第1話 プロローグ ~空の上の記憶~
蓮は、空の上に浮かんでいた。
風もない。音もない。
……って、なんだこれ?
眼下に広がるのは、見覚えのある家の庭。
軒先には――
「おじいちゃん……?」
亡くなったはずの祖父・宗一郎がいた。
おじいちゃんの前には、将棋盤が置いてある。
足付きの立派な将棋盤だ。
そして、将棋盤を挟んで座ってるのは――
……ちっちゃい俺?
え?
俺、将棋なんてルールしか知らないけど……?
おじいちゃんと勝負になるわけ――
「ねえ!おじいちゃん!早く指してよー!」
うわ、声まで昔の俺だ。元気すぎる。
宗一郎は困ったように笑って、盤を見つめてる。
「うーん、困ったわい……」
どうやらおじいちゃんの手番らしい。
ちびっこ俺は待ちきれずに前のめり。
おじいちゃんが仕方なさそうに、一手指す。
「はいはいはい!俺の番ー!」
即座に指し返すちびっこ俺。
そして――詰み。
勝負が決まった。
ちびっこ俺が勝った。
「やったー!おじいちゃんに、二枚落ちで初めて勝ったー!」
え、本当に?
おじいちゃんが負けた?
いくら二枚落ちだからって、だって、おじいちゃんは……
「えっ、あなたが負けたの?」
おばあちゃんも驚いてる。
おじいちゃんはバツが悪そうに笑いながらも、すごく嬉しそうだった。
そして、小さい俺は勝てた嬉しさで飛び跳ねてる。
……あ。
なんだ……この感覚。
胸の奥で、何かがほどけていく。
ずっと忘れていたはずの温もりが、音もなく溢れ出してきた。
ああ――
そうだ。思い出した。
俺は、この頃――
勝てなくて当たり前なのに、どうしても悔しくて、何度もおじいちゃんに挑戦して。
勝てたことがただ嬉しくて、それだけで世界が満たされていた。
そうだ。
俺は、こんなにも将棋が好きだったんだ――
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視界が真っ暗に切り替わった。
あれ?おじいちゃんの家じゃない?
ここは…俺の家だ。
薄暗い部屋。
これは……仏壇がある部屋だ。父さんの。
仏壇の前に座る母さんが、……静かに泣いてる。
父さんは、心臓が悪くて、俺が小さい頃に亡くなった。
「あなたは……ただ将棋が好きだっただけなのにね」
ん……? 将棋?
そうだ。父さんも、将棋をしていた。
しかも、かなり強かった。――プロになれるほどに。
けれど、どうしてだろう。
その姿が、どうしても思い出せない。
「――っ!」
目を開けると、白い天井。
そして俺は――見覚えのないベッドの上にいた。




