第52話 ミケーネ流お魚料理
大激戦の末にミケーネは今日の夕食の材料を手に入れた。ジョニーの助けも得て槍を母なる大地から回収して、二人は野営準備を進めるリーシャ達の下へと帰還する。
「ただいま~」
「あ、おかえりなさい」
「うお、デッカイ魚ッスね!」
「ふっふっふ、このくらいアタシにかかれば一撃必殺で確保よ!」
可愛い女の子に出迎えられ、弟弟子から驚かれて。先程までの大苦戦は口にも顔にも出さず、ミケーネは大笑い。そしてチラリとジョニーに目配せし、今度は絶対に真実をバラすな、と威圧の視線を送る。大人げないにも程がある彼女の行動に、師匠は呆れて肩をすくめた。
すでに野営の準備はほぼ終わっている。魚を取るために時間を掛け過ぎたのだから当然だ。リーシャもロイも薄々ミケーネの一撃必殺発言が嘘であると理解しているが、言及するのは悪いと思って口には出さない。大人である。
前回運び込んだ物資がある事で野営道具は充実していた。薪は十分な量が置かれており、鍋も包丁もまな板も調味料一式もある。この場で一週間過ごせと指示を出されても十分生活できる程だ。
「さあ、配信始めましょう!」
「違うだろ、野営だ野営」
「何を今更ぁ、もうどっちもほぼ同じじゃないですか~」
「……まあそうか」
配信に対して抵抗がなく、あっという間に馴染んだ彼女。配信参加歴は短いのだが、誰よりも配信者の適性を見せていた。
いつもよりも少し大きめの焚火を起こして、大地に魔物避けの杭を打つ。
≪さあ始まりましたッ、本日の配信ッ!≫
≪ご覧の皆様、今日もどうもこんにちはですわ~≫
≪ジョニキちゃんねる、面白かったら登録よろしくな!≫
「なんでお前らが仕切るんだよ」
視聴者が開幕の挨拶を行い、それに対して配信者が反応した。常識良識など一旦横に置いたコメントが投げかけられるのがジョニーの配信である。やはり異世界の住人達は一筋縄ではいかないようだ。
「今回のお料理担当はぁ~っ! ア・タ・シ!ミケーネちゃんだよーっ!」
≪にゃふにゃふにゃっほー、でござる~≫
≪わーい、期待してまーす≫
≪どんなものが出来るか、楽しみですぅ≫
猫獣人の明るい調子に視聴者たちが沸く。おそらくは配信者と視聴者はこういった状態が本来の形なのだろう。つまりジョニーは知らず知らずのうちに、配信の搦め手を学んでしまっていたのだ。そして彼はこれからも、配信の常道を経験する事は出来ないのである。
≪ということはリベルさんは戻ってきていないのですね。≫
「ああ。何処へ行ったのか、マジで分からん。まあ心配は全くしていないがな」
≪ジョニキ薄情……って言いたいけど納得だわ、絶対大丈夫すぎる≫
ゼッタイ無敵な信用と信頼と、そして何か常識はずれな事をやらかしそうな不信感。それが一緒くたになってリベルという存在が視聴者に認識されている。彼らが直接的に見た彼女の無茶苦茶は、翼竜に乗って配信中にこんにちは、だけであるがそれで十分すぎる程の衝撃であったのだ。
「今日の食材はコレだよー!」
まな板に収まりきらない大きさの巨大魚を窓の前に登場させる。
≪ちょっ、近い近いですぅ≫
≪魚ですか? 大きいなぁ≫
「そうだよ、お魚ー」
彼女は魚を少し窓から遠ざけた事で、視聴者たちはようやくその全景を拝む事が出来た。鮒のような体形で、焚火の明かりを受けて薄緑色に光って見える。肉付きがかなり良く、その身の太さは人の腿のようだ。体の中央にはミケーネが仕留めた証である槍の貫通痕がある。
「ちなみに中身は獲った川で処理してきました~」
薄緑鮒の腹は裂かれており、本来そこにあった臓腑は無くなっていた。川の水で洗い流しながら処理しておいたのだ。
「さあさあ、じゃあスパスパっと捌いていくよーっ」
≪お手並み、拝見致します。≫
ナイフを高々と掲げ、ミケーネは調理を開始する。
「とおっ!」
≪ウッソだろ!?≫
天から刃を縦一閃、魚の頭がスッ飛んだ。一撃で大きな魚の頭を落とした事もそうだが、無茶苦茶な捌き方も視聴者には驚きである。異世界の魚の調理とは、かくも豪快なものか。
「わぁ……」
と思っていたらリーシャが唖然としていた。彼女にとっても驚愕の光景だったようだ。視聴者たちは安堵する。世界が変わっても調理方法は変わらないのだ、自分達の常識は一応通用するのだ、と。
「もうちょっと大人しく調理しろ」
「えー、つまらないじゃないですかぁ」
「そうしないと、隣にいる奴の被害が拡大する」
ジョニーが指をさす。そこには魚の猛烈なキスを頬に受けて、椅子代わりの丸太から吹き飛んだロイの姿があった。料理中に食材を使って攻撃されるなど予測できるわけがない、当然身構える事も躱す事も出来なかったのだ。
「いたた……」
「ごめーん」
頬を擦りながらよろよろと起き上がる弟弟子に、無意識に理不尽な攻撃を加えた姉弟子は笑いながら謝罪した。
「気を取り直して~」
ミケーネは再びまな板の上の魚に向き合い、裂いた腹にナイフを入れる。刃を骨に当てるようにして、その身を切っていく。片側が尾まで切り終わったら今度は反対側、尻尾から頭へと向かって捌く。
「ほい、まずは一枚~」
≪お見事ですぅ≫
皿代わりの緑色が綺麗な大きな葉っぱに、彼女はべたんと魚の半身を置いた。迷いのないナイフ捌きによって切られたそれはとても綺麗な切断面をしている。今までの冒険者生活で何度も魚を捌く機会があり、それによって蓄積された経験がなせる技だ。
「さらに一枚~」
≪三枚おろしの手際が良いでござる≫
≪職人……お魚捌きマスターですわ……!≫
瞬く間にもう片方も切り取られ、魚は身体の中心の骨を残すのみの姿に早変わり。普段の大雑把な様子からは考えられない見事な手際に視聴者たちは盛り上がる。
「えー? これくらい普通だよ~」
≪いやいや、魚捌くなんて中々出来んって≫
「ほぇ、じゃあそっちでは魚食べないの?」
≪魚大好き民族ですよ、僕たち日本人は≫
矛盾する返答にミケーネは首を傾げた。
「魚捌けないのにお魚好き? みんな店で食べてるの?」
≪それもありますが、大きな魚はお店で切り身を売ってますのでそれを買って調理、というのが普通ですね。一尾丸ごと買う事も出来ますが、魚を捌いた経験がある方はそれほど多くは無いかと。同じ量で比較すれば、切り身を買うよりも安くなるんですけどね。≫
「はー、一尾丸々買えるならそっちの方が沢山食べられるのに~」
お金が勿体ないねぇ、と言いながら彼女は調理を進めていく。大きな葉の上に置かれた魚に塩を振ってペンペン叩いて馴染ませ、乾燥ハーブを振りかけた。
「次はこれを包んでいくよー」
皿にしていた葉っぱを畳んで魚を包む、蔓を使ってギュッと縛って完成だ。
「そして~」
ミケーネは緑の葉包みを持って。
「火の中へどーんっ!」
≪わあああッ!?≫
≪何してんだよミケちゃん!?≫
今日の焚火はミケーネの指示によって普段よりも一回り大きく起こされている。そんな強い火炎の中へ彼女は貴重な食料を放り込んだのだ。葉っぱと魚の身など、あっという間に炭に、そして灰になってしまう。
「だいじょーぶ、だぁいじょ~ぶ。ほらほら見て見て」
≪燃えて……ない、ですぅ?≫
火は緑の包みを抱いている。だがしかし一向に緑色が黒に変わらない、青々としたまま炎の中で焼かれ続けている。どうやらミケーネが用意した大きな葉は火に強く、そう簡単には燃えないものだったようだ。
「この葉っぱ、ものすっごい火に強いんだよ。森火事が起きてもこの木だけは残ってるくらいに燃えない。だから薪には使えないけど、こういう形で役に立つのさ~」
≪火事でも燃えないとは驚きです。こちらにも燃えにくい樹木はありますが、流石に火災となったら耐えられません。≫
「まー、全部が全部この植物と同じじゃないよ~。逆に燃えまくる木もあるし」
魔法があり、魔物がいる。そんな地の樹木が、それらが存在しない世界のものと同じであるはずがない。非常に火に強い木もあれば、ほんの少しの事で山火事の元となる植物も存在するのだ。
焚火に焼べた魚に火が通るまで、お互いの世界の樹木や生物について駄弁る。犬や猫といった共通の動物もいれば、異世界の住人達が知る興味深い生態の動植物にジョニー達が驚かされる事もあった。
「お、そろそろかな~?」
のんびりと話をしていると葉っぱに焦げが生じ始めていた。それを中まで火が通った合図として、ミケーネは緑の包みを焚火から脱出させる。
「どれどれ~? あちっ、あちっ」
熱がりながら蔦をちょいちょいと解き、包みを開く。
≪おおッ≫
中から顔を出したのは蒸された状態の魚の身。だがしかし、ただ蒸されただけではない。表面にはうっすらと葉脈の形に焼き目が付いていて実に食欲をそそる見た目である。
「すんすん、なんか良い香りッスね。こう……ちょっと高い家具みたいな」
「ロイ君、例えが悪いぞっ! 全っ然、食欲をそそられない!」
「うぇっ!? す、すみませんっ」
食べ物の香りを形容するには正しくない事を言った弟弟子を、ミケーネはビッと指す。その勢いに圧されてロイは思わず謝罪した。
「そう言うなら、お前は良い例えが出来るんだな?」
「勿論です!」
ジョニーに言われてミケーネはドンと胸を叩く。
彼女は目を瞑って少しだけ考え、くわっと目を見開いて口を開いた。
「とっても美味しそうな木の香り!!!」
「まあ、そうなるよな」
残念ながら彼女は気の利いた例えを考えるのが苦手だったようだ。ロイよりも点数を下げた例えにジョニーは呆れた。
「ぐ……っ。そう言うならジョニーせんせに手本を見せて頂きましょうか!」
「なんでだよ」
「さあ、さあさあさあっ! アタシをバカに出来る答えを、出してみろー」
答えを迫るミケーネを鬱陶しそうに見ながら、師匠は感想を口に出す。
「僅かに甘さのある薫製のような香りだ」
≪一番分かりやすいですわ、次点はロイ君ですわ~≫
「んなっ、アタシが一番下なのぉ!?」
完全敗北したミケーネはガクリと肩を落とす。
がしかし、それで落ち込むほど彼女は弱くはない。
「リーシャちゃん!」
「は、はいっ」
「ご回答ください!」
「え、ええ……!?」
突然指名されたリーシャが困惑する。ジョニー達も視聴者たちもミケーネのあまりの横暴を非難するが、それで止まるほど彼女は慎ましやかでは無いのだ。
「うぅん、そうですね……」
顎に手を当てて少し考えてリーシャは口を開く。
「パンジーの香りとカバノキの香りを混ぜて薄くして、それを燻した感じ。甘くて安らぐ、でも薫製の香りが食欲をそそる匂い、ですかね」
≪はい、優勝者と敗北者が決まりました≫
「参りましたぁ……」
完全敗北を喫したミケーネは深く深く頭を下げて潔く負けを認めた。
気を取り直して、彼女は出来たて魚料理を一番に口に放り込む。
「我ながら美味しいっ」
≪味の感想……は、ジョニー殿に頼むでござる≫
「川魚らしい臭みは無くて淡白。塩がよく利いていてハーブ……少し辛みがあるな、これが臭みを消しているのか。ミケーネの大雑把さとは裏腹に繊細な味というか、どんなソースにも合う味だな」
「裏腹に、とはなんですかーっ!」
むがーっ、と文句を言うミケーネ。しかし彼女以外の誰もがジョニーの感想を受け入れていた。
「むむぅ……まあ良いや。ミケーネ式包み焼き、ご好評でなによりっ」
ミケーネは窓に向かって素晴らしく良い顔を決めたのだった。
同時刻。
ジョニー達のいる草原から遥か遠方のどこか。
凄まじい一撃がソレの首を叩き落し、ずどん、と周囲に轟音が響く。
「おわり」
リベルは満足そうに頷いた。
彼女は風と水の魔法を使って、ずばばばばっ、とあっという間に狩った獲物を解体してしまった。バラバラになったソレの中で一番良い部位を選んで、よいしょ、と少女は自身よりも大きなそれを持ち上げる。
高所特有の猛烈な風などものともせずに、リベルは山の稜線を歩いていく。
彼女が見下ろす先には沈みゆく太陽によって橙に染まる雲の海が広がっていた。




