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第46話 出来る事

「くぅ~、痛たた……」


 長椅子に掛けて服を捲り上げ、強打を喰らった脇腹をリーシャに治療されるミケーネ。ジョニーの一撃は中々に重かった様子で、打撲痕は一点だけだが深く黒くなっていた。


「少し力が入り過ぎたか」

「もー! ジョニーせんせ『上手く手加減しろ』ってアタシに言っておきながら、自分が手加減下手じゃないですかー!」

「あの程度じゃ大したダメージにはならんと思ったんだ。実際お前、そういう風にワーワーぎゃーぎゃー言える位には元気だろ。ひとえに俺の手加減が上手かったが故だ」


 フンと鼻で笑う師に、ぐぬぬと唸りながら弟子は恨めしそうな視線を投げかける。手加減ナシの全力ならば打撲ではなく刺突痕が身体に残っただろう、それをミケーネは理解しているがゆえに反論できないのだ。


「むむむ……ジョニーせんせにリベルちゃんに、アタシ負けっぱなしで悔しいっ。くーやーしーいぃー!」


 彼女はジタバタと暴れ出す。治療の邪魔である。


「えいっ」

「あ痛ぁ!?」


 無作法な患者に対して、薬士の少女は傷を指で軽く一突き。指一本でミケーネは大人しくなった。クスクスと笑いながら軽く謝るリーシャに、猫獣人の冒険者もまた謝罪を返した。


「これでよし。もう動いても大丈夫ですよ」

「うわぁい、ありがとう~」


 強い痛みが生じている部分を先んじて魔法で癒し、体に負担なく傷を治す湿布を貼り付けて治療完了だ。感謝の言葉を口にしながらミケーネはリーシャを抱きしめて、その頭を良い子良い子とナデナデする。


「よっし!」


 バッと勢いよく長椅子から立ち上がり、猫獣人の冒険者は木槍を振り上げる。


「そこの人ー! ひとつ手合わせ、おねがーい!」


 ミケーネは大声で訓練場にいた他の冒険者に呼びかけ、駆け寄っていった。二言三言話をして、彼女達は試合を始める。先程のジョニーとの戦いを見ていた冒険者としても、十分に良い動きをしていたミケーネと立ち合いは願っても無い事なのだ。


「大雑把で身体能力や勘に頼る癖はあるが、あいつは決して弱くはない。冒険者としての実力は十分ある」


 そんな彼女の戦いを腕を組んで見守るジョニーは素直な感想を口に出した。


「ジョニーさん、それをミケーネさんに言ってあげたら喜ぶと思いますよ?」


 薬箱に道具を仕舞いつつ、リーシャは言う。

 がしかし、ジョニーは肩をすくめて首を横に振った。


「ミケーネにそんな事を言ってみろ、調子に乗って稽古を放り出すに決まってる」

「「あー……」」


 リーシャもロイも納得の声を漏らす。

 明るく朗らかで誰に対しても友好的、それがミケーネだ。しかし別の一面として、細かい事を考えるのが不得手で調子に乗りやすいのである。緩める所は緩め、締める所は他の者以上に締め付けなければ、手を抜くどころか遊びだす。過去に師匠として多くを教えたジョニーの苦労は推して知るべし、である。


「あー、スッキリしたー」


 一頻り冒険者たちを叩きのめして、ミケーネは清々しい顔で帰還する。勝利、勝利、大勝利。誰にも負ける事無く、それどころか危うい展開も殆ど無く、全員を地面に沈めたのだ。


 先の鉄鎧竜アイゼメイルドラッヘの一件以来、ミケーネも含めて冒険者たちが別の地域から少しずつではあるがアーベンに流れてきていた。ヒヨッコだらけだった地方の町も、冒険者の拠点として着実に成長を始めている。


 そんな中でも彼女は、上位に分類できる実力を有しているのである。同年代の冒険者を並べたならば頭一つ抜きんでるくらいには、ミケーネは強いのだ。


「流石ッスね、ミケーネさん」

「ふっふっふ、これぞアタシの本来の力っ!」


 弟弟子に賞賛されて、お調子者は自慢げに胸を張った。

 猫獣人、おだてられれば空も飛べそうである。


「あまり調子に……まあいい」


 今日の稽古は終わりだ、言っても聞かない奴を説き伏せる苦労など面倒である。気持ちよくなっているならそのままにしておこう、とジョニーは呆れた様子で首を横に振った。


「明日も草原の探索だ。次の配信の料理担当は、ロイ、お前になるが……」

「うっ」


 訓練終わりのお茶を啜っていたロイはビクリと身体を震わせる。


「ロイ君って料理、出来るの?」


 リーシャの問いかけに彼は渋い顔でむむぅと唸った。


「実家で手伝いはしてたから、出来るは出来る……スけど」


 ジョニーの料理は、配信者としてはイマイチではあったが冒険者としては十分の出来栄えだった。リーシャの料理は、野営どころか街中でも中々見られない程の美味で配信映えもしていた。


 それらと比べると、ロイが作る事の出来る料理など大した物ではない。実にありふれている家庭料理が限界だ。そんな物を出した所で視聴者が喜ぶとは思えない。


 彼はそれを思って悩むのだ。


「うーん、視聴者さん達が喜んでくれそうな料理、っていうと何も思いつかない……」


 うむむと腕を組んでロイは頭を捻る。

 作る事が出来る料理の種類がそもそも少ない。その中から選ぼうにも、見た目も味も想像の範疇を超える事は無いものしか出来上がらないだろう。


「まぁ、なるようにしかならんだろ。作れるモンを作ればいいさ、そもそも配信は探索途中のただの暇潰しだ。それに第一、明日の野営であっち(異世界)と繋がる窓が現れるかも分からんしな」


 不安そうな弟子の頭をポンと叩き、ジョニーは笑う。魔物避けの杭を大地に打ち込んで野営すると必ず窓が出現するわけではない、配信を行っている日以外にも杭は使用しているのだ。その基準をジョニーはここしばらく探っていたが、何の法則性もみられなかった。結果、なるようにしかならないから考えるだけ無駄、となったのである。


「あ、そういえば。魔導士さんが調べに来るんですよね、ジョニーさんの魔物避け」

「そっちはオマケだ、本命は鉄鎧竜」


 アーベンの執政官に商人組合ギルドが正式に話を通したうえで出された要請に応じて、他国から異常な竜を調べに来る魔導士。異世界と繋がる魔物避けは、その人物が話のついでに興味を持った程度の扱いだ。配信の仕組みや異世界と繋がる原理が解明される可能性は、それほど高くはないだろうとジョニーは考えていた。


「ま、どんな立派な魔導士が来るかは知らんが俺は今まで通りにするだけだ」


 そう言って彼は、リーシャから差し出された茶を受け取って啜る。


「あれ?リベルさん、来ないッスね」


 普段ならジョニー達が集まっていると、いつの間にかフラリと現れる薄紫色の髪の少女。しかし今日は姿形どころか、やってくる気配すらも無い。ロイの言葉を受けてリーシャとミケーネも、そういえば、と辺りを見回した。


「言ってなかったな。リベルの奴、ちょっと遠出してるそうだ」

「そうなんですか?」

「ああ。ちゃんとクライヴに『ちょっと遠くまで行ってくる』って話をしてから出発したそうだ。ま、少ししたらいつも通りにふらっと戻ってくるだろ」

「ところで何処に行ったんスか?」

「さあ?」

「あはは、リベルちゃんは自由だね~」


 彼女は何処まで遊びに行ったのか。

 そしてそこで、どんな(惨劇)が起きるのか。


 彼女が作るドロリと真っ赤な景色など、詳しく知らない方が良いのかもしれない。


 気ままに斧を振るうリベルの姿を思い浮かべて、ジョニーは呆れた顔で笑うのだった。

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