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第71話 銀拳

「あれだ!」


 阻む騎士たちを打ち倒して黒焦げ原を先へと進んだリーシャ達は遂に目標を発見する。黒と紫の布に赤刺繍の前開きローブに身を包むその人型の頭部は髑髏されこうべで手足は骸骨。小さな髑髏どくろが溶けあうように繋がって形を成している杖を手にしていた。


 猛烈な力がその魔物から周囲にあふれ出している、ミケーネだけではなくリーシャとロイにも分かる程の闇の魔力だ。近寄るだけで身体が震える。その者は冥府から現れた存在、まさしく死そのものなのである。


「だああああっ! やるッスよ、怖くないッ!」

「その意気だ、弟弟子ッ!」

「いきます!」


 気合の声と共に突撃する二人。リーシャは素早く袋草に薬草粉を詰めてそれを投擲する。白い花の粉が含まれた、不死者に良く効く薬である。死霊術師にも効果はあるはずだ。


 ただし、当たれば。


 髑髏の杖の目がギラリと光る。

 黒い光が放たれ、空中にある袋草を撃った。


「あっ!?」


 緑の球が色を失い、解け、灰になって消える。

 長き時を風雨にさらされた骸かの様に。


「せいッ!」

「おりゃぁッ!」


 ロイの剣とミケーネの槍が死霊術師の体を斬り貫く。一切の防御の素振り無く、骸骨の魔導士はそれを受けた。


「「!!!」」


 確かに斬った。確実に刺した。

 だが手ごたえがない。物に、体に刃を突き立てた感覚がない。それどころか、まるで吸い込まれるかのような感覚だ。剣や槍が、前が開いたローブの中へと持っていかれそうになる。


「ミケーネさん、危ない!」

「ぅわっ!」


 死霊術師の動きを察知したロイがミケーネに体当たりした。彼女は体勢を崩し、二人揃って大地へと倒れ込む。その頭の上を髑髏の杖から放たれた魔法が通り抜けた。目標を捉える事の無かった死の魔法は草むらへと飛んでいく。


 植物が、大地が、そして魔物が。一瞬のうちに生命を失い、灰となる。


「ひぃ……」


 ロイが小さく声を上げる、彼に押し倒されたミケーネも驚愕の顔だ。

 しかし。


「ええーいっ!!!」


 リーシャは違った。

 硬直する彼らを助けるために彼女は爆弾を二つ投げつけた。放物線を描いたそれらは死霊術師へと迫る。再び冥府の魔導士は杖から死の魔法を放った。


 いや放とうとした。

 それよりも早く袋草の一つが爆発し、もう一方の落下速度を後押しする。放たれる魔法は狙いを外し、それとは反対に袋草は死霊術師の顔面に直撃した。ドガンッと大きな爆発が生じる。


「リーシャちゃんッ、ごめん助かった!」


 ロイとミケーネは死霊術師の足下から飛び退き、得物を構え直す。


「倒れは……しないッスね」


 死霊術師は顔面に強烈な爆発を受けた。それによって髑髏されこうべの右半分が吹き飛んだのだが、それを全く意に介していない。腕を広げ、杖を天へと掲げる。


「ちょっとヤバくない……?」

「リーシャさん、気を付けて」

「うん……!」


 三人は身構えた。






 巨大な刃が振り下ろされる。

 しかしそれは素手で受け止められた。


 金剛石すら砕く蹴りが放たれる。

 だがそれは斧の柄で防がれた。


 初めの衝突以降、一切の停止なくリベルとリューネは戦っている。斬撃打撃、回避と防御、あらゆる技能を以って相手を倒さんと両者は衝突する。しかしどちらも有効な一撃を与えられない、実力が拮抗しているからこそだ。


「ふッ、やッ!」


 素早い動きを是とする体術を得意とする者相手に巨大な斧で立ち向かう等、本来ならば自殺行為である。しかしリベルに限っては違う。驚異的な身体能力、そして膨大な魔力による己の強化によって、羽箒でも振り回すかのようにそれを扱えるのだ。


 彼女は強者との戦いを喜びとしている、そして先の黒狼との戦いでは存分にそれを堪能した。しかしこの戦いにおいては彼女に楽しいという感情は無い。


 今はただ、よく知る相手を救う事だけがリベルの中にあった。


 しかしそれはこの上なく難しい事である。


「ぐッ!」


 リューネの拳が腕を掠める、それだけでリベルが呻く。如何なる痛手を受けても、全身を雷に焼かれても平然としていた彼女が苦痛を感じたのである。


 しかしそれも当然だ。何故なら彼女の腕の骨は木っ端微塵に、筋肉はかき混ぜられたかのようにグチャグチャになったのだから。たった一撃、それも掠っただけ。それだけで常人ならば再起不能となり得る痛手を受けたのである。


「流石」


 リベルは素早く後方へ跳び、一瞬でその傷を治す。


 明確な隙だ、しかしリューネは彼女に追撃しない。その後退が罠だと看破したのだ。ゆっくりと構えを取り、強き拳士は亡者となっても消えない闘志をその身から立ち上らせる。


 聖殿騎士、序列九位『銀拳』リューネ・アルジェント。

 それが彼女の三年前の肩書だ。


 騎士序列は単純に戦闘能力だけで決まるものではない、序列が上でも直接的な戦闘能力に関しては長じていない者もいるのだ。しかし彼女に関しては違う。その戦闘能力も評価されて九位という地位に在った。


 当時は見習い騎士だったリベルの、遥か上の実力を持った人物だったのである。


 仕切り直しだ。

 リベルは姿勢を低くして斧を構え、そして大地を蹴る。威力重視の大振りでは躱される、素早さを優先して小さく振れば防がれる、ならば全力の素早い攻撃をすれば良い。身体能力強化の魔法を全身にみなぎらせて、彼女は斧を―――


「ッ!」


 振れなかった、阻止された。右手と左手で持つ斧の柄、ちょうどリベルの身体の中心に当たる部分に強烈な掌底を受けたのだ。防御したのではない、一瞬の間に重心を見抜かれ、動きを阻害する一点を突かれたのである。


「がッ」


 下から上へ彼女の顎が打ち抜かれる、リューネの右足での蹴り上げだ。防御も何も出来ず、リベルの身体が強制的に仰け反らされる。


 防御を、回避を。

 それをしなければ。


 衝撃で瞑ってしまった目を彼女は開く。


「!!!」


 紙一枚、それ程の距離に龍の足、そして鋭い爪があった。


 リューネ・アルジェント。

 彼女は龍人である、しかしその姿は角を除いて只人と変わらない。だが彼女達は身体を龍へと変じる事が出来るのだ。それを龍変と言う。翼だけ出現させる事も出来れば、手や足だけを龍へと変える事も可能なのである。


 そう、リベルの赤の瞳に映るのは、変じたリューネの足だ。


 がすぐにそれも見えなくなる、ブヅリという音と共に少女の世界が闇に閉ざされた。ほぼ同時に後頭部が大地を破砕し、踏み付けられた顔面の肉が潰れ、骨が砕かれる。


 斧がリベルの手から離れ、大地に落ちてドズンと音を立てた。


 龍人が足を上げる。愛らしかった少女の顔は原型を留めない程に破壊され、その身体からは力が失われていた。それを確認し、リューネはリベルから離れる。


 死霊術師を守りに行かなければならない。主を害する者を排除しなければならない。彼女はクルリと振り返り、その背に龍の翼を出現させて大きく広げ飛び立たんとする。






 がしかし、背後で聞こえた物音に気付いてリューネは振り返った。


 そこには確実に殺したはずの少女が立っていた。


 原型を留めない顔面はそのまま、服は血を吸って赤に染まっている。フラリフラリと動く身体は、亡者リューネよりもよほど不死者アンデッドに見える。薄紫髪のそれは顔面からドボリと血か肉か骨か分からない赤黒いものを大地に滴らせた。


 が次の瞬間、治癒魔法によって彼女は愛らしさを取り戻す。


 そして、血濡れの顔をそのままにリベルは一言呟いた。


「ちがう」


 と。

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