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第42話 お調子者、災難に遭う

 扉に付けられているベルが、乱暴な客の来訪を告げてガランゴロンと鳴る。


「こんちゃーす」


 人付き合いには元気と愛嬌が大切。それをちゃんと理解しているミケーネは、組合員たちに向けて挨拶を投げかけた。


「ミケーネさん」


 ジロリと、魔物すら射殺せるような鋭い視線が彼女に向けられる。荒事上等な冒険者のミケーネの身体が、ビクンと跳ねた。クライヴだ、組合受付の。


「室内に魔物の死骸を持ち込まないで下さい、汚れますので。外の資材置き場へどうぞ」

「あ、ハイ、スミマセン……」


 依頼書に記された期待以上の成果を得て、調子に乗りに乗っていた彼女。しかしはしゃぐ気持ちは一瞬で冷め、ミケーネは入ってきた扉を開けてすごすごと外へと出た。


「あれ?ミケーネさん、もう終わったんですか?」


 想像の何倍も早く出てきた彼女を見て、少し驚きつつリーシャが声を掛ける。そうじゃないよ、とミケーネは苦笑しながら言った。彼女にひらひらと手を振って背中を向け、建物脇の資材置き場へと向かう。


 そこには様々な商品が収められた木箱や木材などが集積されており、商人たちが荷馬車へと商品を積み込んでいた。彼らは少ししたら、別の町を目指して出発するのだろう。


 そんな場を管理する組合員に話をして、魔物の死骸を受け渡した。資材置き場の担当者はミケーネに依頼書を要求し、その内容と持ち込まれた物を確認する。問題無し、それを確かめた彼は依頼書に持ち込んだ物の評価を一筆記して彼女へと書類を返した。


 ちゃんと指示された通りの事を済ませたミケーネ。リーシャの横を再び通って、彼女はようやく建物の中へと進入する。


「はい、お疲れさまです」

「大変申し訳ございませんでしたでごぜいます」


 組合受付クライヴは、この町の冒険者にとっては神に等しい権力者である。そんな彼に悪い形で目を付けられては大問題。カウンターに頭を擦りつけて、ミケーネは謝罪した。


 その様を見てクライヴは呆れた様子で一つ溜息を吐き、彼女から依頼書を受け取る。そこに書かれている依頼と持ち込んだ物の評価を確認して、成果に相応しい報酬を即座に計算してミケーネへと受け渡した。


「依頼の達成ありがとうございます」

「わぁい、上乗せ報酬だ~」

「求められているもの以上の成果を出したのですから当然です」


 元々それを期待していた事が丸わかりな彼女に対して、クライヴは特に感情を込めずに言う。冒険者(荒くれ者)商人(同業者)貴族領主(体面第一主義者)などの厄介者相手とやり合っている彼にとっては、彼女程度の面倒な者への対処など容易い事なのだ。


「それじゃ、しつれー致しますです!」

「はい、またよろしくお願いします」


 バビッと敬礼をして、ミケーネは大急ぎで去っていった。

 まだまだ二十歳。冒険者としてこれからの成長に大きな期待が出来る猫獣人の女性の背を見送り、クライヴは中断していた仕事を再開した。


「お待たせ~」


 のんびりと待っていたリーシャに駆け寄って、ミケーネは地面に置いていた木箱をヒョイと片手で担ぎ上げる。


「そんなに待ってませんよ」

「そういう事を言えるなんて、リーシャちゃんは良い子だねー」

「わあっ、ちょ、止めて下さい~」


 ちょっと強めに彼女は薬士の少女の頭を撫でた。


「ジョニーせんせなら、ああ待った、遅いぞ、とか言うもん」

「あはは、それジョニーさんの真似ですか?」

「そうそう、結構似てるでしょー」


 声色を低く変えて顔つきを険しくし、眉間に皺を寄せてミケーネは師の真似をする。それなりに似ている、リーシャはそう伝えようとした所でハッと口元を押さえて閉口した。


「あれぇ? 似てなかった?」

「み、ミケーネさん、後ろ後ろ」

「へ? 後ろって……」


 ミケーネは顔だけ振り向く。


「よく似てるじゃないか」


 そこには、自身の真似を褒める人物がいた。


「あ、あはは~。で、でしょ、でしょ?ジョニーせんせ……」


 顔を引き攣らせながらミケーネは笑う。


「ちゃんと俺の事を見ている。そんな健気な弟子にはお礼をしないとな」

「いやぁ……そんな、お礼なんて要らないですよぉ、いや本当に」

「そう言うな、有難く受け取れ」


 にっこりと不自然に笑うジョニーは、ゆっくりと彼女の顔に右手を近付ける。親指の腹に爪を付けた中指には力が込められており、次の瞬間何が起きるかなど誰にでも分かる状態だった。


 ミケーネは覚悟を決めて、ギュッと目を瞑る。


 バシンと、強烈なデコピンが彼女の額に炸裂した。


「うぐおぉぉ……」


 悶絶しながらミケーネはその場に蹲る。留飲を下げたジョニーはフンと鼻で笑って、組合建物の中へと消えていった。


「大丈夫ですか……?」

「あんまり、だいじょばない、くぅぅ……」

「ちょっと診せてください」


 擦っていた手をリーシャが退けさせると、一撃を喰らった額は赤くなっていた。実に情けも容赦もない師匠である。


「あらら、真っ赤っかですね」

「むぎゃぁっ、ジョニーせんせの馬鹿ー!」


 手加減の()の字も無い無慈悲な攻撃。女子の顔面に対して、あまりにも遠慮のないデコピンだったのだ。しかしそれだけジョニーは、ミケーネの頑丈さを信頼しているという事である。が、まったく嬉しくない、と彼女は唇を尖らせた。


「とりあえず私の家に行きましょう、お手当しますから」

「うー、よろしくおねがいしまぁす」


 ついさっきまで調子に乗っていた彼女は何処へやら。持った木箱の重さ以上に気持ちを沈めて、ミケーネはリーシャについて彼女の家へと向かっていった。


 組合から歩いて五分足らず。目的地にはあっという間に到着する。


「ここですよ」

「おー、良いお家に住んでるねぇ……というか一軒家!」


 小さいながらも綺麗な家を見上げて、ミケーネは驚いた。


「その年でこんなお家を買って一人住まい……凄いっ」

「いやいや、これ借り物です。借家です、借家」

「だよね~」


 始めから理解していながら、彼女はわざと驚いて見せたのだ。それはそれとして、予想以上に家が立派だった事にビックリしたのは事実である。ミケーネが住まいとしている宿屋の貸し部屋と比べたら天と地の差、羨ましくないと言ったら嘘になる。


「さあ、どうぞ」


 家主によって開けられたドア。


 ミケーネは一言、おじゃましまーす、と口にして扉を潜った。

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