第55話 遊び
数日後、草原地帯の黒焦げ原。
この日、ジョニー達はアルベルを伴って迷宮領域探索へと赴いていた。道中でロイが草に隠れた沼にハマり、リーシャが彼を助け出し、弟弟子の姿を笑っていたミケーネが別の沼に落ちたりしたが無事に到着である。
「疲れた~」
ミケーネは荷物を下ろし、黒く焼かれた地面に大の字になって寝転がった。沼友達になったロイも彼女に誘われて同じく転がる。彼に手を貸そうとしたリーシャもまた、ミケーネにその腕を掴まれて引っ張り倒された。
「何遊んでるんだ、野営の準備をしろ」
「え~、まだ時間一杯あるじゃないですか~。アルさんのおかげで~」
「その通りだが、それはそれだ」
今回の探索は非常に楽だった。というのも、アルベルが魔物避けの魔法を常時張り巡らしていたためである。魔物の襲撃は全くなく、驚くほどの早さで黒焦げ原周辺の地図が完成したのだ。
しかしそれによって、ある弊害が生じていた。
「ぶぅ」
「鳴くな」
「ぶぅぶぅ」
道中最大の問題となったのはリベルだ。飛び出していって魔物を呼び寄せる可能性があったため、平穏無事に探索を終えられるように我慢させ続けたのである。それによって現在、彼女は足元の石ころを拾っては天に向かって次々と投げつけていた。
「遊んで」
「嫌だよ、冗談じゃねぇ」
「ぶぅー」
ジョニーに袖にされてリベルは一際強く不満の意思を表明する。
「じゃあアル爺、遊んで」
「え~? リベル君の遊びは疲れるからなぁ……でも、今日は我慢を頑張ったから遊んであげようかな」
「やた」
アルベルにそう言われて、ピョンとリベルはその場で跳んだ。
意地悪オヤジなジョニーと比べて、お爺ちゃんは彼女に優しいのである。
「えぇ~。ちょっと先生、勘弁して下さいよ」
「でもさ、リベル君をこのままにしたらもっと大変だよ?」
「それはそうですが……ああもう」
諦めの表情で彼は天を仰いだ。
欲求不満、その不満が最大を越えたならばリベルがどうなるかなど火を見るよりも明らか。周囲の地形を変える程の大暴れをしたとしてもおかしくはない。であるならば、適度なガス抜きが必要だ。
「はい、これ」
アルベルは懐から透明の小さな四角錐をジョニーに手渡した。
「お前ら、ちょっとこっちに来い」
彼はリーシャ達を一か所に集める。受け取った四角錐を地面に置いて、その周りにジョニー達は腰を下ろした。リベルとアルベルは彼らから離れた所の草を火炎で一掃し、およそ百歩程度の間を開けて対峙する。
「あの~、リベルちゃんの言う遊びって……」
「リーシャ、お前の想像通りの事だ」
はぁ、と溜め息一つ。ジョニーは荷物の中から地図とペンを取り出した。
「お前ら、ここから出るなよ。怪我したくなければな」
「「「え」」」
何が起きるのか、その想像は出来ている。しかしその被害範囲の中に自分達がいるとは、リーシャもロイもミケーネも思っていなかった。
「火」
リベルは一つ、口に出す。
ボッと小さな火球が彼女の背後に生じた。小さな小さな、彼女の拳よりも小粒な火だ。しかしそれの中では火焔がうねり、まるで太陽の様に煌々と輝いている。
彼女はそれを掴んで、アルベルに向かって投擲した。
豪速で放たれたそれは空中で形を変え、鋭い矢となって飛んでいく。
「ふふ」
アルベルは柔らかく笑って、黒手袋をした左手人差し指を立てて前方を指した。猛烈な冷気が空中に巻き起こり、射出される。大気中の水分を凍結させて小さな氷の粒を纏うその様は、まさに氷の槍だ。
矢と槍は、両者のちょうど中間地点で衝突した。
「うひぁっ!?」
発生した爆音と爆風にロイが叫んだ。地面に設置された四角錐は強力な結界発生装置だ。いかなる攻撃もその壁を超える事など出来はしない、しかし大地の揺れや大気の震えは身体に伝わってくる。
「火、ふたつ」
今度は火球が二つ、リベルが片手を突き出すとそれらは放たれた。火の玉は炎の線となって二本の赤が絡み合っていく。火炎が一つとなり、ある姿を形作った。
蛇だ。
火焔の大蛇である。
それはうねりくねりながらアルベルへ向かって空中を這う。
「ふむふむ」
感心した様子でそれを見て魔導士は、楽団の指揮者の様に指を空中に滑らせた。
氷が空中に走る。それは自在に動き出し、空気を凍らせて自らを大きくしていく。細かった身は瞬く間に太く、短かった体はあっという間に長くなった。現れた姿は蛇龍、龍の頭を持つ龍に近しい蛇である。
火焔と氷雹が再び衝突した。
「あっはっはっはぁっ!」
天を震わせる爆音、巻き起こる突風。それらを浴びて思わずミケーネが笑い出す。もう笑うしかないのだ、腹の底から湧いてくる恐怖が自然とそれに変換されてしまって。恐れる思いが笑みへと変わるのは、普段から危地に自ら飛び込んでいく冒険者ゆえの性質なのかもしれない。
「火、三つ」
三度、今度は三つ。轟々と燃える火球が出現する。
下投げの動きで、リベルはそれらに突撃の指示を出した。
火炎の球は大地スレスレを高速で飛び、ある程度進んだ所で地に落ちる。机に零した水の様にそれは大地を這い、まるで風に吹かれた荒波の様に逆立った。三つの波は融合し、巨大な炎波となってアルベルを呑み込まんと突き進む。
「流石」
口元に笑みを浮かべたまま、彼は自らを薙ぎ払おうと向かってくるそれを見ていた。アルベルは左手を軽く広げ、その内に猛烈な魔力を集中させる。バキバキと空中の全てが凍り付き、蔦が天へと伸びるように氷が生み出された。
彼はそれを大地に落とす、朝露が葉から落ちるが如く静かに。
火炎の波が遂にアルベルへと衝突した。
「あっ!!」
リーシャが声を上げる、直撃だ。彼を呑み込んだ炎の荒波は、その背後の草原を灰塵に変えてなお消えずに進む。そんなものに巻かれたならば人間など一瞬で消し炭だ。
しかし。
「いやぁ、強い強い。一年? 二年? 前よりも、もっと魔法が上手くなったね」
アルベルは平然と、その場に立っていた。
彼の前面には氷の蔦壁が生み出されており、それが荒波を防ぎ止めたのだ。
「アル爺、さすが」
「あはは、褒められて嬉しいな」
リベルもまた世間話でもする調子で話し、変わらずに魔導士はニコニコとしている。周囲の惨状にそぐわない、それが日常であるかのような会話だ。
「……ジョニーさん、ちょっと聞きたいんですけど」
「何だ?」
「二人とも、魔法がおかしいというか変というか……ああ、威力の事じゃなくて」
どう言えば、とリーシャは考えるがジョニーは彼女の思う所を理解して答える。
「詠唱無しに魔法を放っている、だろ?」
「そう、それです!」
「あ、確かに! 魔法ってこう……燃え盛れっ、とか言うものッスよね? あと、火の矢とか名前も叫んでる気が」
魔法の発動には対応した『言葉』が必要だ。矢を放つならばそれを連想させるものを、癒しを与えるならばそれに相応しい呼びかけを。そうする事で自身の内に存在する魔力を練って外へと出す事が出来るのである。
しかし二人とも、どちらもそうした言葉を口にしていない。リベルが発しているのはただの事象、火球の数というだけの言葉である。アルベルに至っては関連する言葉を何一つ口から発していないのだ。両親から治癒魔法を学んだリーシャゆえに、その不思議さに気付いたのである。
「ふっふっふ~。魔法っていうのはもっと単純な物なんだよ、本当は詠唱や言葉なんて要らないのさ!」
「えっ、そうなんですか!? でも、ミケーネさん、それはどうして?」
「えっ。それはその、えっと、あっと、うーんと……」
自信満々があっという間にしどろもどろ。つまりは大して知識を持っていない上に、聞きかじった事を口から出しただけという事だ。彼女は助けを求めるように、自らの先生を見た。落第生な生徒に溜め息を吐き、ジョニーは代わりに説明する。
「一般的に魔法というのは詠唱と名称が必要だ。例えば『我が敵を穿て、火の矢』とかな」
そう言ってジョニーは手を広げて突き出す。彼の言葉によって生じた火の魔法が生み出され、バシュッと発射された。少し離れた地面に当たったそれは、少しの間燃え続けてからフッと消える。
「だがそれは、魔法を扱いやすくするためにされているものだ」
「扱いやすく?」
「ああ。火の矢と言えば大体は火を矢のようにして放つ魔法と想像できるだろ? それを元に魔力を練って吐き出せば、それっぽいものが出てくるわけだ」
だから個人の魔力によって差が生じる、とジョニーは続けた。
「ここで重要なのは想像と魔力の放出は別、という事だ。この二つが出来るなら詠唱や魔法の名を口に出す必要がない、もっと言ってしまえば火の矢が火の矢である必要も無い」
そう言って彼は、手を一度結んで開く。ボッとこぶし大の火球が発生し、彼はそれを打ち放った。先程、火の矢が刺さった場所に同じように当たり、ボワッと火炎を生じさせる。
「火を生み出し、それを発射し、そして燃やす。コレが同じなら火の矢を使う要領で別の使い方が出来る。要素の分解と再構築、それが出来れば魔法はもっと多様で、そして単純なのさ。まあ当然、それ専用の訓練が必要だがな」
「「「へぇ~」」」
ジョニーの講義を受けて三人は感心の声を上げた。
「と、偉そうに講釈垂れたが全部先生の受け売りだ」
「な~んだ」
肩をすくめる彼、ミケーネは残念そうに言う。一連の論理を生み出した人物、それがアルベルだ。クライヴが言っていた、随一の魔導士、というのは冗談でも何でもないのである。
「えっ!?」
話が終わった所でリーシャはリベル達に目を向け、そして驚いた。
「う、浮いて、いや飛んでる!?」
ロイもまた驚愕する。彼の視線は地と水平ではなく、上に向けられていた。
「う、うそぉ……」
ポカンと口を開けてミケーネは彼女を見る。
リベルがそこにいた。
空中だ、人間の背丈の五倍近い高さの、そこに。
「おいおい」
空を見る、晴れた空に真っ黒な雲が出現していた。
ジョニーは渋い顔で、首を横に振る。
「かみなり、沢山、一杯」
目を完全に開いて覚醒した様子のリベルは天に手をかざす。と、黒い雲の中で雷が発生した。黒いはずのそれが発光しているかのように、内部に雷が犇めき蠢く。そして彼女は勢いよく、雲に向けていた手を振り下ろした。
「落ちて」
雷雲が強烈に光る。内部に溜まっていた全ての雷が一つに集約され、大地の一点へ、アルベルの頭上に落下する。
凄まじい雷声が草原に響き渡り、衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
「「ぎゃあぁぁぁッ!?」」
「きゃあぁぁぁっ!」
耳を塞ぎ、リーシャ、ロイ、そしてミケーネは叫ぶ。しかしその声は鳴り響いた雷にかき消されてしまった。それ程の轟音、そして破壊である。
濛々と、破壊された大地から土煙が立ち上る。
「あ、アルベルさん……」
リーシャは絶句した。どう見ても人間が当たって助かる様な魔法ではない。
「さて、地図を描き直すか」
しかしジョニーは平然と地図にペンを走らせている。どうやらアルベルは無事であるようだ、流石は魔導士である。
「……勝負あり、って事ッスか?」
「ん? ああ」
「あー、やっぱリベルちゃんの勝ちかー。ホント規格外だよね~」
「何言ってんだ」
「え?」
スッと彼は指をさす。
土煙の中から、視認出来るか出来ないかギリギリの細い筋が放たれる。糸のようなそれは一直線に、まさに光の速度でリベルへと到達し、その胸の中心を打ち抜いた。
「んッ!」
彼女からバンッと音がする。リベルの身体が一瞬硬直し、そして弛緩した。空中に在った彼女はぐらりと揺らめき、大地へと墜落する。
「えっ」
「リ、リベルさんが」
「負けた……?」
驚愕。
滅茶苦茶で無敵、そんな印象の少女が敗れたのだ。
「いやぁ、危ない危ない」
空中を指さしたアルベルは安堵した様子で笑う。
彼の頭上には地面から伸びた大地の屋根が作られていた。強力な雷撃、雷の鎚をそれが受け止めたのだ。そして魔法を撃ったリベルの隙を突いて雷の糸を放ったのである。如何に規格外なリベルでも感知出来ない、速度を重視した一撃であった。
「むぅ、負けた」
敗北。普通ならば悔しがる所だ。
しかし彼女は、実に満足そうに大の字になりながら雷雲の消えた空を見ていた。
そう。
これはあくまで、彼女にとって楽しい遊びなのである。




