第39話 黒焦げ原
アーベン東、草原。
先日切り開いた道を辿って、ジョニー達は奥地を目指す。だが森とは違って目立った目標が無いこの場所は進む方向を決めにくい。時折小さな池や沢があって地図作りの目印にはなるが、遠くから発見できるようなものではないのだ。
「よっこい、しょッ!」
ミケーネが振り下ろした杭槍が魔物の頭蓋を砕き割る。槍としてではなく完全に鎚としての、非常に乱暴な使用法だ。それでも槍の柄が圧し折れないのは、特注で彼女専用に作り上げたそれなりに値の張る武器であるが故であろう。
「だっ、はぁッ!」
鋭く巨大な二本の角を振り回す鹿の攻撃を防ぎ、受け流す。ロイは自身の倍以上の重量を持つであろう魔物の連撃を上手く捌いていく。先の鉄鎧の竜との戦いを経て、彼は一歩一歩強くなっているのだ。
「ほいっ」
片手で無造作に振り下ろされた超重量の斧が一閃。ロイが相手していた鹿を斬り裂い……いや、圧縮して粉砕した。胴体と四本の脚全てが一瞬で大地の染みに早変わりする。残る頭は振り回していた角の重量によって、空中で回転しながらすっ飛んでいった。
「わっ、きゃぁ!?」
自分の方に飛んできた生首に驚いてリーシャが叫ぶ。まさかそんな物が飛んでくるなど予想もつかない事、避けようにも咄嗟に身体が動かない。
「そら、よっ」
ジョニーによって振るわれた鉄の短剣が生首を打ち飛ばす、敢えて刃で斬らずに剣の腹で叩いたのだ。更に回転力を加えられた鹿の残骸は天高く舞い上がり、草原の何処かへと消えていった。
何度目かの魔物の襲撃を余裕を持って乗り切り、五人揃って更に先へと進む。
「よいしょ」
先頭を行くリベルの薙ぎ払いによって、建物一つ分の範囲の草が刈られた。その手にあるのは斧ではない、ロイから借りた鉄の長剣だ。それを一度振るっただけで、人の手ならば半日はかかるであろう除草作業が終了したのである。
「アホウ、何してやがる」
「んみゅ」
ペシンと叩かれ、彼女は不満そうな顔でジョニーを見上げた。彼女は荷物の一つである両手鍋を、背中に紐で背負うでもなく帽子のように被っている。全く不必要な兜であり、ジョニーの攻撃による衝撃を増幅させる役割しか果たしていない。
「無意味に目立つ事をするな、魔物が寄ってくるだろうが」
「一緒に斬ったから大丈夫」
剣を指し棒にしてリベルは開けた場所を指す。その真ん中には、胴を上下に分断された大きな熊の魔物の死骸があった。二足で立った状態のままの下半身を見るに、何の反応も出来ずに無情な死を迎えた事が分かる。
「あっはっはー、むっちゃくちゃぁ~」
「リベルさんを見てると、自分が弱いとかどーでも良くなるッスねぇ」
経験ある冒険者も新米の冒険者も、どちらもただ笑う事しか出来ない。多少の魔力を纏わせているとしてもたった一振りでこんな事が出来る者など、方々を旅してきたミケーネでも知らないのだ。
「はぁ……まあ地図上の目印に丁度良いか。リベル、もう一仕事だ」
地図にサラサラと草無き地を書き入れながら、ジョニーは彼女に指示を出す。それを聞いてリベルはその場にしゃがみ込み、両手を地面に付けた。
「あ、お前ら、少し下がっておいた方が良いぞ」
「え?」
彼が言ってリーシャが首を傾げた、その瞬間。
巨大な火柱が大地から噴き上がった。
「どわぁっ!?」
「うおおおー! リベルちゃん、魔法もイケるんだねー」
草が刈られた建物一つ分の範囲、そこを轟々と火焔が焼く。野焼きとは比較にならない、もはや噴火と言った方が正しいような炎の噴出である。およそ十秒のあいだ草原を焼いた凄まじい火災は、役目を終えた所で一瞬のうちに消え失せた。
残されたのは、二度と植物が生えないであろう真っ黒に焦げた大地だけである。
「終わった」
「ごくろーさん」
気の無い労いの言葉をリベルに送ったジョニーは、黒焦げ原へと足を踏み入れる。超高温で焼かれた植物は灰も残しておらず、大地は高温で熱せられた事で少々柔い煉瓦のように固まっていた。まだ熱を残している地面は、所々から煙を漂わせている。
リーシャ達も彼に続く。視界を遮る物が完全に焼失した黒焦げ原は、どこから魔物が接近してきたとしても即座に発見できるだろう。代わりに障害物が無い事で隠れて敵をやり過ごす事も出来ないが、背の高い草が物見を邪魔する中にいるよりは百倍マシと言える。
豪炎が盛った強烈な魔力が残留するこの場所に、そもそも魔物が近寄らない可能性は高い。期せずして、ジョニー達の探索終了後にやって来る冒険者たちにとって便利な野営地が出来上がったのだ。
「ここまでやったなら、ついでに遠くから見える目印も作るか」
そう言って、黒焦げ原の中心でジョニーは屈む。大地に魔力を流し込み、土と石を凝縮させて硬化させた。続いてそれを隆起させる、細く長く、そして高く。
「わぁ~」
頂点を見上げてリーシャが声を漏らした。
国の旗を掲げる棒と似た形の柱。人の背丈の五倍は高さのあるそれは、背の高い草に阻まれる草原の中で多少は目立つ人工物だ。少なくともジョニー達が切り開いてきた道を辿ってきた冒険者にとっては、十分な目標となるだろう。
「こんなモンか」
「師匠、こんな事出来るくらい魔法得意だったんスね」
「ジョニーせんせ、流石の魔法ですね~」
初見のロイと何度目かのミケーネ、それぞれが師の術を見て感嘆する。
「得意って程でもない、基礎魔法の応用だ。ロイ、お前でも練習すればこの位は出来るようになるぞ」
「えっ、本当ッスか!?」
「ねーねー、アタシは? アタシは~?」
「ミケーネ、お前は……諦めろ」
「ええ~~~~」
「ふふふ」
非情な現実を突き付けられてミケーネは唇を尖らす。そんな彼女達のやり取りが面白く、リーシャはくすくすと笑った。
「あーっ、リーシャちゃん笑ったぁ!」
「ご、ごめんなさいっ」
ビッと指さされて彼女は頭を下げる。
「いーよー、リーシャちゃんなら~。ジョニーせんせだったら殴るけど~」
「ほう、やれるモンならやってみろ。またぶん投げて沼に落としてやるぞ」
「師匠とミケーネさんの昔の冒険、なんか楽しそうッスねぇ」
二人の愉快な過去を想像して、ロイは笑った。
「ごはん」
「よし、さっさと野営の準備するぞ。じゃないとリベルが暴れ出す」
切り替えるためにパンと手を叩いて、ジョニーが指示を出す。それぞれが分担して持ってきた野営装備をリュックサックから取り出し、彼らは準備を整えていく。偶然にも近くには沢があり、水の確保も容易であった。
こうして彼らは初めて、配信のために準備した野営を開始した。




