第73話 転機
死霊術師が天へと掲げた杖、その先の空中に生じるのは黒き球。太陽を思わせる形のそれは温かな光など生み出さず、逆に周囲の光を奪っていく。夕暮れに赤く染まっていた景色が白と黒に変わり、一瞬のうちに夜が訪れたかのようだ。
「いやぁ、絶対マズイって……!」
引き攣った笑いを浮かべながらミケーネは身構える。
どう考えても黒い球は碌なものではない。大地から天へと落ちる雷ですら死を体現しているかの様だった、闇の太陽など最早冥府そのものだ。見ているだけで身体の芯が寒くなる、それでありながら目を背ける事が出来ない。人間とは死を恐れる反面で死を望む者なのだ、死した後を考えて夢を抱く生物なのだ。
「これをこうして、こっちを……!」
ロイに抱きかかえられた状態でリーシャは調合を続けている。死を望むなど、彼女には無い考えだ。生きて生きて生きた先で天寿を全うさせる事こそが、人を癒す薬士の役目なのだから。それ故にリーシャは臆する事も震える事もなく、自分に出来る事をただただ行っていた。
「ふぅ、ふぅ……ッ!」
人一人を抱えながら回避行動を続けてきたためにロイは荒く息をしている。しかし反撃の為に必死で手と頭を動かし続けている少女を見て、彼は気合を入れた。この程度、一片の容赦も無いジョニーと慈悲の欠片も無いリベルとの稽古に比べれば微温湯に浸かっているようなものだ。
死を敵として、それでも三人は果敢に立ち向かう。
氷の鎚と炎の拳が衝突する。
弾丸の様に発射された氷柱が風の刃によって切り刻まれた。
川を挟んでの戦いは氷の魔導士の力によって真正面からの衝突へと発展。その中心の石橋の上で、アルベルは他の亡者と共に前進してきた氷のシュネーブルクと戦っていた。双方ともに魔導士である、しかしだからと言って殴り合いが不得意というわけではない。身体強化魔法もあれば魔導で武器を作り出す事も可能なのだ。
「おっと」
戦闘の最中、一瞥した方向へとアルベルは雷撃を放った。
「うわぁっ! ……って、あれ?」
武器を弾き飛ばされて騎士に切り掛かられた冒険者。彼は自身の死を悟って頭を抱えて蹲る。しかし降り落ちてくると思っていた刃は自身へと届かず、それどころか目の前の騎士は雷撃によって倒れた。
アルベルはシュネーブルクと戦いながら周囲の状況を把握し、危機に陥った仲間を助けていたのだ。彼が相手しているのは名高き帝国の将、戦術のみならず個の戦いも得意とする強者である。そんな人物を敵としながらも長き時を生きてきた魔導士には余裕があった、伊達に五百五十年も生きていないのだ。
彼の援護もあって冒険者たちは何とか持ちこたえている。すでに陣を構成する壁の一部は崩壊しているが、それでもまだまだ防御側の優位は変化していない。
だが。
「も、もうだめだぁっ!」
「に、にに、逃げよう!」
「コラ! この程度で狼狽えるんじゃない!」
新人冒険者たちの士気は大幅に低下していた。身体は十分に戦える状態ではあるが『自分達を守る壁が壊れた』という精神的なダメージによって、僅かな勇気が萎んで消えたのだ。
「お前らァ!!!」
バルガスの一声が騒がしい戦場に響く。未熟な冒険者たちはその声にビクッと身体を跳ねさせた。
「逃げたければ逃げろ! どんな判断をするかは自由!それが!冒険者だ!!!」
崩壊した壁から突入してきた兵士を大剣で叩き斬る。その姿はまさに猛将、一軍を率いるに値する指揮官だ。
「だがな」
ズドンと大剣を大地に突きたて、彼は怯えていた冒険者へと顔を向ける。
「その判断の責任も自分で負うのが冒険者だ。逃げた事をずっと後悔したくはねぇだろ?仲間を見捨てたなんて過去を背負うのカッコ悪ぃじゃねぇか。身体は動く、戦う力もある、なら後はココだけだ」
ドンと自身の胸を叩き、ニッとバルガスは笑った。
彼の言葉を受けて、若き冒険者たちはお互いに顔を見合わせる。既にその顔に怯えは無く、仲間と共に彼らは立ち上がった。他に何も出来なくて冒険者になるしか選択肢が無かった自分達だ、それならせめてカッコ良く在りたい。冒険者は立派な職業などではない、ただの見栄っ張り達なのだ。
崩壊しかかった状況は指揮官の喝で元に戻った。むしろ士気は大幅に上昇し、壁が崩れる前よりも果敢な戦いが繰り広げられている。背後の状況を確認して、アルベルはフフと笑みを漏らした。
だが、いつまでも気合と意地だけでどうにかなるものでもない。押し寄せる亡者たちは倒しても倒しても増え続けており、百数十程度の冒険者だけでは限界が近い。如何にアルベルとバルガス、他にも幾らか腕に覚えがある者がいたとしても数に任せた猛攻を抑えるのは不可能だ。
「どうしたもんか……!」
斬り、斬り、斬り。
両断した分だけ、まるで分裂しているかのように数を増して亡者は向かってくる。どうすれば状況が好転するのか、それを考えながらも答えが出ない。奥歯を噛みしめながらバルガスはそれでも勇猛果敢に剣を振るう。
そんな時。
「ぐあっ!!」
腕に覚えのある冒険者の一人の胴に亡者の槍の突きが入った。
「危ねぇ! 躱せッ!!!」
痛みに数歩後退った彼の頭目掛けて、引き抜かれた槍の叩き付けが迫る。剛腕による一撃だ、人間の頭を割るのに十分過ぎる威力があるのは間違いない。防衛線の一角を担っていた彼が倒れてしまえばそこから総崩れだ。最悪の想像が指揮官バルガスの頭に浮かぶ。
振り下ろされる槍、止めようがない状況、周囲の冒険者も間に合わない。
終わりか。
そう思われた時。
「我が敵を穿て、火の矢」
飛来した火炎の矢が亡者の体を貫いた。
「うおおおおお!行くぞ! 総員、突撃!!!」
後方の森の中から揃いの装備に身を包んだ者たちが現れる。
その数、二百。彼らは猛烈な気合の雄たけびと共に戦線に加わった。放つ矢は正確に亡者の頭を打ち抜き、槍の一撃は一発で亡者を倒し、剣の一振りで亡者を両断する。
「衛兵、か」
突然の増援、それはアーベンの町を守る衛兵たちだった。その日暮らしで気ままな冒険者たちとは違い、彼らは日夜訓練に励んでいるために練度は高い。指揮系統がハッキリしており、統率が取れた集団である。組織的な防衛作戦において彼ら以上の適任者は存在しない。
「間に合ったようですね」
集団と共にバルガスの前に一人の男が現れる。黒縁スクエア眼鏡が印象的な、冒険者たちが決して逆らえない商人組合の受付だ。
「助かったぜ、クライヴさんよ」
「間に合ったようで何よりです」
お互いに軽い調子で言葉を交わす。
「執政官殿から、組合に衛兵の指揮を任せる、と急使で返事がありましてね。最低限の人数を町に残して、残りをココへ連れてきました」
「いやぁ、これで何とかなりそうだ!」
ガハハと笑ってバルガスはクライヴの背中をバンバン叩いた。
「それにアンタも来てくれたなら戦力倍増だ」
「買い被りですよ、私はただの組合受付です」
「はっ、何言ってんだか」
肩をすくめる受付の言葉を冒険者は鼻で笑う。
「おイタする冒険者共をパパッと制圧できる奴が戦力じゃないワケが無ぇっての」
冒険者は基本的に信用の無い連中だ。当然ながら荒くれ者も多く、理性的ではない奴らも少なくない。そんな馬鹿どもを相手にするのが商人組合の受付である。
大きな町であればいざ知らず、万年人員不足なうえに上層部がやる気のない腑抜けなアーベンの組合では複数の役割を一人でこなす者も多い。故にクライヴが担っている業務は多岐に渡っているのだ。組合受付、各方面との折衝、他の町の組合支部との情報共有、そして警備まで。
腕に覚えのある冒険者を叩き伏せられるだけの力を彼は有していたのである。
「まぁ、出来る限りの事はしますよ」
「ハハハッ、期待してるぜ!」
お互いに笑みを浮かべ、彼らは戦闘を再開した。




