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配信者と視聴者

 アーベンの全てを使った戦いは終わった。

 冒険者たちはお互いの健闘と無事を喜び合う。


 そんな時にクライヴが手配していた祝勝用の物資が陣へと運び込まれる。彼は今回の戦いが自分達の勝ちで終わると信じ、町に残した衛兵たちに指示していたのだ。現実主義な商人である彼にしては非合理的な判断である。


 最高のタイミングで補給物資を手に入れた彼らは大喜びで宴会を始めた。

 その数三百人以上の大宴会である。


 その喧騒の中、アルベルはクライヴに話しかけた。


「お酒を一瓶とコップを三つ……ああ、あとジュースも一瓶貰えるかな」

「……ええ。ダルトンの奴を、頼みます」

「言われなくても。大切な教え子だからね」


 彼はフッと笑みを漏らして、バスケットを受け取る。アルベルは陣に残されたジョニーのリュックサックも手にして石橋を渡っていった。






 敵の親玉たる死霊術師を打ち倒したリーシャ達は疲労困憊でフラフラだ。しかしいつ魔物に襲われるか分からない草原で寝転がるわけにもいかない。ヨロヨロとした足取りながら三人は歩いて帰っていく。


「あ……」


 その最中、リーシャは彼を見付けた。蹲るようにして俯き、身じろぎ一つしないジョニーの姿を。ロイとミケーネもそれに気付き、三人は心配そうな表情を浮かべつつ顔を見合わせる。


「ん、おつかれさま」

「あ、リベルさん」


 いつの間にか近くにやってきていたリベルがリーシャ達に声を掛けた。先程まで血みどろだった顔や衣服は水の魔法でサッパリ綺麗になっており、激烈な戦いの後とは思えない姿である。しかし彼女なりに疲労はしているようで、くぁり、と一つ欠伸をした。


「ジョニーせんせは……」

「私に任せて。リーシャ、ロイ、ミケーネ、先に帰って」


 そうすると良い、という提案ではない。そうしなさい、という指示だ。リーシャ達は自分達がジョニーに出来る事など無いと理解し、じゃあ、とリベルにひと声かけて去っていく。


 去っていく彼女達とアルベルがすれ違う。そこで陣で宴会が始まった事を教えられたミケーネは、早く行かないと食べる物もお酒も無くなってしまう、とリーシャとロイを急かす。疲れてヘロヘロだった二人は猫獣人に引っ張られながら駆けていった。


 アルベルは若くて元気な彼女達を見て笑い、リベルへと声を掛ける。


「お疲れさま、リベル君」

「ん。疲れた」


 眠たげな目に戻ったリベルはアル爺に素直に頭を撫でられる。


「取り敢えず魔物避けを張っておこうか」


 杭を二本少女に渡して、手分けしてそれを大地に打ち込んだ。


「リベル君、疲れている所で悪いんだけど物資置き場から薪を持ってきてくれるかな?」

「ん、分かった」


 アルベルの指示を受けて、リベルはトコトコと歩いていった。


「ジョニー君」

「……大丈夫ですよ、もう」


 声を掛けられたジョニーは顔を上げる。哀しみもあって覇気は感じられない、しかし何かが吹っ切れたような表情だ。決して全てを割り切ったわけではない、だがそれでも昨日までの彼とは何処かが変わっていた。それを感じて、長年ジョニーを見てきた先生はフッと笑みを浮かべる。


「さぁて、今日は配信が繋がるかどうか」


 野営の際に窓が出現するかどうかは不規則だ。何日も繋がらない事もあれば、二日連続で配信となる場合もある。だから今日この場で窓が現れるかは分からない。しかしジョニーは何故だか確信していた、必ず配信は始まるだろう、と。


 そしてそれは正しいとすぐに証明された。


≪おっすジョニキ≫


 リベルが薪を持って戻り、それに火をつけて少しするといつも通りに異世界の住人達が配信にやってきた。普段通りの軽い調子で皆が挨拶の言葉を打ち込み、それが声としてジョニー達へと届く。変わりの無い、変わった日常である。


 が。


≪ジョニーさん、何かありましたか?≫

「ん?」


 最年長の視聴者が配信者のほんの僅かな異変に気付く。


≪拙者も思ってたでござる、何と言うかいつもの力が無いと言うか……≫

≪そう言われると、リベルちゃんも何だか普段と違う雰囲気な気がします≫


 彼らは口々に疑問を打ち込む。彼らにとっても配信は既に日常の一部だ。その配信の『空気』というものを視聴者は良く理解している。だからこそ彼ら彼女らも気付いたのだ、何かが違う、と。


 だが視聴者の疑問にジョニーは答える術を持たない。何と発言すれば良いか、と口ごもる。そんな彼の様子を横目に見て、代わりにアルベルが口を開いた。


「昔を思い出す出来事があってね。ちょっとしんみりしているんだよ、彼らは」


 親切に解答しているように見えて、暗に詳しく深く話す気はないという説明だ。その『空気』を読んで視聴者たちはそれ以上の追及はしなかった。視聴者にとって配信とは、自分の顔が相手に見えない特殊な繋がりである。しかし人と人との繋がりである事には変わらない、配慮するのが当然なのだ。超えてはいけない一線という物があるのは現実の人付き合いと何ら違いは無いのである。


 リベルの「お腹空いた」という発言から話題は食事に移行する。先日まで異世界の料理を紹介してもらっていた視聴者たちは、お礼とばかりに日本で食べられる多種多様な美味しい物情報を配信者へと投げかける。アルベルはその多様さに感心し、リベルは頂戴と無理難題を口に出した。


 ワイワイと騒がしく楽しい、配信の『空気』が場を包む。


 そんなやり取りを見て聞いて、ジョニーはフッと優しい笑みを漏らした。


≪あ、笑ってるッ!≫

「おっと」


 指摘されて彼は口元を手で隠す。


≪元気になったですぅ?≫

「元々それなりに元気だよ」


 ハハとジョニーは笑って、そして続ける。


「お前らのおかげでな」

≪どういう事ですの~???≫


 彼の言葉に視聴者たちは首を傾げた。リベルとアルベルもジョニーに目を向けている。その場の全員の視線を感じつつ、配信者は素直に胸の内を口に出した。


「突然『配信』なんていうワケの分からない事が起きて、姿の見えない別の世界の奴らと意味も分からず話をした。初めは警戒していたがお前らには悪意を感じなかった、純粋に俺達との会話を楽しみに来ていると分かった」


 視聴者たちはコメントを打たない、ただジョニーの言葉を聞いている。


「顔が見えない深くはない繋がりだ、だからこそ気が楽だった。そのおかげかもしれないな、後ろばかりじゃなく少しだけ前を見る事が出来るようになった。リーシャやロイを受け入れられたのも『配信が楽しくなるかもしれない』っていう言い訳で自分を無意識に納得させられたからかもしれん」


 それほど時間は経っていないが随分と昔の事のようだ。配信をするようになってから今に至るまでの時をそう感じる程にジョニーは充実していたのである。その結果としてリーシャ達を失くしたくないものと認識するようになり、それゆえに鉄鎧竜との戦いに赴けたのだ。命を奪う事が出来なかった彼が、守るために敵を討つ事を選択出来たのである。


 その始まりが視聴者との出会いであった。

 だから。


「だからな。お前ら、ありがとな」


 フッと笑って、彼は礼を言う。

 軽い調子だが心の底からの言葉である。視聴者たちはその思いを理解し、茶化すような事はせずに素直にそれを受け止める。どういたしまして、とコメントが打ち込まれた。


「良い頃合いかな」


 そのやり取りを見て微笑み、アルベルは持ってきたバスケットを開ける。中に有るのはお酒とジュースとコップだ。三人だけの、いや、三人と十数人の祝勝会の為の品である。


 彼はコップをジョニーとリベルに渡した。

 酒瓶の栓を開いてジョニーのコップに注ぎ、続いて自分の分も注ぐ。


「私も」


 ズイと少女がコップを前に出した、しかし。


「ダメだ」

「ダメだよ」


 ジョニーとアルベルから同時に首を横に振られる。


「飲める歳」

≪そういえばリベル十八だった、いまだに信じられねぇ≫


 日本では、お酒は二十歳になってから、である。しかし他国では十六歳から飲める地域もある。異世界に飲酒に関する法律があるのか視聴者は知らないが、配信者たちのやり取りを見るに制限はあるようだ。


 と彼らが思っていたら。


「聖殿では酒は十八からって決まりはあるが関係ねぇ。お前だからダメなんだ」

「なんで」

「だって、ねぇ……」


 少し呆れたような疲れたような表情で、年長者二人は顔を見合わせる。


≪何かあったんですの?≫

「昔、コイツが間違ってワインを一瓶丸々飲み干した事があってな……」

「酔っぱらって大暴れしたんだよ。それはもう、大変な追いかけっこだったねぇ」


 ジョニーはハァと溜め息を吐き、アルベルは遠い目をした。


≪うわぁ、大変な事になってそうですね≫

「そりゃもう。上級騎士総動員でとっ捕まえたさ。偶然聖殿に戻ってた俺も駆り出されたが、もう二度と御免だ」

「そんなこと、あった?」

「リベル君は次の日起きたらなーんにも覚えて無かったからね」

≪絶対にお酒飲ませちゃいけないタイプッ!≫


 万国共通、異世界でも同じく『酒は飲んでも飲まれるな』である。それはそれとして、どう見ても十代前半なリベルが酒を呷っていたら別の問題が発生しそうだ。配信は健全であるべき、という事でリベルのコップにはジュースが注がれた。


「ぶぅ」

「鳴くな」


 不満げに少女は鳴くが、事これに関しては何があっても曲がらない。曲げてしまえば周囲に被害が出るのだから当然だ。


「じゃあ、折角だから乾杯しよう。あ、でも何に対して乾杯するかなー」


 アルベルは考え、そしてピンと閃いた。


「僕は『忘れちゃいけない過去』に」


 彼はコップを掲げる。


「んー……私は『大切な想い出』にする」


 リベルはそう言ってアルベルに続く。


「俺は……」


 ジョニーは考える、乾杯する対象に一番良いのは何なのか。今、自分が大切に思う事は何なのか。彼女との想い出か、仲間たちとの絆か、それとも自分の決意や覚悟か。


 いや、どれでもない。

 今、彼が大切だと思っているのは。


「『これから歩む未来』に」


 彼の言葉に彼の隣に座る二人が驚く。が、アルベルはそれを嬉しく思って微笑んだ。リベルはほんの少しだけ、気のせいと思えるほどの変化ではあるが、優しい表情をしている様に見える。そんな二人に対して少しバツが悪そうにジョニーは頭を掻いた。


「「「乾杯」」」


 コツンとコップが打ち合わされる。


 ジョニーは視聴者との出会いで大きな変化が生じ、異世界の住人たちは配信者との邂逅で楽しみと共に様々な気付きを得た。両者は相互に影響を及ぼし、それぞれの人生がより良い方向へと動いていく。


 配信。

 それが彼ら彼女らを繋いでくれたのだ。


 未だにその原理は分からない、これから判明するかどうかも未知数だ。しかしそんな事は些事である。こうしてお互いに、今を楽しむ事が出来ているのだから。


 可能ならばこれからも。


 こうした時が過ごせれば、とジョニーは思ったのだった。












≪いーや! ジョニキはオッサンだよ!≫

「なんだと!?」

≪三十二っていうほどオジサンかなぁッ、オレもオジサンになっちゃうッ(泣)≫

「いや、三十二なんて若いよ、凄く若い」

≪アルベルさんから見れば、私すら若い分類になってしまいます。≫

「ジョニーは臭いからおじさん」

≪臭いんですか……?≫

「いい加減な事を言うな」

≪デコピン、痛そうですぅ≫

「仕返し」

「痛ってぇ! この野郎……」

≪仲良いでござるなぁ≫

≪この配信、面白いですわ~~~~~!!!≫


 あっという間にいつも通り。


 ジョニーの雑談配信は今日も皆で緩く駄弁るのだ。




 ― 第二章 完 ―

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