第69話 動く
「…………」
「ははは、ごめんって」
「ぶぅ」
そっぽを向いて不満そうなリベルにアル爺は頭を掻きつつバツが悪そうに笑う。諸共に雷撃を食らわした事ではなく、久しぶりに出会った強者との戦いを邪魔する形になった事への謝罪である。
彼女と一緒に魔法を受けたヴォルクはまともに防御も出来ずに体を焼かれて川へと落ちた。その後に這いあがってこない様子を見るに、死霊術師の魔法による活動を停止して流されていったようだ。
「ぶー垂れてる場合か、戦いの真っ最中だぞ」
真剣な表情でジョニーは橋を渡ってくる亡者に向けて魔法を打ち放つ。通行止めとなっていた道が開通したのだから、彼らは当然そこを渡って来る。これこそが元々の目論見通り。精々が三人程度しか横並びになれないような狭い橋、数の有利不利を逆転させる事が出来るのだ。
たとえこちらに未熟者が多いと言っても、対象との距離が近くなれば当然ながら矢や魔法を当てられるようになる。その攻撃をすり抜けた者がいたとしても少数だ、今度はこちらが数の優位を取って打ち倒す事が可能だ。
「おりゃっ!」
丸太壁の内側に設置された台の上に乗り、ミケーネは右手に持っていた何かを力一杯に投げる。拳よりも一回り小さいそれは獣人の腕力によって豪速で飛び、駆ける亡者に直撃する。
と同時に、大爆発を引き起こした。
「よっし! 次だよ、リーシャちゃん!」
「はいっ!」
呼びかけられて、リーシャは既に出来上がっていた球を彼女に渡す。再びの投擲、そして大爆発。下手な魔法よりも遥かに威力のある攻撃である。
「こっちもッス!」
「うんっ!」
ロイの頼みに応じて、薬士の少女は袋草に多種の薬草粉を詰めて渡した。彼はそれを矢に括りつけ、迫りくる亡者の先頭に狙いを定めて放つ。
が、残念ながら矢は外れた。
しかし狙っていた対象に続いて向かってきていた亡者に突き刺さる。
ドガァンと爆発が周囲の者も纏めて吹き飛ばして川へと落とした。
「こっち!」
「はいっ!」
「オレも!」
「うんっ!」
素早く連続で調合し、出来上がった物が次々と亡者に投げつけられる。リーシャの腕力で投げたなら自爆の可能性もあるような、かなり無茶な配合だ。しかし剛腕による投擲や弓矢による長距離攻撃ならばこれほど便利なものもない。
「こっちこっち!」
「早く早くッス!」
「ちょ、待って!」
しかし二人に対して一人で対応していては供給が追い付かなくなってくる。焦りながらも的確に、だがそれよりも急がなければ。黒い薬草粉と赤いのと薄黄色の物を袋草に入れて出来上がった物を渡す。
黒い薬草粉と赤いのと薄黄色の物を袋草に入れて出来上がった物を渡す。
黒い薬草粉と赤いのと薄黄色の物を袋草に入れて出来上がった物を渡す。
黒い薬草粉と赤いのと薄黄色の物を袋草に入れて出来上がった物を渡す。
白い薬草粉と赤いのと薄黄色の物を袋草に入れて出来上がった物を渡す。
「あっ、間違えた!!!」
ミケーネに渡してからリーシャは気付いた、しかしもう遅い。
既にそれは空中を豪速で飛び、亡者の顔面に当たる寸前だった。
中った衝撃で、ぼふんっ、と袋草の中身が宙に舞う。だが調合を間違えているのだから当然ながら爆発はしない。もわもわと白と赤と薄黄色が混じった粉がその場に漂う。
すると。
「え、あれ?」
どしゃどしゃっ、と亡者がその場に倒れた。まるで操り人形の糸が切られたかのように突然力を失ったのだ。
「今のは……」
謎の現象にアルベルが顎に手を当て考える。
しかし、その時。
「お、おい! あれ!!!」
冒険者の一人が対岸を指さし、その場の誰もが指された先を見る。
「川が……凍って……!?」
かなりの水量を有する川、その水が凍っていく。バキバキと音を立てて。
魔法だ、自然現象であるはずがない。
「あの人、知ってる」
亡者の一団の中、川を凍らせる魔法を放っている元凶。
その人物に気付いてリベルが指をさす。
長く綺麗な銀の髪、黒の装束に身を包んだ魔導士。その体には左肩から右腰まで袈裟斬りにされた大きな傷があった。死してなお強大な魔力を持ち、操られながらもそれを使う事が出来る強者だ。
「彼女も、か……」
アルベルは眉間に皺を寄せてその人物を見る。
「ジョニー君、作戦変更だ、僕がここに残る。君とリベル君、あとリーシャ君たちを連れて出発してくれ」
「先生!?」
「あの子の相手、ここにいる皆には難しいだろうからね。氷のシュネーブルクの異名を持つ帝国の将だよ、彼女は」
その名にミケーネが驚く。
「え、あの有名な……?」
「そうだよ、あの子も戦死してたんだね」
「私がやった。物凄く強かった」
「あ、そうだったんだ」
腕を組んでリベルは昔を思い出す。彼女が屠った帝国一万の中に名高き魔導士も含まれていたのだ、しかしその戦いは決して易いものでは無かった。ただ魔法を放つだけが得意な相手ではなく、斬りかかっても殴りかかっても簡単には打ち倒せなかった敵だったのである。
「随分前に外交で帝国に行った時に、老婆心からほんのちょっとだけ助言した事があってね。といってもリベル君くらいに小さな頃の彼女に、だけど」
「いまいちどの位の歳だったか分からんですね、それ」
アルベル式の冗談だ、それにジョニーが乗っかる。強者の出現に作戦の変更、突然の状況で緊張するリーシャ達の心を和らげるための会話である。
「この状況で川を凍らせているという事はそこを大地に変えているのと同義、こちらまで凍れば対岸の亡者たちが一斉に向かってくる。その状況になった時のために冒険者たちから信頼されてるバルガス君は指揮官としてここに残さなきゃいけない」
集団の指揮には単純な能力以外にも上下の信頼関係が重要だ。消去法でなくともこの場にバルガスを残すのは当然である。
「魔法を得手とする彼女の相手が出来るのはこの場では僕かリベル君だけだ。でも奇襲ならリベル君が向かった方が良い、無理やり押し通る場面が発生した時の為にね」
ジョニーも魔法は使えるが二人には劣る、こちらは消去法での選択だ。
「あ、あのっ、ミケーネさんとロイ君はともかく、私もですか?私なんか力になれないんじゃ……」
「いいや。さっきので分かった、むしろリーシャ君の力が必要だ」
先程の出来事、白い粉が亡者たちを魔法から解き放った事象である。
「先日採取して君にあげた白い花、あれは鎮魂の祈りに使われてる花だ。あくまで儀礼的、それ自体に効果なんて無いと思っていたんだけど」
「あ、じゃあさっきのは」
「うん。死者を無理やり動かす魔法から彼らを解き放ったんだよ」
物事には意味があったんだね、とアルベルは続けた。
「むしろ君が一番奇襲に向いてると言える。さっきの様に亡者を瞬く間に呪縛から解放できるんだからね。ただおそらく他の薬草粉の作用もあると思う、だから粉をジョニー君たちが持っていけば良いというわけでもない」
顎に手を当てて彼は考える。単純に白い花が不死者に効果があるというならば冒険者の間で広まるはず、長い時を生きるアルベルが知らないはずがない。となれば特殊な配合が必要な物であると予想が出来るのだ。
「リーシャ、無理はしなくても良い。奇襲は亡者のど真ん中に突っ込む事になる、当然だがココと比べれば死ぬ可能性は遥かに高い」
「いえ、私も行きます」
即答、当然だ。
苦しむ人を救うのが薬士の役目、それは死した後であっても同じ。自分にそれを成せるというならば、断る理由も恐怖に震える理由も存在しないのだ。
「ミケーネは、まあ良いとして」
「扱いが雑っ」
「いや、お前は怖がって陣に引き籠ったりしないだろ」
「さっすがジョニーせんせ、教え子の事をよく分かってるぅ!」
「……はぁ」
無意味なやり取りをさせられてジョニーは溜め息を吐いた。
「ロイ、大丈夫か?」
「オレ、役に立つのかな……」
俯き考える。実力は他の冒険者に比べても特段高くはない。確かにジョニー達に鍛えられた事で防御剣術は得意になったが、相手を斬る技能は平々凡々だ。襲い来る精鋭相手に守りだけでどうにか出来るとは思えない。
しかし。
「ロイ君、大丈夫だよ。守ってくれてる間に私がやっつける!」
「リーシャさん……あはは、なんだか変な感じッスね」
本来ならば薬士を守るために魔物を倒す役目の冒険者だがこの状況では立場が逆、いや彼らに関しては普段から同じかもしれない。有効な攻撃法が少ないが守りに長けたロイに対して、攻撃魔法以上の爆弾を大量生成できるが自身を守る術を持たないリーシャ、なんとも不思議な二人である。
「オレも、行きます!」
「分かった、頑張れよ。だが無理だと思ったら逃げろ。リーシャ、お前もだ」
真剣な表情で指示するジョニーに二人は頷く。奇襲する先では若い二人を守りながら戦うのはおそらく不可能だ、自分の身は己で守ってもらわねばならない。それが出来ないなら逃走こそが最適な行動なのだ。
「さ、行ってらっしゃい」
「ええ、行ってきます」
アルベルの促しにジョニーは答え、彼らは陣から南へと駆けていく。
「さてと」
教え子たちを見送ってアルベルは懐から煙草を取り出して火を付ける。煙を薫らせながら彼は陣から歩み出て石橋に立った。
「僕は錬金術と呼ばれた魔導の力で世界から恐れられた。だからこそ僕は誓約したんだ、いかなる戦争にも直接関与しない、と」
それは彼を縛る約定であると同時に、聖殿を守る見えざる壁となった。自国が起こす戦に彼が介入してくる事は無い、しかしその居場所を直接攻撃した場合にまでそれが適用されるかは分からない。報復されれば国が崩壊する事も考えられる、しかし手を出さねば何も起きない。そういった存在に、抑止力にアルベルはなったのだ。
「三年前の戦争でも僕は戦いの場には赴かなかった、死にゆく若者たちを見送る事しか出来なかった。それを間違いだとは、僕は思っていない」
自身が殺し合いに参加してしまえば状況は簡単に終息する、だがそれを実行すれば他の国々も聖殿を危険視するだろう。帝国と三王国はその考えに至る事も見透かして聖殿に侵攻したのだ。三角戦争が終わった後に今度は南の国々から侵攻を受ける可能性も存在した。だからこそアルベルは外交官であり続けたのだ。
「だが、今は。今、この場にあっては違う」
ブワリと。
彼の総身から魔力が巻き起こる。
「君たちを倒すためではなく、救うために」
シュネーブルクの魔法による川の氷結は遂にこちら側に到達した。
対岸にいた亡者たちが一斉に氷の大地を走って向かってくる。
「聖殿の創設者が一人、黎明の名を以って戦おう」
炎、氷、風に土、そして雷。
多様な魔法の素が彼の周囲に渦巻く。
「さあおいで、相手をしてあげるよ」
そう言ってアルベルは三分の一ほど吸った煙草をピンと指で弾いて宙に飛ばす。
ボッと火がそれを焼き、猛烈な業火へと変じた。
彼は向かい来る亡者たちに、迷いなく魔法を放つ。




