表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第7話 息吹

教室の昼休みは、笑い声と話し声であふれていた。夏の陽射しが窓から差し込み、光に包まれるみたいに、どこか胸が軽くなる。

金曜日だからか、週末の予定を話す声が飛び交っていて、教室はちょっと浮かれた空気。僕は小さく笑いながら、パソコンを開いた。

――今日は、少しだけ空気が違う気がする。いつもの毎日に、まだ見ぬ“何か”の気配が混ざっていた。

窓の外では風が木の葉を優しく揺らし、空には雲ひとつない青が広がっている。そのとき、廊下からふと誰かの声が聞こえた。


「なあ、最近さ、なんかワクワクすることない?」


その声に、周りの笑顔がふわっと弾けるのが見えた。僕は思った。

――ああ、何かが始まるんだ。まだ何かはわからないけど、たしかに風向きが変わってきている。

でも、その風がどこへ向かうのか。

そのときの僕には、まだわからなかった。

パソコンを開いて、Mmailを確認すると、彼女からメールが届いていた。


『おっはよ〜! 学校楽しんでる?

こっちはね、ずっと動画見て時間溶かしてた〜笑

あのさ、この前の熱海旅行なんだけど……その日、病院の検診入っちゃってさ……

もしかしたら手術するかも?って言われた!

でも大丈夫だと思うから、旅行ちょっとだけ延期でもいい?

君の都合に合わせるから!私はいつでもヒマだし〜!

1泊2日、楽しみだなぁ〜♪ よろしく頼んだよーっ』


手術――その言葉に、胸がざわついた。もちろん彼女が病気と向き合っていることは知っていた。でも、あんなに元気だったから……現実感がなかった。

でも、彼女の言葉には不安よりも、軽やかな前向きさがあった。

だから、僕は迷わず返信した。


『大丈夫。君が元気でいてくれることが一番だから。

手術、うまくいくって信じてる。

僕らの思いは、きっと負けないよ。』






日曜日は地域の偏差値を測るテストだった。元々旅行で行く予定はなかったが、急遽予定を合わせた。仲の良い柴山と会場に向かい、終わってから数人の友達と昼ご飯を食べる。その途中で、スマホが震えた。彼女からだった。

『ねぇ〜明日手術なんだけど、元気チャージしたいからパフェおごって!!笑』

まったく、どんなタイミングで送ってくるんだよ、と思いながら自然と笑ってしまう自分がいた。もちろん即答で「いいよ」と送る。すると、すぐに追い打ちがくる。

『あ、あとね。制服のまま来て!

君の制服姿、せっかくだから見たいなって思ってたの〜♡』


……もう、ずるい。






帰り道、柴山と指頭(しとう)と歩いていて、なぜかふと心が動いた。指頭に、彼女のことを話したほうがいい気がしたのだ。きっと彼なら真剣に相談相手になってくれる。なぜかはわからないけど、そんな気がした。


「指頭……話したいことがあるんだけど、あとでメールしてもいい?」

「え、うん。 いいよ?」


彼の返事は、変わらず優しかった。僕は彼女に一応話していいかをメールしたが、彼女は


「それは会った時に話そう!」


とだけ返した。






カフェには彼女が先に着いていて、僕を見るなりニコッと笑う。


「やっほー! 制服、似合ってるじゃん!」

「……照れるからやめて。」

「え〜見たかったんだもん。ほらほら、座って〜」


大きなパフェが届き、彼女がスプーンで一口食べながら、言った。


「で、指頭くんに話すって件、どうなったの?」

「君がここで話そうって言ったんじゃないか」

「あ、そっかそっか。でも、君が信じる人なら、私はそれで大丈夫だよ」

「……ありがとう」

「よし、じゃあ今、ここで送ってみて!反応気になる〜」

「……それが目的ってことね?」

「まぁまぁお気になさらず!」


僕はスマホを開き、指頭に今までのようにメッセージを送った。するとしばらくして、返信が来た。

『もちろん秘密にするよ。親友だろ。』

画面を見た瞬間、胸にじんわりあたたかいものが広がって、思わず涙が頬を伝う。


「……泣くほどか〜?」


彼女が苦笑しながら、僕の頭を優しく撫でてくれる。


「でも、いい子だね。その指頭くんって子」

「うん……話してよかった」

「こんなことで泣いてたら、私が死んだら君、大変じゃない?」

「……それは冗談でもやめて」

「ごめんごめん。でも……笑っててほしいな。ほら、これ食べて!あーんっ」


差し出されたスプーンにはマスカット。僕はちょっと照れながら口を開けた。


「うん。……おいしい」

「でしょ〜?ずっとこれ食べたかったんだ〜♪」


彼女は、僕が口をつけたスプーンでそのままマスカットをぱくり。

……あれ?これって……

気づいて彼女の顔を見る。彼女の顔は少し赤かった。

……やっぱり気づいてたんだ。


スマホが震えた。彼女が画面を見ると、少しだけ顔を曇らせた。


「……ごめん、もう帰らなきゃ」

「あ、そっか……」

「今日はありがとう。すっごく嬉しかったよ。」

「僕も、来てよかった」

「じゃあ……またね!」

「うん。またね。手術、頑張って」

「うんっ!」


彼女は手を振って、店を出ていった。

テーブルに残ったパフェの残りを、新しいスプーンですくいながら、僕は思った。

――この時間が、いつまでも続けばいいのに。






そして、月曜日の昼休み。僕は真っ先にMmailを開いた。

そしてやはり、彼女から、メールが届いていた。


『やほやほ〜! 元気〜?

手術、無事に終わったよー!!

なんかね、がんの塊がうまいこと取れたみたいで、

余命が11月ぐらいまでに延びたんだって!やったー!

熱海旅行も行けるし、これからまだまだ楽しめる!!

ほんとに嬉しい〜!テスト頑張って!その後は青春全開だからね!

あと君にいろいろお礼したくて、友達に頼んでるものもあるんだ〜お楽しみに♪

テスト終わったら、たっくさん構ってもらうから覚悟してねっ!』


僕はパソコンを見つめたまま、声にならない笑みをこぼした。

すぐに彼女に会いたくなって、放課後、僕はすぐに病院へ向かった。






勢いよく病室のドアを開けると、彼女がビクッと驚いた。


「きゃあ!?……びっくりしたぁ!」

「あ……ごめん。嬉しくて、つい……」

「……なんかさ、その顔、すっごく幸せそう」

「そりゃそうだよ。だって、手術成功して、余命が伸びたんだよ?」

「うん、ほんとに。夢みたいだよね」


彼女がそっと隣の椅子をポンポンと叩く。


「座って。いっぱい話そうよ」

「……いいの?」

「もちろん!」


僕は腰を下ろし、彼女の隣で時間を忘れるように笑い合った。


「すごいじゃん……ほんとに、すごいよ」


そう言って彼女の頭を撫でると、彼女は「んぅ」と可愛い声を出したあと、前のように笑顔で僕の肩に頬を擦り寄せてきた。やっぱり可愛い。


「うん!だから、熱海、ちゃんと行けるよ。海!思い出!青春!」

「……海って、僕も入らなきゃいけないの?」

「当たり前でしょ〜!男子だって海に入るのっ!」


彼女が頬を膨らませるふりをする。その表情がかわいくて、僕は自然と笑ってしまった。


「じゃあその日は部活があるから、集合は12時半に川口駅ね。君は大丈夫だろうけど、僕が遅れたら?」

「パフェおごってもらうから!」

「やっぱりそれか〜」


2人で笑い合ったその時間が、まるで世界の中心みたいに感じられた。






しばらくすると外が茜色に染まり、スマホに母からの連絡が届いた。


「そろそろ帰らないと。心配されちゃうから」

「うん……気をつけてね」

「期末テスト、頑張るよ。だって終わったら、君と過ごす“これから”が待ってるから。」

「うん……楽しみにしてる」

「じゃあ、またね」

「うん!またね!」


病室の扉を閉めたあとも、彼女の声が耳に残っていた。


期限があることは、わかってる。でも、それでも僕は今を信じていた。

青春って、もしかするとこんな風に、“期限付きの永遠”を信じることなのかもしれない。

だから僕は、歩き出す。

彼女との“次の未来”を、楽しみにしながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ