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魔獣学者エルミナの手記  作者: 氷雨そら


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魔獣研究 1


 エルミナは、研究道具一式を手に家から出た。

 使い込まれた鞄は一見すると、どこにでもあるものだ。

 けれど、実は魔道具の一種で風魔法がかけられているので重さを軽減してくれる。


 エルミナが手にしたメモ帳は防水の魔法がかけられているので、急な雨も問題ない。

 魔法のインクを込めたペンは、どんな姿勢でも滑らかに書くことができる。

 遠くを見ることができるレンズ。こちらは騎士たちが偵察で使うものだ。


 わかるものが見ればわかる。エルミナが持っている道具はどれも一流だ。

 だって、彼女は侯爵令嬢なのだから……。


「生えている植物が王都とは全く違うわね」


 呟きながら、自分の顔よりも大きな葉っぱを裏返す。

 そこに何かを見つけてエルミナの目が輝いた。


「ここにいたのね! ムーンワーム!」


 夜になるとふわふわと月のような光を放って飛び回るムーンワームだが、昼間は葉っぱの裏で休んでいるようだ。エルミナはカバンから小さな捕虫網を取り出してムーンワームを捕獲した。


「ごめんね。ちょっと調べたら逃がしてあげるからね」


 虫のような形をしているが、ムーンワームは光属性の魔力を持つ魔獣だ。

 羽からはキラキラと粉のようなものが絶えずこぼれ落ちている。

 小さな瓶を取り出して、粉を集めるとエルミナは口の端を緩めた。


 さらに、エルミナは綿棒でムーンワームの体表を軽い力で拭く。

 後ほど、魔力の解析に使うのだ。


 それからエルミナは、メモ帳にサラサラと絵を描いた。

 精密な絵は、画家でも驚くほどの腕前だ。


「――ありがとう。また会いましょうね?」


 そこまでして、エルミナはようやくムーンワームを逃した。

 慌てたようにムーンワームは飛んでいったが、すぐに先ほどと同じ種類の植物の葉の裏に留まった。


「この葉が好きなのかしらね?」


 エルミナは葉も採取し、それから地面にしゃがみ込んだ。


「あったわ!」


 ピンセットを取り出して、地面に落ちたそれを注意深く拾う。


「エルミナ様、何をされているんですか」

「――ウォルター様!」

「……土の、塊?」

「ムーンワームの糞です!」

「え……なんてものを集めているんですか」


 ウォルターはあからさまに眉根を寄せた。

 だが、それは普通の反応だろう。

 捨てられないだけマシというものだ。


「ウォルター様は、どうしてこちらに?」

「偶然通りかかったのですよ」


 エルミナの前に、フィルが立った。

 彼女は影のように控えていたが、エルミナの護衛をしていたのだ。


「これは見事な……気配を全く感じなかった。侍女殿でしたか」


 だが、ウィルターの動きのほうが速かった。

 フィルの首元にはすでに曲剣の刃が当てられていた。

 エルミナは、フィルが遅れをとるのを初めてみた。


「失礼いたしました」

「いいえ……そのお力でお嬢様を守ってくださっているのですもの。心強いですわ」


 ウォルターは剣を収めた。

 フィルは何事もなかったかのように微笑んだ。

 エルミナも騒ぐこともない。


「ウォルター様、侍女の非礼をお許しください」


 エルミナはそう言って、貴族令嬢らしい優雅な礼をした。

 ドレスこそ着ていないが、彼女は美しくウォルターが思わず目を細めたほどだった。


「さて、帰って研究しなくては」


 しかし、次の瞬間、エルミナはもう朗らかな笑みを浮かべていた。

 王都での貴族令嬢然とした彼女しか知らない者たちが見れば驚くだろう。

 しかし、そんな彼女を見慣れているウォルターは口元を緩めた。


「研究を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。けれど、お忙しいのでは」


 エルミナが心配するのは無理もない。

 彼は辺境の人々を束ねる長なのだ。


「息子たちが立派になって俺はもう戦うばかり。しかも、その仕事すらレオン殿下に奪われて暇なのですよ」

「まあ……ではぜひいらしてください」


 もちろん、言葉通りではないのかもしれない。

 辺境の長であるウォルターにとって、エルミナは賓客なのだ。

 いつの間にか、フィルは再び姿を消していた。


 エルミナはウォルターとともに、家へと引き返すのだった。

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