辺境への旅 4
辺境への旅は、王都から離れるほど厳しくなる。
だが王都近隣は街道が整備されつつあり、裕福な庶民の間では旅行記になぞって旅をするのが流行っている。
「……っ!! シークレットボアの鱗!!」
短期間の旅行を楽しむ客に向けたお土産。
この街の露店には、それらがところ狭しと並んでいる。
もちろんその多くは偽物だが……。
「これをいただきますわ」
「金貨1枚」
「まあ……」
金貨1枚とは吹っかけられたものだ。
おそらくエルミナの身なりがいいからであろう。
レオンが文句を言おうとしたが、それを制してエルミナは金貨を1枚差し出した。
「これもオマケしてくださる?」
エルミナが指さしたのは、キラキラとしたガラス玉がついた指輪だ。
こちらももちろん本当の宝石ではなかろう。
「毎度あり〜」
店主は機嫌が良い。
ぼったくりに成功したと思っているのだ。
「あんな店の言い値を払っていたら……」
「本物です」
「は? シークレットボアの素材がこんなところにあるはず」
「この劣化具合、百年ほど前のものかしら? 古い倉から出てきたのかもしれませんわね」
レオンがエルミナの手元を凝視した。
「確かに微かな魔力の残渣……ほとんど魔力が抜けているからわからなかった」
「魔力で判別していますの? 流石ですわね」
「君こそ……どうして一目で」
レオンは呟いた直後に『しまった』というような顔をした。
エルミナの表情の自慢気なことよ……。
「まず、ほんの一瞬光が差した瞬間の七色の輝き! 触った瞬間、ヒンヤリしてそうなのに温もりがある! 何よりよくある魚類の鱗とは構造が違ってですね……!! 成長輪がなくてまとめて剥がれた分厚い角質板!!」
エルミナの言葉には熱がこもっている。
しかもものすごく早口だ。
いつも楚々として微笑むばかりの美しき令嬢の面影はそこにはない。
「そうか……」
レオンが懐かしいものを見るように目を細めた。
子ども時代、レオンはよくエルミナのオタク話に長時間付き合わされたものだ。
「懐かしいな……」
「そしてガラス玉に見えるこれはシークレットボアの目玉です! 千年くらい土に埋まっていたのでしょう! 魔力がかたまって一旦表面をコーティングしたあと、ガラス質に変化したのです!!」
「おい……なんてもの見つけ出してる!?」
「しかも金色! たぶん個体としては小さかったでしょうが、希少なホワイトシークレットボアの可能性大!! うわわ〜実物が見たいです〜!! 辺境にはっ、まだいるのかしらっ!!」
シークレットボアの目玉など、オークションに出したらいかほどになるか。
だが、エルミナが手にした指輪は、金属が安っぽく子どものおもちゃにしか見えない。
「差し上げますわ」
「え?」
「シークレットボアの目玉は、幸運の御守り。レオン様の御身の安全を願って」
エルミナはレオンの手を取ると、左の人差し指に指輪をスッとはめた。
「どうかレオン様に幸運が訪れますように」
祈りを捧げるエルミナは美しかった。
エルミナにとって、それは単なる安全祈願。だが、指輪をはめられたレオンにとっては……。
「レオン様? 顔が赤いですよ……」
「何でもない……感謝する」
護衛たちが遠巻きに二人を見ている。
視線の生温いこと。エルミナは気づいていないが、気配を察する術に長けたレオンはわかっている。
レオンはエルミナの手を引いて歩き出した。
* * *
エルミナの手記には『シークレットボアの素材見つけちゃった! 金貨1枚、運が良かった』くらいの軽いノリで記載されている。
シークレットボアの目玉の指輪は、のちにミスリルの台に変えられ国宝になった。
今は、王立博物館で現物を見ることができる。
シークレットボアの金色の目玉、現存しているのはエルミナが見つけたものだけだ。
彼女は勤勉でオタクであると同時に強運の持ち主でもあった。
彼女は神に近い高位魔獣に愛されていた、あるいは集めたアイテムに幸運バフの効果があった……エルミナの強運については、この後、長年に渡り議論されるのである。
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仮にガラス玉でもレオンにとっては…国宝かもね。
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