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第41話 ミケーネの怖~い話

 アーベンの街中を上機嫌な冒険者が行く。

 愛用の得物(杭槍)に狩った獲物(でっかい蜥蜴)を括りつけて。


「にゃーふ、にゃふにゃふ、ミケーネちゃん。今日も今日とて、だいかつや~くっ」


 自作の妙な歌を口ずさみ、彼女は意気揚々と組合を目指す。今回の依頼は森に潜む蜥蜴の狩猟であった。期待された成果は皮や肝の採取であったが、ミケーネは丸々一頭持ち帰る事が出来た。となれば、依頼書に書かれた以上の報酬も期待できるというものだ。


 すれ違う町の人々が道を開ける。彼女が引き摺っている物を見て。


 槍に括った蜥蜴は大きすぎ、ズルズルと引き摺られている。狩ったその場である程度の血抜きはしてきたが、大地に擦られれば色々と()()()もの。地面に落とし物で線を引きながら上機嫌で歩く人物、そんなものに近付きたいと思う者はいないのだ。


「ふんふんふふ~ん、報酬マシマシ、きょ~うのご飯は美味しいぞーっ」


 足取り軽くステップを踏む。ただでさえ普通の槍よりも重量のある杭槍パイルランスを肩に担ぎ、それの何倍もの重量がある蜥蜴の重さも載っているというのに。獣人であるミケーネの身体能力ゆえに出来る、筋力の無駄遣いである。


「らら~んららら、おぅ?」


 珍妙な歌が止まる。自身を避ける者ばかりの中で、ミケーネの正面を振り返る事無く歩く者がいたのだ。その人物は重量のある大きな木箱を両手で抱えるようにして持っており、後ろを見るだけの余裕が無い様子であった。


 タッタッと小走りで近寄り、ミケーネはその人物が持つ木箱を持ち上げた。


「あっ!?」


 腕に掛かっていた重量が突然軽くなった彼女は驚きの声を上げる。


「リーシャちゃんっ、こんにちは」

「ミケーネさん!」


 木箱を盗られたかと思った所で見知った顔に挨拶されて、リーシャは安堵した。


「驚くじゃないですかー」

「あはは、ごめんごめん。なんだか大変そうにしてたからさ~」

「もう……ひと声かけて下さいよ~」


 ジョニーを介して知り合ってから少し。ほんの短い時間ではあるが、既に二人は仲良くなっていた。そもそもが女同士であるという部分もあるが、ミケーネの人懐こい性格による所も大きいだろう。


 ひょいと持ち上げた木箱を左肩に担ぐ。その一方で荷物付きの槍も右手から放さない。体格以上の力持ち、そんなミケーネにリーシャは驚いた。それも当然だ、彼女が両手で抱えるようにして持っていた重量物を軽々と運んでいるのだから。


 アーベンに来てから短いにもかかわらず、彼女は既に町に馴染んでいる。野菜売りの露店のおじさんから貰い物をして、食事処のおばちゃんから餌付けされるのも最早日常である。


「むっふふ~。食費が浮いて助かるぅ」


 打算は無いが結果として自分の利益となっている。毎日の挨拶と無駄話が良い方向に作用しているのだ。人徳、と言って良いのかは微妙な所だが、少なくとも冒険者としてマイナスにはなっていない個性の一つと言えるだろう。


「で、これドコに持ってくの~?」

「私の家です。あ、運ぶのは組合までで良いですよ。家、すぐ近くなので」

「いやいや、請け負ったお仕事は最後までやらなきゃダメダメ。冒険者たるもの、己の言葉と行動に責任を持て! なのですよん。というわけでお宅まで配達しますとも~」


 先生より賜った言葉を発して、ミケーネは胸を張る。


 その時、彼女の耳の傍でガサリと音がした。


「んむゃ?」


 がさがさゴソゴソと木箱の中身がざわめく。運んで歩いているために中身が揺れて音を立てているのだろうか、そう思ってミケーネは試みに足を止めた。


「……動いてる、ネェ」


 ざざざざざ、と箱の中で幾つもの小さな生物が蠢いている。それを確信した彼女は何とも嫌な顔をして、それの持ち主に質問を投げかけた。


「リーシャちゃん。コレ中身、何……?」

「さざなみ虫ですよ、さざなみ虫。お薬の材料なんです」

「あー、なるほど。道理で中で動き回ってるわけだ」


 海の波が被る岩の上、そこをサカサカと八本脚で素早く駆け回る虫。広葉樹の葉のような形で、人の拳よりも二回りほど小さい。体には三つの節があり、上から見ると寄せて返す波に模様を付けられた砂浜のようである。


 食べるような物でも武具に使うような素材でもないため、ミケーネは少々気色悪い虫に用などない。そんなものを箱に一杯、新鮮なまま仕入れるのは薬士特有の買い物であると言えるだろう。


「あっ。虫、苦手でしたか?」

「うんにゃ。冒険者やってれば慣れるから……ねぇ……」


 リーシャの気遣いが何やらミケーネの古傷を抉ったようだ。遠い目をしながら、彼女は悲惨な過去の出来事を思い出す。


「な、何かあったんですか……?」

「……聞きたい?」

「怖い気もしますけど、ちょっと興味はあります」

「そっか……じゃあ、お話しよう」


 静かに僅かな笑みを浮かべて、ミケーネは話し始めた。


「あれは今から三年前、ジョニーせんせと別れた後のお話……」


 師の下から巣立った後、彼女は一人の冒険者として仕事を始めたのである。


「アタシは仲間と一緒に、魔物討伐の為に森に足を踏み入れたのさ」


 一歩一歩目的地へと進みながらも、その歩みは段々と遅くなっていく。


「あの日は……とっても暑い日だったなぁ。沼もある鬱蒼とした森の中は空気が淀んでて、奥へ進むのも一苦労だったんだよ」


 中身が動いて重心がズレた木箱を揺らして、ミケーネは体勢を整える。


「沼を抜けた先の地面は一面が緑の苔に覆われてた。アタシ達は魔物がいる可能性を考えて、それぞれがそれぞれの方向を警戒しながらゆっくりと進んでいったんだ。でも、その時」


 彼女の声色が変わった。リーシャはごくりと固唾を呑む。


「アタシの足が地面に吸い込まれたの!」

「えぇっ!?」

「地面が無かった、苔で隠されてたんだ、穴が。アタシはぽっかり空いたそれの中にずざっと落ちた」


 ブルリとミケーネは身体を震わせた、その時の悪夢を思い出して。


「でも怪我はしなかった、何かが身体を受け止めてくれたから」

「何か、って何ですか……?」


 恐る恐る訪ねるリーシャに、ミケーネは怪しく笑みを浮かべながら答える。


「虫、蟲、ムシ。何百何千何万という小っちゃい虫。それに気付いた瞬間、アタシの身体中にそれが登ってきてゾワワワワッってェ!!!」


 脅かすと同時に、うわぁんと泣き出しそうな顔で彼女は言い放った。恐怖体験のおすそ分け、下手な幽霊話よりも生々しい地獄の伝達である。


 が。


「それは……大変でしたね」

「ありゃ? もっと怖がってくれるかと思ったのに……」


 想像が出来なかったのだろうか、リーシャは全く怖がっていない。先程まで緊張した様子で話を聞いていたはずなのに、とミケーネは首を傾げた。


「あはは、薬士にとって虫は日常ですから。薬の材料として保管してた百足が実は生きてて、寝てる間に全身を這われた事もありますし、間違えて虫集めの薬を頭から被って大変な思いもしましたよ」

「ひぇっ」

「あ、あと捕獲して観察してた蝶が実は毒持ちで鱗粉吸い込んで倒れた事もあったかな……。ああそれに、仕舞っていた虫の卵を薬の材料として使うのを忘れてたら、部屋の中で羽化して大変な事に……」

「ぎゃぁっ!」


 怖がらせようと過去の出来事を話したら、その十倍の威力で殴り返された。残念な事にミケーネは敗北してしまったのだ。


 そんな苛烈な世間話をしていると、彼女達は一つ目の目的地へと到着する。


「リーシャちゃん、ここで待っててー」


 一旦木箱を地面に置いて、ミケーネは組合の入口を蹴り開けた。

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