言葉は、自然と口からこぼれた。


宗歩は何も言わず、穏やかに微笑んだ。

その微笑みには、確かに――“友の面影”が宿っていた。

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