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第70話 過去と今

 大きく南に迂回し、ジョニー達は目的地へと到達する。リベルの考え通りに亡者が全て川のある西へと進んだようで、道中で彼らと遭遇する事は無かった。だがしかし死霊術師がいるであろう黒焦げ原は違う。そこには白の鎧に身を包んだ二十体ほどの騎士がいた。


「白の鎧、って事は聖殿の……」


 草原に潜んで亡者の様子を観察するミケーネが呟く。

 聖殿の騎士たちを形容する言葉があるならば少数精鋭である。人口がそれほど多くなく、ゆえに兵数も限られる。そんな中でも圧倒的国力の二勢力と戦い抜いて実質的な勝利を得たのだ。騎士団を構成する者たちは、帝国と同盟の兵よりも個の能力は上なのである。


 死霊術師はそれを理解してか、自らの周りを彼らで固めていた。


「アーチェ、トマス、ベンウッドさん……っ」


 騎士たちを見てジョニーは唇を噛む。

 黒焦げ原を守備する者の中に居たのは、かつて彼の部隊を構成していた仲間たちだ。十八で見習いから正式に騎士になったばかりのアーチェ、同じ歳で仲の良かったトマス、そして部隊結成の時から自身を支えてくれた五十歳近いベンウッド。三者ともジョニーがよく知る人物だ。


「あいつらは俺が……ッ」


 己の部隊にいた者たちだ、それを救うのは隊長だった自分の役目。そう考えたジョニーが剣を握る手に力を込める。


「私がやる」

「だがッ」

「やれる?やれない。無理。だったら黙って」

「ぐ……ッ」


 リベルは有無を言わせないといった口調で彼の事を威圧した。ジョニーはそれに対して咄嗟に言い返せない。覚悟はしていた、だがしかし事この場に至っても彼の手には震えがあった。それを彼女は見抜いていたのだ。


「その覚悟は、取っておくべき」

「っ!」


 リーシャ達に聞こえない小さな声でリベルはジョニーに話し、草むらの中から飛び出していった。突然現れた少女に動揺する事も無く、三人の騎士は彼女に襲い掛かる。だが彼らの刃はリベルには届かない、突進の勢いのままに身を素早く動かして回避した。


 彼女は大斧を出現させ、最も若く女子のアーチェに攻撃する。といっても一撃だけだ。斧を振り抜く事などせず先端に付いた槍の穂でその胸を一突きにした。体を貫かれた彼女はその身から力を失い、引き抜かれると共にドシャリと大地に倒れ伏す。


「ん」


 背後から頭に向かって振り下ろされる剣に気付いて、リベルはそれを斧の柄で受け止めた。ズシリと重い一撃ではあるが彼女の頭には届かない。その攻撃はトマスのものだった。


 リベルは両手に力を込めて剣を弾く。強烈な力によって弾かれた事で彼の体勢が崩れた。その隙に彼女は素早く振り向き、アーチェにそうしたのと同様にトマスの胸も一突きにする。


「っ」


 トマスの体で生じた死角からの刃、斧を手放して彼女は後方へと跳ぶ。その無慈悲な攻撃はベンウッドの一撃だった。咄嗟に防御に使った左手に風穴が開いている、それ程に素早く鋭い刃だったのだ。リベルはすぐさま魔法で治癒させ、斧を出現させる。


 一合、二合、三合。

 両者の刃が衝突するが、それも三度まで。リベルの攻撃を防御しようとしたベンウッドの剣が天高く弾き飛ばされたのだ。次の瞬間には彼の胸もまた、槍の穂で貫かれていた。


 リベルが三者を倒すのに一分も掛かっていない、実力差は歴然だ。しかしそれはあくまで亡者となった上に、体の動きを魔法で制限されていればこそ。生前の実力を維持していたならば、ここまで簡単に戦いが終わったはずはないのだ。


 三人には槍が貫通した穴が一つ。体の損傷はそれだけである。三年前に彼らの命を奪うに至った傷が見られない。当然だ、リベルが開けた穴と同じ場所にただ一つだけ存在していたのだから。魔法によって傀儡とされていた彼らに一瞬の苦しみも与えたくないという、ジョニーの最後の優しさがそこにあったのだ。それを上書きする事をリベルは実行したのである。


 死霊術師の傀儡の魔法が失われた三人の体が光の粒となって消えていく。本来は既に現世に存在するはずの無い肉の体だ、消滅してしまうのも仕方のない事なのだろう。彼らが天へと昇って行った後、その場には三人の装備だけが残されていた。


「……」


 空へと消えていった仲間を見送り、ジョニーは草むらから一歩前に出る。


「リベル、ありがとな」

「ん」


 礼の言葉と共に彼はリベルの頭を撫でた。


「よし、進むぞ」

「はいっ」


 先程の騎士たちとジョニーに何か深いつながりがある、それはリーシャ達にも分かる。しかし今それを聞くのは良い事ではないと彼女達は同時に理解している。だからこそ彼の言葉に短い返事と頷きだけを返した。


「あっちから何か感じる」

「ああ、俺にも分かる」

「なんか毛が逆立つみたいにビビビってするよぉ~」


 リベルが指したのは黒焦げ原の北の方。以前リベルとアルベルが破壊した辺りである。大規模に植物を始めとした生物が消滅したその場所は死者を操る死霊術師にとって居心地がいいのかもしれない。ミケーネまでもがその気配を感じ取れているという事は、冥府から現れた者がそれだけ強い力を発している証拠だ。


 真っすぐにそこへと駆ける。道を阻む者はリベルが突撃して排除し、襲い来る騎士はジョニーが手足を切断して行動不能にする。リーシャ、ロイ、ミケーネの三人は一組となって一人の騎士に当たった。少年が相手を剣を捌き、姉弟子が鋭い一撃を叩き込み、少女が薬で亡者を解放する、彼女達の戦法は十分に有効であるようだ。


 順調に歩を進めていた、そんな時。


「あぶないっ!」

「きゃっ!?」


 リベルが声を発すると同時に行動する、上からの強襲だ。相手の狙いであるリーシャを庇い、その攻撃を斧の柄で防ぎ止める。


「ぐッ」


 リベルが苦悶する、相手の蹴りはそれ程の一撃だった。身体を突き抜けた衝撃は大地へと伝わり、踏ん張る足が地面を砕く。追撃させまいと彼女は斧を振り、相手を自身から遠ざけた。


 その亡者は高く跳んで空中で一度回転して翼を広げて勢いを殺し、静かに大地へと降り立つ。その背に出現した二つの翼、それはまさに。


「龍……」


 飛膜は痛々しく破け、綺麗な銀の鱗は剥げ落ち、骨が露出している。それでもなお、その翼は威容を残しており、その亡者がただ者ではない事を示していた。


「やっぱり、いた。リューネ」


 少し悲しそうな目で、リベルはその人物の名を口に出す。

 ライトブロンドの髪は血に濡れて赤黒く、顔の左側は焼け爛れ、左わき腹には胴の中心まで到達するほどの大きな斬り傷。それ以外にも無数の細かい傷があり、戦場で激闘の末に死した事がハッキリと分かる姿である。


 そんな彼女の背後から、もう一人。


 ジョニーがよく知る、()()が現れる。


「……君も、いたか。フィオナ」


 居てほしくは無かった。しかしそれでも、その姿を見る事が出来て嬉しく思ってしまう。深い悲しみと痛み、そしてほんの、ほんの少しだけの喜び。それが入り混じってジョニーは複雑な表情を浮かべた。


「……リーシャ、ロイ、ミケーネ。行って」


 リューネから視線を逸らさずに、リベルは三人に短く指示を出す。色々と説明する余裕など存在しない、それが彼女の言葉と姿から理解できる。三人はお互いの顔を見て一つ頷き、駆け出した。


 が。

 それを見逃すほど、リューネは甘くない。


 龍の翼を大きく広げ、姿勢を低くし、そして弾丸のように跳んだ。


 しかし。

 それを許すほど、リベルは弱くない。


「はッ」


 リューネに対して水平に斧を振る。

 その速度はまさに神速、刃は正確に相手を捉えた。


 だがしかし、その一撃は防ぎ止められる。


 何の武器も持たず、如何なる防具も付けていない、彼女の手によって。


「んんッ!」


 力任せにリベルはリューネを弾き飛ばす。

 その隙にリーシャ達は死霊術師の下へと駆けていった。


「あなたの相手は私。私しか、相手出来ない」


 そう言ってリベルは斧を構えた。


 攻撃の応酬を繰り広げる彼女達とは対極に、ジョニーとフィオナは対峙した状態で動いていなかった。お互いが相手を見たままだ、いや、亡者となった彼女の方は何も見ていないのだろう。


「……前に手合わせしたのは、いつだったかな」


 ジョニーはゆっくりと身体を動かす。


「ああそうだ。負けた方が相手の言う事を聞くって条件でやった時か」


 スッと剣を構えた。


「あの時は、君を残念がらせたくなくてちょっとだけ手を抜いた。まあすぐにバレて君に怒られたがな」


 フッとジョニーは笑う、懐かしい()()()だ。

 そう、もうそれは戻ってこない日常の一頁。それを彼は痛い程に理解している。だからこそ今、ジョニーは自分に言い聞かせているのだ。思い出は思い出なのだ、と。目の前に立つ彼女は彼女ではない、と。救う方法は一つしかない、と。


「今回は勝ちを譲ってやれない。先に謝っておくよ」


 ジョニーはその目に覚悟を宿す。


「ごめんな」


 彼は大地を蹴った。

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