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第45話 師弟稽古

 今日も今日とて、訓練場では冒険者たちが自身の腕を磨いている。木剣が打ち合い、木槍が空を穿ち、木斧が風を断ち割る。自分の力こそが迷宮領域ダンジョンで生き残る術、ここでの訓練こそが生存の鍵なのだ。


「だっ、はっ、りゃっ!」


 一歩踏み込んで袈裟斬りに、更に一歩踏み込んで逆袈裟に、トドメとばかりに首を薙ぐ。まだまだ未熟な太刀筋ではあるが、ロイは確実に生存能力を獲得していた。


 しかし。


「あまーいっ!」

「へぶっ!?」


 横薙ぎの一撃を軽く受け止められ、ミケーネの槍の石突で頬を殴り飛ばされる。使っているのは訓練用の木槍であるが、獣人の腕力で殴られれば十分に痛打だ。手加減されているとはいえ当たり所が悪ければ失神する威力、しかしロイは踏ん張ってそれに耐える。


「ま、まだまだぁーッ!」


 何度殴られ、時には蹴られても彼は向かっていく。何の才能も無く、何やってもうまく出来ず、実家でも足を引っ張り続けた。そんな自分を変えるためにジョニーに師事したのだ、この程度で倒れるわけにはいかないのである。


 手合わせが終わった頃、彼の身体は打撲だらけとなっていた。


「いやぁ、ロイ君なかなか根性あるねー」

「頑張らないと生きていけないッスから……痛てて」


 最後に思い切り引っ叩かれた頬を擦って、ロイは長椅子に腰を下ろす。冒険者には生傷が絶えないもの、訓練でボコボコになるのも彼らの日常である。


「治療するね、ちょっと診せて」

「ありがとうございますッス、リーシャさん……」


 鞄から幾つか薬と湿布を取り出し、慣れた手つきで薬士はロイの傷を手当てする。この程度の治療などリーシャにとってはお手の物で、治癒魔法も含めた処置であっという間に小さな傷は姿を消した。


「ねーねー、リーシャちゃん。私も~」

「えっ。ミケーネさん、怪我して無いですよね……?」

「手を当てて、さすさすして欲しいな~、って」


 ニマニマしながら猫獣人が少女に迫る。性別が違っていたら牢屋に叩き込まれたであろう言動と行動だ。


「よし、そういう事なら協力してやろうか」

「え?」


 ずいっと二人の間にジョニーが割り込む。彼はミケーネの頭をむんずと鷲掴んだ。


「手当てが必要な状態になるように、先生が手伝ってあげよう」

「え、遠慮しますぅ……」


 えへぇ、と嫌そうな笑みを浮かべるミケーネ。


「そう遠慮するな。昔みたいに稽古を付けてやろう」

「昔みたいに……」


 ジョニーの言葉を受けて、彼女は過去を思い出す。

 そして。


「やだーーーー! いやいやっ、いやー! いぃやーーっ!」


 ミケーネは暴れ始めた。それ程までに昔の稽古は大変だったのだろう。


「冗談だ、冗談。俺も年を取った、お前も成長した、昔みたいには出来ん」

「いやいや、たかが三年ですよ。ってか、なんか爺くさいですね、ジョニーせんせ」

「よぉし、ボロ雑巾にしてやろう」

「すいませんごめんなさい失礼しました! 口が滑りました、こうツルッと!」


 平身低頭、彼女は災難から逃れるために玩具の様に頭を動かす。鷲掴みにしている手がぐわんぐわんと引っ張られ、鬱陶しがったジョニーはミケーネの頭部を解放した。


 少しの休憩を挟んで、二人は得物を手にして向かい合う。

 ジョニーは剣、ミケーネは槍である。


「始めるぞ」

「はぁい」


 軽い調子の受け答え、しかし次の瞬間には両者は冒険者の顔となった。

 和気あいあいとしていた空気は鋭く変わり、互いの切っ先が相手を見る。


「しッ」


 先手必勝、動いたのはミケーネだ、素早い踏み込みと同時にジョニーの胴の中心目掛けて槍を打ち出した。


「ふッ」


 最小限の動きで剣を操り、ジョニーは槍の穂先を逸らす。打ち合った衝撃は発生しなかった、まるで氷で滑ったかのようだ。抵抗が無かった事で、自分で放った力に引っ張られる形でミケーネは体勢を崩す。


 しかしそれで終わる程、彼女は未熟ではない。ジョニーが肉薄するよりも早く大地を強く蹴り、突きの勢いそのままにクルリと側宙を決めて彼を飛び越した。


「でぇいッ!」


 低い姿勢の着地と同時にミケーネは振り向きざまに槍を振る、足払いだ。


「おっと危ねぇ」


 振り返る、そしてタッと軽く後方へ跳ぶ。


 両者は再び離れて切っ先を相手に向けた。


 剣撃、槍撃、二つの攻撃が次々と衝突する。


「ほぉ、中々強くなったじゃないか」

「そりゃ、三年も経って、ますからねッ!」


 余裕の笑みを浮かべて剣を振るジョニーに対して、ミケーネは段々と押されていった。その不利を覆そうとする焦りから槍の技の冴えが少しずつ鈍っていく。


 そして。


「だりゃぁッ!」


 渾身の力を載せた豪速突き。並みの相手ならば反応する前に胴体に深く突き刺さる、場合によっては貫通する一撃だ。起死回生の一発。それはたとえ己の師相手であっても十分通用する技、であるはずだった。


「ふんッ」


 放たれた突きに応じて素早く一歩半後退、と同時に剣で下へ押し付ける形でジョニーは槍の穂を捕らえる。ミケーネの一撃は目標を捉える事無く、それどころか彼女は動きを止められてしまった。


「ぐ、ぐぐ……っ」


 槍を突いた姿勢で、その得物の穂先を確保された。ジョニーは右手で剣の柄を握り、左手を鍔に乗せて押し付けている。いかに膂力に自信のある獣人のミケーネであっても、無理な姿勢である上に槍の重心を動かされた状態では復帰は困難だ。


「どうした、終わりか?」

「ま、まだまだぁ……」


 突きは躱された、薙ぎを相手に放とうにも槍の先端はジョニーの剣の身と鍔によって二方向への移動が制限されている。力ずくで状況を変化させようとしても体勢の不利から押し負けている。槍を一旦引いて再度距離を取ろうとしたならば、構える前にジョニーの剣がミケーネを捉えるだろう。


 ミシミシと、両者の力を受けて木剣と木槍が音を立てる。


「む、む、む……ッ」


 格下ならば腕力勝負でも技量対決でもこんな状況にはならない。同等の相手ならば槍から手を放して殴り掛かる事も手段の一つだろう。しかし対峙する相手の実力は自身よりもずっと上、得物を手放してしまえば敗北の道しか残らなくなる。


 ミケーネは考え、そして選択した。


「だあぁぁぁッ!!!」


 剣で下へ押さえつけられ、左と上への動きを阻害されている。

 ならば出来る事は一つだけ。


 素早く槍を右へと滑らせ、と同時に身体を捻り、その場でグルリと時計回りに一回転。放つのは、長い槍に遠心力を載せた岩をも破砕両断する大薙ぎだ。


「ぬッ」


 姿勢を低く低く、迫る薙ぎの軌道よりも下へ沈みこませて。ジョニーは剣の身を滑らせる形でミケーネの攻撃を受け流す。空振りとなった渾身の一撃はビュバッと鋭く風を切った。


「はッ」


 低い姿勢から大地を蹴る。

 完全に槍を振り抜いて隙だらけのミケーネへと一瞬で迫り、そして。


「ふんッ」


 両手で持たれた剣の柄頭が彼女の左脇腹に突き刺さった。


「ごばッ!」


 メリリとめり込むその一撃を受けて、ミケーネは槍を手から落とす。


「おごご……」


 直撃を喰らった箇所を押さえてガクンとその場に蹲り、彼女は痛みに悶絶する。彼女の師匠は、手加減などしない情け容赦のない鬼であった。


「ミケーネ、お前強くなったな」

「あばば……」


 ジョニーから賛辞を受けても、ミケーネは己の身の惨事で余裕など無い。


 こうして師弟稽古は、弟子の悶え苦しむ呻きと共に終了したのだった。

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