第50話 武器いろいろ
トンカチ。
ミケーネが口に出したその単語の意味が分からず、ロイは首を傾げる。
「ええと、トンカチって釘を打つ、あの……?」
「そうだよ……うん、ソレだよ、ははは」
先程まで胸を張っていた彼女は、猫らしく猫背となった。思い出したくない過去というよりも、それを明らかにする事が恥ずかしいといった雰囲気だ。
「身の丈に合った武器だっただろ」
「それにしたって限度がありますよっ!」
ジョニーの言葉にミケーネは勢いよく苦情を吐いた。どうやら昔、彼女がジョニーに師事した当初に何かがあったようだ。聞いてもいい事なのか、少々逡巡しつつもロイは好奇心に抗う事が出来ずにミケーネに問う。
「何があったんスか?」
「聞く? 聞いちゃう?」
「いや、嫌なら良いスけど……流石に気になるッス」
「……仕方ない、教えてあげるよ」
はぁ、と溜め息を吐いて彼女は話し始める。
「私、ここからずっと東の国の、すっごい辺鄙な所にある村に住んでたのね。ある日そこにジョニーせんせがやって来た。村を何度も襲撃してくる魔物の討伐依頼のために。その時のアタシは……ロイ君と同じ歳だったね」
単なる村娘だった当時のミケーネ。家族や村の人のために色々と手伝いはしていたが、今とは異なり戦闘など出来る人間ではなかった。
「アタシ、その日は村の傍の畑で収穫作業をしてたの。そしたら魔物が襲ってきて。今と違って戦う力なんて無かったからさ、本当に死を覚悟したよ」
襲い来る魔物、少女の身体は恐怖に硬直する。
「その時だった、冒険者がアタシの前に現れた」
ミケーネを庇う形で、その人物は魔物と対峙した。
「一瞬、そう一瞬だったよ。剣で一振り、魔物は真っ二つ」
ピッと指で空中に線を引く。縦に一閃、鋭く白刃が魔物を両断したのだ。
「で、アタシは冒険者に憧れた。だからジョニーせんせに弟子入りしたの」
「駄々を捏ねまくった挙句の押しかけ弟子だがな」
「おお~、何だか運命的な出会いッスね」
「そうかなぁ……。まあジョニーせんせがもっと格好いい顔面してたら恋に落ちてたかもねぇ」
「てめぇ、本人の目の前でよくそんな暴言吐けるな。後でお仕置きしてやろう」
勘弁してくださいよぉ、とへらへら笑ってミケーネは話を続ける。
「ジョニーせんせの旅に付いていくためには武器が必要。でも小さな村だったから、武器鍛冶なんてしてる人がいない。村にある武具は防備のために必要だから持っていくわけにはいかなかった」
そこまで話が進んで、ロイは何となく気付いた。彼女の最初の武器が何故、釘打ちハンマーになったのか。
「だからジョニーせんせは、農具作ってるお爺ちゃんの使い古しのトンカチを私に……! トンカチを……! トンカチって武器かぁ!?」
「わわっ、ミケーネさん、どうどう」
暴れ出した姉弟子を弟弟子が何とか宥める。
「実に身の丈にあった武器だっただろ」
「それにしたって全くもって限度がありますよっ!」
先程と同じやり取り。同様の会話が過去のその時にも行われていたのだろう。
「ま、まあそんな感じで、町までの道はトンカチで過ごしたわけで」
「なるほど。じゃあ町で槍に持ち替えたんスね!」
「……」
「え?違うんスか……?」
今に繋がったと思ってロイから発された言葉を受けてミケーネは沈黙する。どうやらまだまだ続きがあるようだ。
「戦棍だよ、次は」
「ええと、鉄で出来た棍棒……?」
「そう、それ」
冒険者の花形武器はやはり、権威の象徴として掲げられる剣。当然ながら少女だったミケーネもそれを欲しただろうが、ジョニーはそれを許さなかった。代わりに渡されたのが無骨で、華の一欠片も無い戦棍だったのだ。
「細かい事を考えるのが苦手なお前に合った武器だっただろ」
「反論出来ないのが滅茶苦茶悔しい……!」
師の見立ては彼女の資質とバッチリ合っていた。獣人の腕力で振られる鉄の塊、当たれば体格で勝る魔物ですら一撃必倒である。更にミケーネは猫の獣人、素早い身のこなしが得意なのだ。素早く動いて相手の攻撃を躱し、出来た隙に強烈な一発を叩き込む。身体能力に頼った非常に単純な戦法ではあるが強力な戦い方である。
「その経験を積んで今度は槍に」
「……」
「……まだなんスね」
「うん。次は戦鎚、柄が長くて頭が大きなトンカチみたいな奴。アタシが使ってたのは、鎚の所がそんなに大きくなくて片側が嘴になってたよ」
力で相手を粉砕する武器。戦棍よりは扱いに技術が必要だが、剣や槍と比べると非常に頑丈で乱暴な使い方が可能である。フルスイングした一撃は岩すら粉砕する、まさに破壊の具現化のような得物だ。
「誇らしげに振り回してたじゃないか」
「いやまあ、デッカイ魔物を倒せて嬉しかったのは確かです、はい。でもでもっ、やっぱり刃が欲しいじゃないですかっ、冒険者なんだからっ!」
「分かるッス、すっごい分かるッス……!」
冒険者といえば剣。これはお伽噺の中の英雄の手にある物がそれだという事もあるが、何よりも戦いにおける見た目の影響が大きい。魔物の首を一刀両断、実にスマート。魔物の頭を殴って粉砕、何とも暴力的。憧れて冒険者になった者は、大体がまず剣を手にするのはそういった理由である。
しかし剣を扱うには技術が必要だ。下手な振り方をすれば、あっという間に刃が欠けてしまう。無茶な使い方をすれば、最悪へし折れる。最も重要なのは斬る技術であるが、同時に相手の力を受け流す技術も必要となるのだ。入手しやすさとは裏腹に、学ぶ技術が多いためにそれほど新米冒険者に向いた武器ではないのである。
「で、槍に繋がったんスね、今度こそ」
「そうそう。長柄武器の戦鎚を使ってた技術と、やっぱり刃が欲しいっていう考え。その二つを融合したのが杭槍なのさ」
日用品から始まったミケーネの武器の旅は、鈍器を経て槍へと昇華した。彼女の得物の源流は鎚であり、むしろ槍の方が後付けであったのだ。
「……って、じゃあロイ君には何で剣を使わせてるんですか!? 説明求む、ジョニーせんせっ!」
全て話し終えて姉弟子は気付く、自分にやった事を弟弟子にしていない事に。
「お前は腕力がある、だから鎚を使わせた。が、ロイは別に力自慢じゃない。それにヘッポコとはいえ一年間冒険者をやってきて、自己流の訓練を続けた以上は長剣を扱うクセが多少付いている。だからそのままにしてるんだよ、真っ新から始まったお前とは違うわけだ」
「なるほど、納得……ちっ」
不平不満を言ってやろうと身構えていたミケーネだったが、思った以上にしっかりとした理由があったために彼女は反撃できない。だがしかし、せめてもの抵抗としてミケーネは小さく舌打ちをした。勿論それはジョニーに気付かれ、彼女の額にデコピンの一撃が炸裂する。
「でも不思議ッスね、トンカチから始まって槍に繋がるなんて。オレも剣から違う武器を使うようになったりするのかな……」
ロイは自分の得物を抜いて眺める。量産品の安物とはいえ、それなりに長く使ってきた事で多少の愛着はあるというものだ。いつかこれを捨てて全く違う武器を持つ可能性など全く想像が出来ないが、ミケーネの話を聞いた今ではそれもあり得る未来なのだと理解する。
「そうだな、まあ色々試してみれば良い。さっきはクセが付いているとは言ったが所詮はまだ一年程度だ、他の武器を使ってみて馴染むならそっちに変えてもいいだろう。剣を予備の得物とする選択肢もあるしな」
「あ、そっか、一つだけに絞る必要もないんスね」
ロイの目から鱗が落ちる。一つの武器しか使ってはいけない等というルールは存在しないのだ。弓を使いながら剣を腰に佩いていても、大剣を持つ剣士が腰に細剣を携えていても、それは自由。冒険者は自由なのだ。
「よっし、そういう事なら色々試してみようじゃないか弟弟子よ!」
「えっ」
「さあさあ、まずは槍から始めようじゃな~い。ふふふ」
「ちょ」
グイグイとミケーネに引っ張られる少年。力勝負で彼女に勝てるわけがないロイはあっという間に連れ去られ、そこらに置かれていた木槍を半ば無理矢理に持たされた。
槍、槌、斧、弓。細剣、大剣、短剣、長剣。
どれもこれも利点と難点が存在する。
この日、ロイはその全てを経験する事になったのだった。




