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第56話 過去と料理と成長と

≪よっす、ジョニキ~≫

≪あれ? 知らない人がいますね≫


 盛大な遊びが終わり、野営を始めると配信が開始された。


「この『窓』が異世界に繋がっているのかい。ふーむふむ」

≪ちょッ、近い近いッ≫

≪イケオジでござるっ≫

「っと、これは失礼。真理の追究者としての性なもので」


 ははは、と笑ってアルベルは頭を掻く。


≪真理の追究、なにやら難しそうな事をされているのですね。≫

「そう、本当に難しい。この世を知る、何によって世界が作られているのかを見つけ出す。それが僕の人生の目標なんだよ」

≪凄い事は分かるのですけれど、何言ってるか全然分かりませんわ~!≫


 だよねぇ、と視聴者の言葉に彼は賛同した。自分の追い求めるものを他者に分かってもらう、それが非常に難しい事をアルベルは理解している。過去から今に至るまで、彼と同じ目標を見る事が出来た人間は多くないのだ。


「先生、取り敢えず自己紹介を……」

「あ、ごめんごめん」


 アルベルは慌てて異世界の住人に自己紹介する。その後、組合ギルドで行われたようにジョニーの先生という事、そして魔物避けの杭の製作者である事を話した。


「そういう訳で僕は先生であり、魔導士なんだよ」

≪なるほど。私も教師でしたので親近感が湧きますね。≫

「おお、先生仲間! これからどうぞよろしくね」

≪はい、宜しくお願い致します。≫


 配信者と視聴者、双方の年長者二人が意気投合する。自分の教え子に対する思いや教育への熱意、その他色々な事についてお互いの経験を語っていく。どちらにとっても、また他の視聴者たちにとっても新鮮な情報交換である。


「あの、先生」

「ん? なんだい、ジョニー君」

「いや、指摘しそびれてたんですけど……」


 自身の先生に、言いにくそうにしながらジョニーは声を掛けた。


「魔導士ってか、先生は錬金術師じゃないですか」

「いやいや、僕は魔導士だよ」

「ん、アル爺は錬金術師。黎明の」


 生徒の言葉を否定するアルベルに、リベルが更に否定をぶつける。


≪えッ、錬金術師!?≫

≪あの、釜を杖でぐるぐる~ってやって色々作る職業ですぅ!?≫

「あ、やっぱそっちではそういう感じなんだね、錬金術師」

≪ん? という事はアルベル殿の錬金術は違うのでござるか?≫

「ん~、そうだねぇ」


 少し考えてから彼は石を一つ拾い上げた。

 手のひらに載せた状態で、それを窓に向ける。


「僕は魔導士。世の真理、この世界を知るために生きている」


 目で見る事が出来る程の魔力が石ころを包んだ。塊だったそれは砕けるとは違う、ほぐれると表現するべき動きでバラバラになっていく。石が砂に、砂が塵に、そして更に小さく小さく分解されていった。


「岩を砕けばれきになる、礫を砕けば砂に変じ、砂を砕けば塵へと変わる。ではその先は?それを割った更に先は?割れるだけ、限界まで割った時、そこには何が残るのか。世界はその『何か』で作られているのならば、それは何なのか。それを求めるのが魔導士としての僕だ」


 アルベルはフッと笑う。既に何も無くなっている様に見える掌の上、そこに生じていた魔力の動きを彼は変化させた。分解から生成へ、バラバラにした物を再度組み立てていく。


「で、その研究の最中で分解した物を再構築できる事に気付いたんだよ」


 そう言ったアルベルの手のひらの上には、小指程の大きさの水晶が生み出されていた。あげるよ、と言って彼はそれをリーシャに手渡す。


「これはあくまで副産物……なんだけど、これを見ていた人が何時からか僕の事を錬金術師と呼び始めたんだよ。そんな事が出来るなら金だって作る事が出来るだろう、とか言ってね」


 そんな事は簡単には出来ないんだけどね、とアルベルは肩をすくめた。


「これが僕が錬金術師と呼ばれた理由、そして魔導士と名乗る意味だよ。僕としては今も昔も変わらずに魔導士なんだけどねー」


 はっはっは、と彼は笑う。


「黎明、錬金術師……」


 渡された水晶を見ていたリーシャは自分の知識の一つと、ジョニーとリベルが発した言葉との繋がりを見つけ出した。彼女は顔をあげてアルベルを見て、言った。


「まさか、聖殿の、黎明の錬金術師……!?」

「あ、バレちゃった。もー、ジョニー君のせいだよ~」

「何言ってんですか、遅かれ早かれ身分は明かすつもりだったくせに」

「あはは、まあその通りだけどね」


 指摘されて彼は肩をすくめる。


≪せいでん、って何なん?≫

「弱き者たちの拠り所って感じかな~。領土を持ってるけど国じゃないっていう、ちょっと不思議な組織? なんだよね。冒険者のアタシとしては、そこを守って戦う聖殿騎士は憧れだよ~、すっごい強いの! そんで世界中を旅してる騎士もいて、虐げられている人々を助けて回ってるんだよ!」

≪騎士様、カッコいいですわ~!≫

「でしょでしょ~」


 ニシシとミケーネは笑った。


「あれ? でもそんな人に師匠とリベルさんは教わってたんスよね。という事は二人とも聖殿出身って事ッスか?」

「そうだよ~。二人は聖殿で僕が教えた中でも指折りの優秀な生徒さ! ジョニー君は騎士の序列七位、リベル君に至っては騎士団長になってくれたし、先生としては鼻高々だよ~」


 満面の笑みでアルベルは誇らしげに語る。がしかし、上機嫌な彼とは反対にその場は静寂に包まれた。それを不思議に思い、先生は生徒へと問い掛ける。


「えっと、もしかして言っちゃいけなかった?」

「いやまあ隠してはいないですけど、面倒なんで言ってなかったんですよね……」

「あちゃ~」


 しまったなぁ、といった顔でアルベルは額に手を付けた。


「「「ええええええっ!?!?」」」


 リーシャ、ロイ、そしてミケーネ。三人が同時に声を上げる。


≪え、ジョニキ、騎士だったん!?≫

≪うわ、似合わねぇッ≫

≪そんな事をコメントしてはいけませんよ。と言いつつ、私も驚いていますが。≫

≪というかリベルたんが騎士団長でござるござる!?!?≫

≪驚愕の事実ですぅ……≫

≪可愛いのに凄いですわ~!≫

「私はもう騎士団長じゃない、もと


 プイとそっぽを向き、リベルは立ち上がってトコトコと窓から遠ざかるように歩き出した。


「ちょちょちょ、ちょっと待った! ジョニーせんせ、聖殿騎士だったの!? 聞いて無いんですけど! というか私達と旅してた時に何で教えてくれなかったんですかッ!!!!」

「うるせえ」


 身を乗り出して迫り、大声で問い掛けるミケーネを鬱陶しそうにジョニーは顔を顰める。彼女の顔面を手で押し返し、彼は弟子が納得する回答を与えてやる事にした。


「三年四年前は各国を探る役目、つまりは密偵だったんだよ、言えるワケが無ぇだろうが。こっちも心苦しくは思ってたんだぞ?」

「むむむ、本当ですか~?」

「ああ、一応」

「ぬっ、誤魔化されている気がするぞっ」

「嘘じゃねぇよ。ピヨピヨ言って慕ってくる雛鳥を可愛く思わないわけがないだろう?」

「雛鳥とか言われると、何だか恥ずかしいなぁ」

「ま、お前は喧しかったからピヨピヨってかガァガァだったがな」

「にゃにを~っ!」


 猛抗議する彼女をのらりくらりとジョニーは躱す。姉弟子をロイがなだめようとするが全く効果は無い。視聴者たちは驚きもありながら、始まったいつものやり取りをやいやいと賑やかす。


 そんな中、一人リーシャだけは考え込んでいた。


≪あれ、リーシャどしたん?≫

「いえ、その……ジョニーさん達が聖殿騎士という事は、三年前の戦争に……」

「「っ」」


 彼女が口に出した『戦争』という言葉、それを耳にしてジョニーとリベルの顔つきが一瞬で険しくなった。確実に触れるべきでは無かった、リーシャは申し訳なさそうに二人を見る。場が嫌な空気に変わる気配を察知してアルベルが助け舟を出した。


「そういえばリベル君、今回は君が料理担当だよね。それにしては何も持ってきていなかったけど何を作ってくれるんだい? ここに来れば分かるって言っていたけど」

「ん、埋めてある」


 そう言ってリベルは大地に手を付ける。

 ボゴォと音を立てて、地中から何かが出現した。


≪うおッ、なになに!?≫

≪ぶっとい丸太?いや、赤い?≫

≪はっ! まさか、漫画で良く見る、アノお肉ですの!?≫


 創作物で散見される、大きな肉塊の中心に骨が突き刺さっている肉。現実では見た事の無い、謎の生物の何処かの部位の肉だ。しかし魔物やら魔法やらが存在する世界であれば、それが現実に存在していたとしても可笑しくはない。視聴者たちは俄かに色めき立つ。


 そんな異世界の住人達には構わずにリベルは地の魔法で岩石の串を作り出し、それで丸太肉の中心を貫いた。更に串を掛ける柱も二本、魔法で生み出してそれに肉をよいしょと載せた。


「お前、まさかそれ」

蛇竜へびりゅう。前に食べて美味しかったから大壁で獲ってきた」

「あそこに登ってきたのかよ、そりゃしばらく姿を見なかったわけだ」


 紅玉色でリベルが両腕を広げた位の太さを持つ肉にジョニーはハハと笑って肩をすくめる、アルベルの出した船に便乗する事にしたのである。


≪蛇竜、大壁って何ですか?≫

「まず大壁ってのはアーベンの西にある山脈だ。前に登った山の八倍から十倍は高い、まさに大地の壁だから大壁と呼ばれてるのさ。んで、蛇竜ってのはクソでかい蛇」

≪竜の説明が雑ッ≫

「いや正直、俺もよく知らん。巨大な蛇である事と紅玉色の血を流す事しか本に書いて無いからな。まさかこうも雑に見る事になるとは思わなかった」


 驚き呆れるジョニー。リーシャ達は存在すら知らなかったのかポケェと口を開けて、ほえぇと言うだけである。そんな彼らには構わず、リベルは調理を始めた。


「塩」

≪うわ豪快っ≫

≪相撲の清め塩の様ですね。≫


 革袋に詰められていた塩をむんずと掴んで、彼女はそれを投げる。まるで吹雪の様に肉の全面を白い粒が打ち付け、味付け完了だ。


「えい」

≪お肉に指を刺したですぅ……?≫

≪うおッ、肉がビクンビクンしてるぅ、気持ち悪ぅ≫


 丸太の切断面に人差し指を突き入れたリベル。途端に肉が微振動を始め、ほんの僅かにザクザクと音がする。おそらくは風か水の魔法で内部の筋を切り刻んでいるのだろう。


「火」

≪業火でござるっ≫

≪燃えてますわ~!≫


 火炎が巻き起こり、肉を包み込む。横倒し状態のそれの周りを、火が車輪の様に回転し始めた。炎は直接肉に触れていない、生み出す熱を以って焼いているのだ。肉の表面に発生した脂がジュワジュワと音を立てて自身を焦がしていく。紅玉色だったそれは茶へと変わっていく、がそれでも赤の色は消失しない。より深みの増した赤褐色へと変化した。


「仕上げ」

≪思いっきり焼いてる最中の肉に指ブスリとか、リベルやっぱトンでもねぇな≫


 轟々と音を立てて回転する炎、しかしリベルは何の躊躇もなく両手の人差し指を肉に突き入れた。彼女は魔力を指に僅かに集中させ、そして。


「きゃっ!?」

≪うおッ!≫


 バンッと強烈な破裂音が響いた。炎は消失し、肉の全面から濛々と煙が立っている。雷撃を肉の内部へ一瞬だけ流し込んだのだ。


「出来た」

≪相変わらずワイルドでござるな……≫


 料理というには乱暴で、しかし肉を焼くという行為としては正しいと思われるリベルの調理法。魔法の存在する世界であるとしても、このやり方は非常識である。ジョニー達の表情を見れば、そうである事は一目瞭然だ。


「お皿」

「ほらよ」


 ジョニーから渡された皿、それにリベルは肉を取り分ける。勿論ナイフなど使う訳もなく、風の魔法で滅多切りだ。一人当たりの量は大壁サイズの超山盛りである、普通盛りや小盛りなどという手加減を彼女は知らない。


「うおぉ……なんか輝いてるッスよ」

「キラキラしてるね」


 肉から滴るのは透明と紅玉色がまだらに混ざった脂。通常の肉では見られない、言ってしまえば異常な光景だ。しかしリーシャ達も視聴者たちも、それが美味しそうだと感じる。


「ふーむ……ぁむ」


 一切れ持って、ミケーネはそれを口に放り込んだ。


 と。


「ナニコレ、うんまぁッ!!!」


 目を見開いて彼女は咆えた。

 続いてジョニーもそれを口にする。


「食感は物凄く高い牛肉、筋切りのおかげか噛み切れなさは感じられないな。脂はサラサラだが強く甘い、とし食うと脂がキツくなるモンだがこれは全くその心配はないだろう」


 顎に手を当てて、更に一切れ食べてみる。


「味付けは塩だけだがそれで正解だな。ソースはどれも合わないだろう、コレは。肉そのものの味としては……牛も豚も鳥も違うな……蛇も食った事はあるがそれもとも違う、馬も蛙も勿論魚とも違う。何だコレ」


 ジョニーは腕を組み、ううむと唸った。食べ物の評価を正しく伝える事に定評のある彼をしてなお、蛇竜の焼肉は言語化出来ない複雑な味なのだ。


「リベルちゃん、これ凄く美味しいよ!」

「そ」


 高評価を受けて今回の料理担当は満足げに一つ頷いた。


「リベル君が料理を出来るようになるなんて、僕は嬉しいよ」

「アル爺、ちょっと失礼」

「いや、蜂を解体して生で食ってた奴が何を言ってんだ」


 泣くような真似をするアルベルにリベルは不満げである。しかし彼女の蛮行を良く知っているジョニーとしては、先生の評価と感激は正当であると認識できる。リベルの料理術など、生か燃やすしかなかったのだから。


≪食べたいですわっ! どんな味なのか、めちゃめちゃ気になりますわ~~っ!!!≫


 どんな味なのか、そしてどう美味しいのか。

 未知の肉に思いを馳せて、異世界の住人達は悔しがるのだった。

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