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1 プロローグ

 夏至の日の夕方、いつものバス停で降りてもまだ空は明るかった。

 冬至の頃ならもう夜景になっていた時間だ。たった半年で世界はこんなにも変化する。

 そして変わったのは私自身もだった。

 バス停から家までの間に三百メートルほどの橋がある。重田川(しげたがわ)に架かる重田大橋は真ん中あたりが私が今住む麻生町(あそうちょう)と隣の森松市の境だ。私は毎日橋を歩いて渡って橋の袂にあるバス停からバスに乗り、森松市内にある高校に通っている。少し歩いてでも森松市のバス停から乗るのは、一番近い麻生町のバス停から乗るよりも一区画分料金が安く済むからだ。

 何より、私は重田大橋を歩いて渡るのが好きだった。


 橋を渡るたびに、私は彼を思い出す。

 あの日、この橋の真ん中で「この世は醜いものばかりだ」と泣いた私に彼は、

 ――きれいなものもあるよ

 橋から見えるビルの屋上に掲げられたある企業の宣伝看板を指差した。


『明日も あなたに いいことがありますように』


 私には三流モデルの垢ぬけない笑顔と使い古された安い言葉にしか見えなかったけれど。

 ――人の幸せを祈る言葉って、この世で一番美しいよ

 春まだ浅い夕暮れの、薄赤い夕陽の中で、

 ――だから、あの言葉、あげるよ

 そう言って、彼は笑った。


 彼はいつも自分より他人の幸せを祈る人だった。

 あの頃、私は嵐の中にいたけれど、彼はもっと激しい嵐と戦っていた。

 なのに、彼は私の幸せを祈ってくれた。

 彼に出会うまで、私は身の回りにあるものは全て自分のために用意されたものと思い上がって、親の愛情さえも当然のことと思いこんでいた、自我ばかり強くて感謝心のない愚かな子供だった。誰かに何かを与えることなど考えもしない、哀れな子供だった。

 それに比べて彼は、その身に起こるあらゆることに感謝して、自分ができる精一杯の誠意を人に贈ることのできる人だった――同じ十五歳、中学三年生でありながら。

 彼は私に他人に感謝する心を教えてくれた。人を愛することを教えてくれた。何よりも、命の大切さを教えてくれた。

 だから今、私は彼の幸せを祈る。毎日、彼の幸せを心から祈っている。

 いつの日か、再会できる日を夢見ながら。

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