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第44話 リーシャのお料理教室

「皆さん、こんにちは~」

≪リーシャたん、こんにちはでござる≫

≪こんにちは~≫


 少女の挨拶に視聴者たちが嬉しそうに返す。

 本日の草原探索は既に終了しており、ジョニー達は黒焦げ原で野営をしていた。


「今日は私がお料理しますねっ」

≪うおーッ、神回ッ≫

≪どのようなものを作るのでしょうか、楽しみです。≫


 視聴者たちの盛り上がりは、ジョニーの時とはまるで違う。普段からワイワイと騒がしい彼らだが、今日に関しては輪を掛けて賑やかだ。


「俺の時と反応がずいぶん違うな、お前ら」

≪ったりめぇだろジョニキ、オッサンと美少女の人気を比べんな!≫

≪比較しようとする時点で失礼ですぅ!謝れですぅ!≫

「なんでだよ」


 異世界の住人からの理不尽過ぎる要求を突っぱねたジョニーは、彼らの抗議の声を無視してリュックサックの中から調理器具を取り出す。食材を纏めて包んだ布をリーシャに渡した。


 彼女はスルスルと布包みを解く。本日の食材のお披露目だ。


≪……草でござる?≫

≪ナニソレ、牛蒡ごぼうかよ≫

≪クルミとか干しブドウ……イチゴ? みたいな奴は美味しそう≫


 多種多様な植物のオンパレード。前回配信のジョニーの地味スープも豆を使ったものだったが、それよりも直接的に緑である。見ているだけで土と草が作り出す自然の香りが漂ってきそうだ。コロコロと丸い木の実の隣に置かれた瓶の中には、先日ミケーネが食い尽くした干し木苺が入っている。


「ふふふ。美味しい物、作っちゃいますよっ」

≪これは期待できそうですね。≫


 白手袋を外して自信満々に気合を入れるリーシャの姿に、視聴者たちは安心する。彼女の性格からして不味い物や変な物は出てこない事が確定したからだ。少なくともこの材料から虫の丸焼きは出てこない、安心である。


「じゃあまず、この根っこの皮を取ります」


 ナイフを取り出し、指二本分の太さの茶色いそれの表面を削っていく。さりさりサリサリと、硬めの皮は少しずつ砕けるように除去されていった。腕程度の長さの根っこ全ての皮を取ると、真っ白な中身が露となる。


「綺麗になったら刻んでいきます、細かく細かく、丁寧に」


 リーシャは調理を進めていく。普段から料理をしているという事もあるが、生業の薬作りによって植物の扱いは慣れた物だ。どうやって繊維が通っていて、どこに刃物を入れれば刻みやすいのか、日々の作業で得た経験が料理にも活きているのである。


 原型が無くなるまで刻みに刻んだ根は、餅のように強い粘りを生じていた。


「これはボウルに入れておいて……今度は他のハーブを細かくしていきますね」

≪がんばれー、リーシャちゃーんッ≫

≪心配する必要が全くない手つきでござる≫

≪安心して見ていられるですぅ≫

≪料理チャンネル見てるみたいだな、マジで≫


 おっかなびっくり刃物を握るリーシャも見たかった、そんな裏の思いを視聴者がコメントする事は無い。困らせていいと彼ら彼女らが認識する相手は、とりあえずジョニーだけなのだ。


 そうこうしているうちに、まな板の上の植物たちは緑のペーストとなっていた。


「じゃあ、これを全部ボウルに入れて……っと」


 粘り気のある白の塊にドロリとした緑が注がれる。


「よーっく、練って」


 リーシャは力を込めてボウルの中身を捏ねていく。グニグニと形を変える白に濃い緑が混ざり、穏やかな緑の塊に変化していった。


「あー、アタシもリーシャちゃんに捏ねられたーい」

≪完全に同意ッ!≫

≪こねこねされたいですぅ≫

≪一部のコメントから、ちょっと犯罪の臭いがします……≫


 ミケーネの発言に端を発して一部の視聴者たちが騒ぎ出す。礼儀正しく落ち着いているがリーシャは十六歳だ。けしからん要求を知らない成人男性がしたならば、もちろん犯罪である。不届きな発言をする異世界の住人は、この場で焚火に放り込んで焼却処分した方が良いのかもしれない。


「じゃあ、捏ねてあげる」

()


 ミケーネの背後から、リーシャではない誰かの声が掛けられる。小さな手が彼女の両肩に乗せられ、ぎゅうぅ、と力が込められた。ミリミリと肉が握りつぶされる感覚を、ミケーネは確かに認識する。


「痛だだだだッッッ!!!」


 突然の強烈な痛みに、彼女は叫ばずにはいられない。


「こらリベル、止めろ」


 親切心から揉んでいたリベルはジョニーから制止され、ミケーネの肩からパッと手を離した。


「あがががが……」

「だ、大丈夫ッスか、ミケーネさん」

「ちょ、ちょっと、だいじょばない……」

≪これは酷いでござる≫


 視聴者たちは自分の肩をさする。もし同じ場にいたならば画面のこちらをジッと見つめる少女に、尋常ではない握力で制裁されていただろうと身を震わせて。


「治してあげる」

「ありがと……」


 リベルによって治癒魔法がミケーネに掛けられる。一瞬のうちに痛みは消失し、それどころか身体に溜まっていた疲れも霧散した。予想以上の効果にぐるぐると肩を回すミケーネに対して、先程やった所業を無視してリベルは胸を張る。


「良い事した感を出すな」


 自分で攻撃しておいて、痛そうだったから治してあげた。どうだ偉いでしょ、と言わんばかりの態度。マッチポンプも甚だしいリベルに、ジョニーは呆れてやれやれと首を横に振った。


「ふふ。十分に捏ねたら、こぶし大に千切って楕円にして中心を少し窪ませます」

≪周りの漫才を見ながらも手を止めない、これは大物ッ≫


 周りの騒ぎを見て笑いながら、しかしリーシャは手を止めない。捏ねられていたモチモチは、ぶちりぶちりと千切られて手早く楕円形に形を変えられた。中心部を押されたそれは、厚みのある平皿のようになる。


「この窪みに木の実と干し木苺を」


 パキリと木の実の殻を割って、勾玉のような形の白い中身を取り出す。干し木苺とともにそれを、緑のモチモチ平皿の窪みを埋めるように置いていく。人数の二倍の数を完成させると、リーシャはそれをまな板ではない木の板に載せた。


「この板は燃えにくいんですよ」


 一言そう口にして、彼女は板を焚火の上にドンと置く。メラメラと燃える炎が木板を焼こうとするも、リーシャの言う通りにそれに火は付かない。板に遮られた火はそれを巻くように動き、上に載せられた物を焼いていく。


 じわじわと焼かれて、鮮やかだった緑色が灰色を孕む。次第に表面に焦げが生じ、何とも香ばしい香りが周囲に漂ってきた。


「よし、火から下ろしますね」

≪こんがり焼けていますね。≫


 モチモチとしていた緑、火から脱出したその表面はパリリと焼けていた。所々は黒く焦げているが、それもまた食欲を誘う。更に中心部に載せられた木の実と干し木苺に良い具合に火が通っており、甘い香りが立ち上っている。


≪お、お、お、美味しそうですわ~~~~~~っ!!!≫

「ひゃっ!?」


 突然のテンションMAXのコメント、いや大声にリーシャは驚く。今まで配信の中で聞いた事の無い女性の声だ。


≪あっ、申し訳ございませんですわ、初コメ失礼いたしますですわぁ≫

「おう、歓迎するぞ。しかし、これまたクセの強い奴が来たな……」


 他の視聴者たちも特徴的だが、彼女も負けず劣らずの個性派である。


「その口調、お嬢様ッスか?」

≪え、あ、いえ……三十路手前の、ただのくたびれた会社員です……はい≫


 先程の勢いは何処へやら。しおらしくなった視聴者はロイの質問に対して自分を偽る事無く正直に答える、日々の生活の中では真面目で平凡な女性なのだろう。自分の姿を示す必要のない視聴側だからこそ、普段の自分ではない何者かを演じられるのである。


「あっはっは、何だか面白い人だね~」

「……こんな変な奴しか俺の配信には来ないのか」


 大笑いするミケーネとは対照的に、ジョニーは何とも微妙な表情だ。


「ジョニーが変だから?」

≪類は友を呼ぶってやつだな≫

≪まあ、うん、そうですね、僕も変な部類ですし≫

≪否定はしない、むしろ全面的に肯定ですぅ≫

「お前ら、覚えておけよ」


 リベルの失礼過ぎる発言に異世界の住人たちは賛同する。彼女達に対して、この場の主たる配信者は苦々しい顔で恨み言を口にした。


「ジョニーさん、はいどうぞ」


 不機嫌極まりない状態の彼に、リーシャが出来上がった料理を手渡す。感謝の言葉を述べてジョニーはそれを受け取って律儀に窓に近付け、視聴者たちが料理を良く見えるようにした。十分に見せた後、彼は大口を開けてそれに齧り付く。


「んっ、こりゃ旨い」


 バリッと表面の焼け焦げが音を立て、続いてモッチリした中身に歯が通る。べたりと歯にこびり付く事もなく、それはムチリと噛み切れた。弾力のある餅を数度咀嚼すると生地となった白い根の旨味が口内に、緑の植物の甘い香りが鼻に広がっていく。


 上に載せられた木の実のカリッとした食感と干し木苺の甘酸っぱさが後を追ってやって来た。ムチムチとした餅と口内で混ざり合って味が進化し、より強くなった香りが鼻から抜けていく。


「うわ、美味しいッス、これ!」

「お店で出せるくらいの完成度……リーシャちゃん、凄いよ、いや本当に」

「むぐむぐ」


 中々食べられないレベルの甘味にロイは驚き、ミケーネは顎に手を当てて感心する。リベルは何も言わずに食べる事に集中していた。大好評である。


≪あーっ、美味しそう、美味しそうですわーっ!≫

≪食べたいッ、リーシャちゃんのお餅、食べたいよぉッ≫

≪通販してほしいでござる……切実に希望するでござる……しくしく≫


 手の届かない所にあるものを求めて、異世界の住人たちは慟哭した。


「ほっ、よかった」


 ジョニー達と視聴者の反応を見て、リーシャは胸を撫でおろす。派手さのない料理ではあるが美味しさには自信があった、しかしそれが配信で好まれるかは分からない。彼女にとって今回の料理は一つの挑戦だったのだ。


「ところでリーシャ、これ何て料理なんだ?」


 小さくとも腹に溜まる餅の最後の一欠片を口に放り込んで、ジョニーは問う。


「森の小皿、ですっ」


 満面の笑みで、リーシャは言った。


 迷宮領域の真ん中で甘味を味わい、和気あいあいと配信は続くのだった。

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