第59話 南の岩場
黒焦げ原に運んできた物資を置いて、ジョニー達は周囲の探索を開始する。現時点で野営地点より西、歩いてきた方角の大まかな探索は終了。現在は南、川の上流へと向かっていた。
「この川って何処まで繋がってるんスかね~」
かなりの量の水が流れるそれを見てロイは考える。
彼はアーベン周辺の農家の出身で、生まれてこのかた遠出をした事が無い。町で地図は見ているため国や町の配置は覚えているがあくまで単純に記憶しているだけだ。実際にどんな場所なのか、どんな地形なのかといった事は全く分からない、想像も難しいのである。
「ん~、場所的に多分、王国同盟の三王国を通り抜けて南の山脈まで繋がってると思うよ。どの王都からでも西に向かったら大きな川に当たるから」
冒険者として行動してきた記憶を辿ってミケーネは想像する。
地図は国防の要だ、一般人ではかなり大まかな物しか見る事が出来ない。世界物流を担う商人組合の力が強まってきた現在であっても、各国の詳細な地形を記載した地図の作製は禁忌なのである。
「この植物は……あっ、これ採っておこう」
自身の背丈の二倍はある、巨大なススキのような植物の姿をリーシャは手帳に描き込む。それを終えた所で、彼女は同じ植物の生長前と思われる手のひらサイズのススキを足元に見つけて周りの土ごと採取する。自宅で成分の分析を行い、薬効成分が発見できたなら栽培するのだ。
「ふむ……」
足元の岩の欠片を拾い上げて、アルベルはそれを錬金術の技を以って分解する。他の地域の物と大差はないが、少々異なる成分を発見した。それはどうやら彼が知る南の山脈の鉱物から流れ出た物である様で、やはり川は遥か南方で湧出して水だけではなく多くの物を北へと運んでいるようだ。
「そいっ」
ズボっと巨大ススキの茎にリベルは手を突き入れる。彼女は内部から何やら白いフワフワした組織をズルズルっと引きずり出した。一見すると綿の様にも見えるが触感はもう少し硬く、握ると多少の反発がある。リベルは何の躊躇もなく、しろフワなそれに噛みついた。
甘い。
「ぺっ」
などということはなく。
スカスカもさもさで味など皆無な虚無物質であった。薄紫髪の少女は口に入れたそれを吐き捨て、水の魔法で口内を洗い流す。どうやら毒の成分は無いようだ、色々と無敵な彼女にはそもそも多少の毒など効きはしないが。
「なんでもかんでも口に入れるな」
先頭を行くジョニーは振り返って注意をする。当然ながらリベルがそれを聞き入れるはずもなく、手にしている彼女の背丈の二倍近い長さの白フワ棒を振り下ろして彼を攻撃した。バコンと頭部に直撃したが重量も硬度も皆無ゆえに痛くも痒くもない。
それを見て、リーシャがピンと何かを閃く。
「リベルちゃん、それ黒焦げ原に持っていってくれる? 試したい事があるの」
「ん、分かった」
彼女の頼みを素直に聞き入れてリベルは瞬く間に走り去った、そして数分で帰還する。ここまで探索するのに一時間はゆうに掛かっているはずだが、彼女一人で行って帰るだけならばあっという間だ。リベルは本当に人間なのだろうか、規格外にもほどがある。ミケーネは笑って、ジョニーは肩をすくめた。
彼らは更に南進する。植物で満ちていた周囲は次第に岩だらけとなり、足下は土から小さな砂利へと変わっていた。そこでふと彼は気付く。
「いつの間にか東に向かってるな」
川に沿って行動していた事で方角を気にしていなかったが、太陽と影の向きで自分達は知らず知らずのうちに東へと進んでいたのだ。地図を作るうえで方角のミスは致命的だ、彼は一度書いた内容を修正する。
「川は三王国では北にほぼ真っすぐ流れているけれど、この場所で大きく蛇行しているみたいだね」
足下の砂利を一つ取ってアルベルは言った。それは角が取れて丸くなっており、川の流れで運ばれてきたものだという事が分かる。南から岩場地帯へと入り込んだ川は大きく西へと曲がっており、流れてきた石がジョニー達が歩いている場所へと蓄積されているのだ。
「南からこっちへは来れないんスかね?」
「ん~、三王国の北は岩だらけで魔物が多いから人が入らないんじゃ無かったかな。川沿いを進むにしても水場だから水を飲みに来た魔物に襲われやすいうえに、基本的に川辺は狭いから大勢での行動は難しいし」
へぇ~とリーシャとロイが納得の声を上げる。
が、同時に薬士の少女は気付いた。
「あの、それって……今まさに私達がいる場所なんじゃ」
「そういう事だ、来たぞ」
ジョニーが腰の短剣を抜いた。
ズズズと何かが這いずる音がする、周囲の岩の影全てで玉の砂利が鳴いている。姿を見せない魔物は一つ二つではない、相当な数だ。彼らはその只中へと足を踏み入れてしまったのだ。
「っ! 危ない!」
「きゃっ!?」
大岩の上からリーシャに飛び掛かってきた何者かを察知し、ロイは彼女の前へと飛び出して剣を振った。鉄の長剣が魔物の身体を捉える、しかし斬れない。ガギィと硬い物体が衝突した音が響いた。
白陰蛇。
白い体に黒斑。石が転がる川辺に潜む、人の背丈ほどの長さの蛇の魔物だ。その微細な鱗は石の様に硬く、それでありながら細い身はしなやかにスルスルと動く。とはいえ、一匹一匹は冒険者にとってそれほど大した脅威にはなり得ない。
問題となるのは。
「群れで生息してるから周りに一杯いるよ、気を付けて!」
ミケーネがその脅威を口に出す。単で弱ければ複になればいい、それでもなお弱者であるならば更なる集となって生きるのだ。白陰蛇の生存戦略は川辺での待ち伏せと数に任せた捕食である。
「蛇だが丸のみなんて生易しい連中じゃない。肉を抉り取られるぞ、気を付けろ」
飛び掛かってきた二匹の蛇。その鱗は強固であるがジョニーの前では意味を成さない。剣で打った衝撃を内部に伝えて、その意識を失わせる。魔物は力なく地面へぼとぼとと落ちた。
「纏めて凍らせた方が早いかな?」
アルベルは懐から小さな青い魔石を取り出した。それをパリンと割って溢れ出た魔力を大地へと叩きつける、前方へと生じたのは猛烈な氷の烈風だ。大地を這う蛇にとってそれはまさに死の風波である。
「ほぃ、そい、ふん」
飛び掛かってくる蛇を掴んでは千切り、捕まえては千切り、ついでに足下の蛇を踏み潰し。リベルは素手で戦って、いや駆除を実行していた。自分が得物とする斧で対処が出来ないわけではないが、一匹一匹を斬るのには向いていない。周囲を諸共に壊して良いのであれば簡単なのだが、ジョニーから大きな破壊を禁じられているのだ。
「くっ、だりゃっ! か、硬いっ!」
ぎぃんという音と共に、地面の石を叩いたかと思う程の衝撃が剣を握る手に伝わる。ジョニーやリベルの様に蛇を倒す事はロイには出来ない、飛び掛かってくる敵を叩き落して背後のリーシャを守るのが精一杯だ。
「はッ!」
地面を這いずる蛇の頭を杭が粉砕する、槍の穂が体を両断する。普段のお調子者なミケーネの顔ではなく、今は経験を積んだ冒険者としての顔となっていた。周囲の状況を理解し、すぐに行動する。ロイが弾いた白陰蛇も彼女の手によって処理されていく。
「私に出来る事を……!」
圧倒的な数で攻め寄せる蛇の群れ。このままではいずれ消耗し、誰かが大きな怪我をする可能性が高い。そう考えたリーシャは薬士の知識を動員し、薬瓶から匙で薬草粉と鉱石粉を袋草へと詰めていく。一つ二つ三つ四つ、幾つもの種類の薬の材料を一つに纏めて、そして作り上げた。
「皆さんっ! 少しの間、息を止めてっ!」
出来上がった物を持って振りかぶり、リーシャはそれを地面へと思い切り叩きつけた。バァンと爆ぜた袋草から瞬時に微細な粉末が舞い散る。粉末は混ざり合って強烈な刺激臭を発生させ、リーシャを中心として周囲へ拡散した。
蛇が悶える。ぐねぐねと身をよじらせ、お互いに絡まり合って苦しみ出した。塊となった蛇たちは前も後ろもなく河原を動き回り、這う這うの体で何処かへと消えていった。
「おお、中々やるじゃないかリーシャ」
「上手くいって良かったぁ」
「やるねぇリーシャちゃ……へっぶしっ!」
危機は去った。
しかし。
「可愛いくて頭も良く……へぶしっ! やっぱりリーシャちゃ……へぶしっ!!」
「あわわ、大丈夫ですかミケーネさん」
「だ、だいじょぶしっ!!!」
獣人の優れた嗅覚を持つミケーネにも、それなりの痛手を与えていた。
「ははは」
「笑い事じゃなへっぶし! 結構たいへっぶし!」
「何言ってるか分からねぇぞ」
「むがーッ、ジョニーせん……へぶしっ!!!!」
「うわ汚ぇッ!!!」
抗議のくしゃみを喰らって、流石のジョニーも怯む。
本日の探索はここまで。
彼らは黒焦げ原へと戻っていった。




