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第67話 亡者の進軍

「ん」


 黒焦げ原。

 リベルが何かに気付いて顔を上げた。


「来た」


 彼女の一言に、その場で待機していた冒険者たちに緊張が走る。少し後に死者の洞を見張っていた者が帰還、リベルの感覚が正しかった事が判明した。


 作戦会議から数日。

 準備などまるで完了していない状況で事は始まったのだ。


「さぁて、頑張らねぇとな」

「アタシも頑張るよ~!」


 コキコキと首を鳴らすバルガス、座っていたミケーネはピョンと立ち上がる。他の冒険者たちも彼らに続いて得物を手に同じ方向に目を向けた。


「さて、と。じゃあジョニー君、少しの間、護衛よろしくね」

「ええ。ま、頑張りますよ」


 先生の頼みにジョニーは普段の調子で返して腰の剣を抜く。

 そんな彼に笑顔を返して、アルベルは黒手袋を取った。彼の左手の見た目は特に変わった所は無い。がしかしその手はアルベル自身の魔力とは違う、異質な魔力を発していた。


 アルベルトゥス・ソフィストホドス、彼は錬金術師である。古き昔に作らんとした万能の霊薬(エリキシル)、その調合失敗によって望まぬ不老不死を得てしまった。人間のままの姿ではあるが、中身は既に人のそれとは変質しているのだ。


 霊薬の影響を最も大きく受けた左手は、人間とも魔物とも違う魔力を発するようになってしまった。接触した物を時には破壊し、或いは意図せずに変化させてしまう。意識せずに常に錬金術の物質変化を生じさせる、一種の魔導具の様になってしまったのだ。彼が付けていた黒手袋は制御のための物である。


 アルベルは大地に魔力をゆっくりと流し、それを広げていく。


「んっ」


 斧を出現させたリベルが前へと跳ぶ。

 それと同時に、一つの影が背の高い草の中から飛び出てきた。


 両者は空中で衝突し、お互いに後方へと弾かれる。


 現れたのは黒い鎧を着た騎士だ、大きな剣をその手に握っていた。リベルの頭二つ分以上高い背丈の偉丈夫である。しかし首には深い深い切り傷があり、それが彼の致命傷になったであろう事が見て取れた。


「来たぞッ!」


 その一人に続いて亡者が次々と草原から駆け出してくる。

 黒、赤、青、緑。彼ら彼女らは四種の鎧に身を包んでいる。黒は帝国、他は三王国のものだ。一人の別も無く装備には多くの傷があり、戦場で命を懸けた戦いの末に斃れた事が一見しただけで分かる。


「だりゃァッ!」


 鋭い突き一閃、しかし。


「くそッ」


 緑鎧の獣人騎士が持つ小型盾に阻まれる。両手持ちの槍で体重を乗せた思い切りの攻撃、それを片手で持つ防具で真っ向から止められたのだ。ミケーネは自身が戦う相手の強さを認識して距離を取る。


「むぅんッ!」


 向かって来た騎士兵士にバルガスは大剣を振るう。重さを感じさせない程の速度で振り抜かれたそれは相手を一撃のもとに両断した。彼はアーベンで最上級の冒険者だ、亡者たちが精鋭であろうとも十二分に戦えるのだ。


 しかし他の冒険者は違う。一端の経験を持つ者達が黒焦げ原に集っている状況だが四ヶ国の軍を構成していた者たち相手では分が悪い。まだまだ数で大きく勝っているが故に耐えられているが、こちらの半分を超えてきたらとてもではないが対抗できないだろう。


「ふッ」


 突進を仕掛けてきた猪獣人の槍を躱し、ジョニーはその片脚を斬り捨てる。体を支えるものを失った獣人は勢いのままに倒れ伏した。屈強な兵士はどうにかして立ち上がろうとするも操り人形となった亡者は上手く体が動かせない。もぞもぞと這って動くだけで戦いに復帰できる状態ではないようだ。


 彼の体には大きな傷があった。腰の片側は何か重い物に砕かれたように変形しており、顔の右側には額から顎までの裂傷が生じている。鎚か、斧か、そうした武器によって討たれたのであろう。そんな状態の体を魔法によって無理やりに動かされていたのだ。


「……」


 聖殿騎士だったジョニーにとって彼は侵略者の一人、明確な敵だ。しかし生前に持っていたであろう誇りを無理やり奪われ今は芋虫の様に這うしか出来ない、あまりにも惨めである。そんな獣人を見て、彼の眉間に深く皺が寄った。


 この戦いは彼らの為にも勝たなければならない、ジョニーはそう強く思う。


「っ!」


 背後から飛来した物に気付いて彼は剣を振った。

 バシンと叩かれたそれは大地に落ちる。

 矢だ。矢を射掛けられたのだ。


 射手は次なる矢を番え、放たんと弓を引き絞っている。


「撃たせるか!」


 逆袈裟に捲り上げる形でジョニーは剣を振った。

 しかし剣が届く範囲には何も無い。


 彼の刃は()()を斬り裂いた。


 次の瞬間、バズンという音と共に射手の片腕と弓が切断される。


 空閃。

 ジョニーが生み出したその技は斬った衝撃を伝えるもの。その対象が空気であったとしてもそれは可能なのだ。一対多を得意とする、その根拠はまさにこの技が一因なのである。


「えい」


 バガンッと振り下ろされた大斧が相手の大剣を叩き折る。そのまま相手の身体も二つに割り、くるりと回転してリベルは自身の得物をぶん投げた。数人の兵士を吹き飛ばして大地に突き刺さる。透き通った青の刃を持つ斧は姿を消すと、すぐさま彼女の手元に出現した。二度三度とそれを繰り返しながら、自身に襲い掛かる者達を殴り蹴り打ち倒していく。


 彼我の戦力差が大きい状況にあって、彼女の大暴れはこの上なく頼もしい。


 が、だからといってそれで全てが解決するわけではない。かつての戦いは戦場に己の身一つだったからこそただただ殺戮すれば良かった、しかし今は違う。見境なく戦えば他の者の動きを阻害し、この場で亡者たちを足止めするという目的を果たせない。最終目標である死霊術師の釣り出しと奇襲を完遂するに至らなくなってしまう。


 だからこそ彼女は加減している。

 それが亡者たち、否、誇りある戦士たちを愚弄する行為であると知りながら。


「よし、繋がった」


 必死に戦う者達の只中で一人だけそれに加わっていなかったアルベル。彼は何かしらの魔法の発動準備を完了し、その左手をグッと握る。そしてそれで大地を思い切り殴りつけた。


「縛れ、命無き者達を」


 膨大な魔力が大地を伝って四方八方へと走る。その向かう先には一抱えほどの大きさの魔石が大地に埋め込まれていた。彼が言っていた人手が必要だ、という理由は特殊な魔石を設置する為だったのである。


 アルベルの左手に宿る特殊な魔力が魔石を起動させ、その効果を辺り一帯に発生させた。


「っ! たりゃぁッ!」


 ミケーネが突きを放つ、先程と同じく獣人騎士は盾で受け止めようとする。


 が、その防御は間に合わなかった。彼の身体の動きが鈍ったのだ。

 胸の中心を貫かれ、騎士はその場に崩れ落ちた。


「いける、いけるよッ!」


 引き抜いた槍をクルリと回転させ、彼女は周りの冒険者を鼓舞する。その声に呼応し、共に戦う者たちもお互いを援護し合いながら果敢に戦う。先程までは防戦一方だったが亡者を打ち倒す事も出来ている。


 アルベルの秘策、それは死霊術師から亡者に繋がる傀儡の魔法を阻害する事だったのだ。大地を通じて亡者たちの性質を解析し、魔石を利用して範囲と持続時間を増幅して発動させたのである。


「ん、そろそろ」

「おうッ! お前ら、後退だ!」


 ブウンと斧が一閃、亡者たちが一気に弾け飛ぶ。それを合図に冒険者たちが後退を始める。殿しんがりを務めるジョニーとリベルが亡者を足止めし、十分と判断した所で彼らもまた第二の防衛線まで駆け出した。


 意思無き亡者の軍は、作戦通り彼らを追い掛ける。


 戦いは第二段階へと移行した。

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