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第54話 先生

 商人組合一階、受付横のスペースにてジョニー達は卓を囲む。組合員が気を利かせて人数分のお茶を用意してくれた。彼女に礼を言って、魔導士と名乗った男性は自らの名を明らかにする。


「改めてまして、僕はアルベルトゥス・ソフィストホドス。さっきも言った通り、しがない魔導士だよ」


 ははは、と笑って彼は名乗った。年齢の割に非常に親しみやすい印象を受ける人物だ。


「先生……」

「いやいや、ジョニー君たちが元気そうで何よりだよ」


 何か言いたげなジョニーに対して、魔導士は目じりを下げて彼を見る。


「あの、アルベルトゥスさんはジョニーさん達とどういうご関係なんですか?」

「アルベルかアルで良いよ。長くて言いにくいでしょ、僕の名前」

「じゃあアルベルさん」

「うんうん」


 素直に応じたリーシャ。アルベルトゥス改めアルベルは、それでよろしい、とばかりに数度頷いた。


「っと、ジョニー君リベル君との関係だったね」

「アルベルさん、さっき師匠が先生って言ってた気がするッスけど……」


 ロイが首を傾げつつ聞くと、魔導士はニコリと笑う。


「そうだよ、僕の教え子なんだ。ジョニー君もリベル君もね」

「えっマジで!? アルさんがジョニーせんせとリベルちゃんの戦いの先生!」


 自分の先生と途轍もない強者、その二人に戦いを教えた人物となるとその実力は想像もできない程だ。ミケーネは驚き、思わず立ち上がってしまう。しかしアルベルは、違う違う、と笑って否定した。


「僕は勉強を教えた先生だよ。魔法も教えたけど、ジョニー君は良い生徒ですぐに教える事は無くなったんだよね~」

「何言ってんですか、ガキの頃から十年は教わりましたよ。すぐじゃないですって」

「あれぇ、そうだったっけ? そんなに長かった?」


 ジョニーから言われて彼は腕を組んで首を傾げる、歳を取ると時間が早く感じられるというものだろう。ジョニーとアルベルでは十年という時間の流れの体感は違うのだ。


「私はあんまりアル爺から教えられてない」

「リベル君は本当にあっという間だったからねぇ。僕の教え子の中で間違いなく過去最速だよ」


 今から何年前の事かは分からないがリベルならばそれも無理からぬ事。今の彼女を見ているだけでそれが理解できるだろう。アルベルが特に教えずとも魔法を操る事が出来、そして制御せずにさぞ大変な事をやらかしただろうという事も。


「しかし先生、魔導士って―――」


 言おうとした所で入口扉のベルが鳴る、入ってきたのはクライヴだ。町で騒ぎを起こしたならず者たち。彼らが冒険者を自称していた事から、他の町の組合支部からの証明書があるかどうかを治療院に確認に行っていたのだ。


 冒険者には信用がない、それを代わりに担保するのは商人組合ギルドである。しかし冒険者は自由に移動するものだ。新たに町にやって来た彼らが本当に信用できるのか、それを判別する必要がある。しかし毎回毎回、信用無しでも任せられるような軽い依頼をやらせていては時間も労力も無駄だ。


 それ故に商人組合は証明書を発行している。町での活動記録を纏めて証明印が捺された、魔法で封がされた封書だ。開封も改竄も不可能な信用できる文書である。これを持っていればそれに基づいて仕事を斡旋し、無いのであればイチから信用を積み重ねさせるのだ。


 そうした仕組みであるがゆえに別の町から移動してきたにもかかわらず、組合支部の証明書を持たない冒険者というのは不審な存在だ。ある程度の年齢であれば猶の事、警戒するべき相手なのである。


「クライヴさん、あの人たちは?」

「大丈夫です、治癒魔法が良く効いていたようで命に別状はありません」

「良かった……」


 リーシャはホッと胸を撫でおろす。自分を脅して、更には殺そうとしてきた相手だが、それでも彼女は死んでもいい存在とは思わない。たとえ蘇生が出来るとしても、限りある命なのだから大切にするべきと考えるのだ。


「アルさん、ありがとうございました」

「いやいや、僕は適当にやっただけだから」


 頭を下げるクライヴにアルベルは、そんなに礼を言われる事じゃない、と謙遜する。


「で、アイツらはやっぱり?」

「ええ。野盗上がりでしたね」

「アタシの予想通り~」


 ミケーネは笑いながら肩をすくめた。


「元は傭兵、仕事にあぶれて野盗に身を落とした。しかし少し前にその集団が何者かに全滅させられたらしいが、襲撃相手探しに外に出ていた彼らは偶然無事だったようだ」

「なんか少し前に聞いた記憶のある話だな」


 ジョニーはそう言いながらリベルを見るが彼女は特に気にせず、ずずずとお茶を啜っている。三百人からを一人で屠ったにもかかわらず、彼女にとってその出来事は取るに足らない些事であったようだ。偶然にも今回、彼女は知らずのうちに自らの行いの後始末をしたのである。


「あの三人、どうするんだ?」

「執政官殿に任せる事も考えたが、今回はこちらで対応する。冒険者になったからには存分に働いてもらうとしよう」

「おー怖ぇ」


 ニヤリと笑うクライヴ。

 今回問題を起こした三人はまだ組合で冒険者登録を行っていない。大変親切な彼は、負傷して入院中の彼らの手続きを勝手にやってくれるらしい。特別な(ブラック)リストに名前を載せて、それを周囲の町の組合支部に送ってくれるおまけ付きだ。


「しかしお前、よくもまあ黙ってやがったな」

「魔導士が来る、嘘は言っていないだろう?来たのが『この世で随一の』というだけで。まあ教え子の一人でも派遣してくれれば、という話だったんだが」

「ははは、買い被りだよ。僕は普通の魔導士さ」

「先生が普通なら普通の魔導士連中は全員、塵以下の存在になりますよ……」


 アルベルの実力を良く知るジョニーは言って、それにリベルが珍しくコクコクと素直に同意の頷きを行う。強き者である二人から見ても、魔導士の力は優れているのだ。そんな人物はニコニコとしながら茶を啜るだけである。


「さて、正直に言うとジョニー君に渡した魔物避けの方が気になっているんだけど先に王国と組合のご依頼、鉄鎧竜の調査を済ませてくるとしようかな」


 仕方ないからね、と彼は肩をすくめた。


「渡した……? あの魔物避けの杭はアルベルさんが?」


 リーシャが問うとアルベルは、うん、と一つ頷く。


「僕が作った物だよ。異世界と繋がる、なんて機能は無かったはずなんだけどねぇ。ジョニー君、もしかして壊した?」

「冗談キツいですよ、そんな事するわけ無いじゃないですか」

「ははは、だよね。君は真面目な子だからねぇ」


 はぁ、と溜め息を吐くジョニーに対して先生は笑って返した。

 しかしリーシャ達は首を傾げる。


「え、ジョニーせんせが真面目?」

「真面目、なんでしょうか……」

「ま、真面目ッスよっ。うん、真面目、まじ……うーん」


 そんな若い三人に対して、クライヴ達はアルベルの評価を肯定する。


「ダルトンは真面目な奴だ、律儀と言った方が正しいか。仕事ぶりは誠実堅実で失敗は無い。これを真面目な冒険者と言わずに何と言えばいいやら」

「ジョニーは真面目、凄い真面目。色々言いながら遊んでくれる」


 彼の昔から今を知る二人からは高い評価だ。

 どうやらジョニーの事を深く知っているかどうかで評価は変わる様である。


「お前ら、ふざけて言ってるだろ……」


 しかし彼は、そんな二人の事をジトリとした目で見たのだった。

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