第68話 川の攻防
石橋が掛かった川、その片側には簡易的な陣が築かれていた。
周囲の木を伐採して丸太とし、それを立てて地面に突き刺す形で川に対して壁を作ってある。見張り台を建築する時間は無く、防衛用の兵器など存在するわけがない。ただ対岸から飛んでくるであろう矢や魔法を取り敢えず防げる物を用意しただけだ。
黒焦げ原で応戦していた冒険者たちが石橋を渡り、未熟な者たちが籠る陣へと駆け込む。すぐさま治癒術師たちが負傷者を癒し、薬士たちが作り上げた強壮剤が配られた。
「くはーっ、疲れたぁ~」
「お疲れさまです、ミケーネさん」
丸太壁に寄り掛かる猫獣人にリーシャがねぎらいの言葉と共に特性の薬を手渡す。ありがとう、と返し、ミケーネは瓶を開けて中身を一気に呷った。
「ごぶぁっ!? ゲッホゴホ……ナニコレ」
「ミケーネさん用に特別な材料で作ったお薬ですっ」
「ちなみに材料って……?」
「秘密、と言いたい所ですけれど特別に教えてあげちゃいます。この間の探索で採取した白い花と、さざな―――」
「待った。いい、言わなくていい」
リーシャを手で制して彼女は首を横に振る。ちょっと前、薬士の少女の荷運びを手伝った際にガサゴソと箱の中で蠢いていた虫は、今こうしてその身を以って恩を返しに来てくれたようだ。
冒険者として経験を積んで既に虫に慣れたとはいえ、ちょっと生理的嫌悪感を覚えるさざなみ虫の姿を思い出してミケーネは何とも微妙な顔をする。しかしリーシャは忙しい中で自分専用に薬を作ってくれたのだ、彼女はありがとうと言って薬士の少女の頭を肉球ポンポンした。
少しだけ和んでから、ミケーネはすぐに気持ちを切り替える。
「のんびりしてる暇は無いよ! すぐに追ってくる、準備してー!」
彼女の呼び掛けに冒険者たちが応じ、魔導士と弓使いが準備を始めた。
川幅は人の足でおおよそ二百歩ほど、渡る方法はジョニー達が掛けた石橋だけ。あえてそれを落とさずに亡者たちの進路を作り、そこに誘導する事で多勢の有利を失わせるのだ。
「オレも頑張りまス!」
「弓使いロイ君、頑張りたまえ!」
「はいっ!」
自身の弓の調子を確かめてロイは気合を入れる。
己に合う武器は何なのか。それを確かめるために彼は長剣以外にも様々な武器の扱いを訓練していた。今回こうして役に立つ事となった弓は冒険者仲間に教わったものだ。独自の訓練とジョニーからの指導もあり、この川幅ならば十分に届く程度には弓術の経験を積んでいた。
「あっ、来ました!」
リーシャが川の対岸を指さす。森の中からバルガスを先頭にジョニーとリベルが駆けてきた。彼らを追う亡者の姿は見えない、どうにかして距離を稼いだ様子だ。三人は大急ぎで石橋を走る。
その時だった。
森の中から黒い影が現れ、駆ける三者の頭上を飛び越える。空中で一回転したその何者かは、ジョニー達に向き合う形で彼らの行く道を阻んだ。
「こいつは……ッ!」
軽装な黒毛の狼獣人、四足で立つ姿はまさにオオカミである。その眉間には深い傷があり、弓か槍か、鋭い何かで貫かれた事が致命傷だったようだ。
「王国同盟、武勇名高き黒のヴォルクか!」
バルガスは背に負う大剣に手を掛ける。
狼獣人は軍を率いる将ではなく一個の武、それゆえにただただ己の強さを伸ばしていた男だ。その武勇は周辺諸国に名が轟く程に高まり、先の戦争でも大いに活躍した人物であった。
「任せて」
剣を抜こうとしたバルガスの横をすり抜けてリベルがヴォルクに突っ込む。大斧を出現させ、駆ける速度のままに相手を薙いだ。がしかし、その一撃は狼を捉える事は無かった。彼は猛烈な速度で横一閃に振り抜かれた刃を飛び越したのだ。
「ふッ」
振り向くと同時に少女は斧を振る。下から上へ、逆袈裟の一撃だ。狼獣人は後方転回してそれを回避、しかしリベルは止まらない。大振りを放ち、ヴォルクを更に後ろへ退かせる。
「行くぞ!」
「おう!」
あえて大きな回避行動を誘う攻撃、それはジョニー達を先に進ませるためだった。少女の考えを汲み取った彼らはリベルの隣を抜けて陣へと駆け抜ける。
「リベルちゃん!」
陣へと到達したジョニーとバルガス。リーシャがリベルを呼ぶ、がしかし少女はそれに続かない。彼女は黒狼を振り切る事は不可能と考え、橋の中程で応戦していた。
わざと回避させた先程とは異なる、斧の重量を全く感じさせない高速の連撃。だがヴォルクはそれを連続で躱し、それどころか反撃を行ってリベルの攻撃を阻害する。
「強い」
眠たげだったリベルの目が開かれる。
彼女が真っ向から認める強者、黒のヴォルクはそれ程の男であった。
攻撃と防御、連撃と回避。
橋の上で猛烈な攻防の応酬が繰り広げられる。薄紫髪と黒毛が動き、位置を変え、跳び、交差した。その速度は未熟な冒険者たちの目では捉えられない程であり、横槍を入れて一騎打ちを止めさせる事は不可能だ。そも、当事者たるリベル自身がそれを望まないであろうが。
「対岸に集まってきたね」
ジョニー達よりも先に陣に入っていたアルベルは目にも留まらぬ攻防を繰り広げる両者の向こうに目をやる。そこには亡者たちがぞろぞろと森の中から現れていた。しかし橋は強者同士の戦いによって渡れない、それを認識して弓を得物とする者と魔法を得手とする者が動きを見せる。
「攻撃が来るぞ! 隠れろ!」
バルガスの声に冒険者たちが丸太壁に身を隠す。
矢が、魔法の火炎弾が対岸から放たれた。それらは一つたりとも川に落ちる事無く、正確に陣へと襲い掛かる。矢が丸太に深々と突き刺さり、火炎が木を焦がした。
距離がある事、アルベルの魔法で動きを阻害されている事、そして何よりも亡者となって力が弱まった事によってその程度で済んだのだ。本来の力であれば丸太は易々と貫かれ、火炎弾によって何人かの冒険者は焼き尽くされていたであろう。
「反撃、撃て!」
今度はこちらの番だ。冒険者たちは弓を番え、魔法を詠唱する。
「……ッ」
ロイもまた弓を引き絞って対岸に居る魔導士の一人に狙いを定め、距離を考慮して僅かに上方へと弓を動かした。
「……当たれッ」
矢を放つ。
冒険者たちが撃ち放った攻撃は幾らかが川へと墜落したが、どうにか亡者たちへと届く。しかし命中は非常に少なく、当たった物も相手を倒すに至らない。ロイの矢も対岸に届きはしたが魔導士には当たらなかった。
未熟な冒険者たちの力量ではこれが限界。
「くそッ」
ギリッと奥歯を噛みしめてロイは悔しがる。訓練をしてきたとはいえ、本物の弓使いと比べれば圧倒的に経験が足りない。いわずもがな、一国の軍で日夜訓練に励んだ弓兵と対峙するには弱すぎるのだ。若き冒険者たちは或いは悔しがり、或いは彼我の実力差を痛感して気落ちする。しかし指揮官バルガスの発破を受けて顔を上げ、仲間と声を掛け合った。
川を挟んで精鋭と未熟者が撃ち合う。急造ながら構築した陣と運び入れた大量の物資のおかげでロイ達は戦えている。橋が通行止めとなっている状況ゆえにどうにかなっているが、しかしこのままでは駄目だ。
「時間が掛かればこちらは疲弊する、だが相手は亡者だ。疲れなど感じない。数が増えれば無理矢理に橋を渡ってくるだろう、その時に戦えるだけの力が残っていなければ終わりだ」
「それだけじゃないよ。最大戦力のリベル君が足止めされてちゃ、奇襲に向かえない」
話しながらジョニーとアルベルは魔法を放つ。ジョニーの繰り出した風の刃は川を撫ぜるように低く飛んで十体ほどの亡者の脚を切断し、アルベルの撃った十矢の雷は正確に亡者の頭を貫いた。
「ど、どうするの? ジョニーせんせ……っていうか、アタシ何にもする事無いよ~」
ミケーネは頭を抱えてブンブン振る。遠距離の戦いとなると矢を詰めた箱を運ぶか、ケガをした者を後ろへ移動させる手助けをするしか彼女に出来る事が無い。力が有り余っているのにもかかわらず、状況を好転させる手助けが出来ずに落ち着かない様子だ。
「とにかくリベルを引き戻したい所だが……あれをどうにかするのは難しいな」
逆巻く暴風が如くの戦闘、それに割って入るのは困難だ。下手に飛び込めば黒狼の攻撃を受けてしまい戦いの状況が悪化してしまうだろう。
「……少し乱暴だけど、仕方ないか」
「先生?」
「ジョニー君、走って」
「え、何するつもりです?」
彼女に嫌われそうだなぁ、と笑いながらアルベルは魔力を集中させる。戦いを続けるリベルとヴォルクの遥か頭上に向かって。
「ちょ、マジですか!?」
先生の意図に気付き、ジョニーはリベルに向かって駆け出した。
雲のない空中で電が渦を巻いて一か所に纏まり、そして落ちる。以前リベルが遊びで放った雷の柱だ。楽しい戦いに夢中だったリベルはそれに気付いて顔を上げる、が回避は間に合わない。
「リベルちゃーんっ!」
リーシャの声が響く。なんとアルベルはリベルを巻き込む事を承知の上で魔法を放ったのだ。強烈な落雷に周囲が震え、川の水が大量に蒸発して濛々と水煙を上げる。
「回収ッ」
「………………ぶぅ」
ジョニーに小脇に抱えられたリベルはぶすぶす焦げ焦げになりながら不満そうに鳴く。どうやら咄嗟に服を守る魔法を展開したようで、身体は真っ黒だが衣服は無傷。簡単に回復可能な己の身よりも直しにくい物を優先したようだ。
こうして状況は一手進んだのだった。




