第38話 お料理準備会議
「―――というわけなんだが」
もはや集合場所になった訓練場の一角。
ジョニーはクライヴから得た配信の新しい取り組みを話した。
「ふふふ、ジョニーさん、気が早いですね」
口元に手をやって笑いつつ、リーシャが指摘する。彼の手には道すがらで買ってきた深さのある両手鍋があった。小さな平鍋一つだった今までは調理するにしてもせいぜい二人分を作る程度が限界。深い鍋があれば、人数分の煮炊きをする事も出来るだろう。
「まあ、な。こういうのは思った時が行動する時だ。あれこれ考えると、金使うの渋っちまうからな」
コンと鍋を叩き、得意げにジョニーは言った。ただの散財の言い訳である。
「つまりこれからは、野営でもっとウマい物が食える、って事ッスか!?」
「最初に考えるのがそこかよ」
「大事な事ッス!」
「まあ否定はしないが。火の中に放り投げるよりは凝ったメシが作れるだろうな」
ロイはグッと拳を握る。
実家では家族が多いために食べられる量が少なかった。師と出会う前は金を碌に稼げずに粗食に耐えてきた。経験を積んで多少実入りの良い依頼を請けられるようになってきたがそれでも生活はかつかつで、他人が作った料理を食べる事など殆どない。
より良い食べ物を無償で得られる、これが喜ばずにいられるか、である。
「むふ~。そういう事ならアタシが腕を振るう時だね!」
「止めろ止めろ、お前は料理なんていう器用な事が出来るような性分じゃ無かろうが。どうせ煮るか、火に焼べる位しか調理法無いんだろ」
「なんで言い切れるんですかー」
「違うのか?」
「違いますん!」
「どっちだ」
「煮るか、火に放り込む位しか出来ませんっ」
「胸を張って言うな」
「でもー、それでも美味しい作り方は学んだ~のでっ、そのうち披露致しましょう!」
根拠のある自信を持っているらしいミケーネは自身の胸をドンと叩いた。張り切ったせいで威力が強すぎた様で、彼女はゲホゴホと咳きこんだ。
「食べれれば良い」
「お前はブレ無ぇな……」
「リベルちゃんは一人で旅をしてきたんだよね。道中の食べ物はどうしてたの?」
「生か、燃やす」
「両極端……え? ちょっと待って、生で食べたのって果物とかッスよね?」
「?」
ロイの疑問に対して、何を言ってるのかという顔でリベルは首を傾げた。そもそもが焼くではなく燃やすという言葉が引っ掛かるが、それ以上の引っ掛かりを発見してしまった。彼もリーシャも、それ以上突っ込むのは恐ろしいと考えて閉口する。
「リベルに食事を任せなければ大丈夫だ。俺達はコイツとは違って下手な物を食べれば腹を下すし、猛毒を飲んだら死ぬからな」
「…………え? リベルちゃんは毒を飲んでも死なないって言いました?」
「?」
またも何か変な事でもあるのか、という不思議そうな顔で首を傾げるリベル。薬士としては完全に知識の範囲外であり、そんな人間がいること自体が超常現象の一つである。
「美味しい料理を配信で見せようって相談してるのに、ゲテモノと毒の話になってるよぉ……」
ミケーネが嘆いた。
「ごほん、話を戻そう」
わざとらしく咳払いをして、ジョニーは元の話へと軌道修正する。
「折角なら、それぞれが得意な料理を見せるのが良いかと思ってる」
「ジョニーせんせ、さっきアタシに料理するな、って言ったー」
「三年四年見ない間の成長に期待しているんだよ」
「えへへー、じゃあ頑張りまーす」
ミケーネは頭を掻きつつ笑う。師の言葉が完全なる社交辞令である事は理解しているが、折角なので否定せずにそのままの良い意味で受け取る事にしたのだ。
「お前たちは料理できるか? リーシャに関してはあまり心配していないが」
「はい、私は普段から料理してますから大丈夫ですよ」
「オレは……あ、あんまり得意じゃないッスけど、がんばります!」
「よしよし。確認せずに決めていたが、とりあえず大丈夫そうで良かった」
腕を組み、満足そうにジョニーは頷いた。
そんな彼の服をちょいちょいと引っ張る者がいた。
「私も手伝う」
「止めろ」
薄紫髪の少女の健気な申し出を、彼は一言で叩き切る。
「どうして?」
「俺達を殺す気か」
目を瞑って彼女の事を見ずに、眉間に皺を寄せてジョニーは言った。
「死んでも生き返らせられる」
「死ぬ事を前提にするな」
手刀がリベルの頭に落ちる。が、彼女はそれをサッと躱した。そうなる事を予測していたジョニーは素早くもう一発を繰り出して、今度は正確にリベルの頭を捉えた。成敗された不届き者は、打たれた頭を不満そうに擦る。
そんな彼女の様子に鼻をフンと鳴らして、ジョニーは話を続けた。
「で、問題になるのは材料だ。どれもこれもを探索先で入手するのは難しい、となると用意して持っていく必要がある。しかし道中は数日は掛かる、物によっては腐るまではいかなくとも食材は痛むだろうな」
彼の発言を受けて、リベルを除く三人は頷く。
「だから何か手は無いか、と考えてる。魔法で冷却するにしても、何があるか分からん探索中に魔力を放出し続けるのは賢明じゃないだろう」
腕を組んでジョニーは唸る。万が一魔物に襲われた際に魔力欠乏状態となっていたら本末転倒だ。配信はあくまで探索という仕事の合間のおまけに過ぎない、いま行っているのも、折角なら、というだけの会議である。
「あ、それなら」
ポンと手を叩いてリーシャが何かを思い出した。
「これを使ってみませんか?」
そう言って彼女は、飲み物を入れてきたカゴの中から手のひら程度の大きさの紙包みを取り出す。深い茶色の油紙は何処か独特の光沢を持っており、リーシャがそれを開くと少しだけパリパリと音がした。
二重に包まれていたのは、厚みのある扁平な形をした薄い水色の塊だった。
「なんスか、それ?」
「幾つかの鉱石と植物を砕いて混ぜ合わせて作った保冷剤だよ。そんなに強くは冷えないけど長時間冷気を発するの。採った素材をダメにしないようにするために、昔の薬士が発明した物なんだ」
「ほぇ~、そんなのがあるんだー。アタシあっちこっち旅してきたけど、初耳だぁ」
「町でお店を構えてる薬士なら素材は買えるからコレはいらないし、そもそも旅薬士と出会う事はあんまり無いから知らないのも当然ですよ」
しげしげと保冷剤を眺めるロイとミケーネに彼女は微笑む。
「ふむ、じゃあ食材の痛みは何とかなりそうだな」
「一日二日ならどうにか出来るはずです。とりあえず幾つか調合しておきますね」
「ああ、頼んだ。流石に無償は良くないな、依頼として報酬を出そう」
ジョニーの申し出に対して、リーシャは首を横に振った。
「いえ、大丈夫です」
「そう言われてもな」
「本当に問題ないんです。ジョニーさんと探索する中で色々な植物鉱物を得られてますから。報酬というならそれで十分、というか私がお礼を支払わなくちゃいけなくなります」
彼女は少し困った顔で笑う。入手した植物などは新たな薬となり、既にそれを組合や商店に卸しているのだ。当然ながらその対価も得ている、その額は訓練場に持ってくる軽食を少し豪華に出来る程度には高いのである。
「そうか。そういう事なら気にしないでおくぞ」
「はい、そうしてください」
リーシャはニコリと笑う。
「それじゃ、明日は朝一で出発だ。今回は俺が作ろう」
こうして、配信ウケを狙った準備会議は終わった。




