第37話 ウケるもの
カランコロンと扉のベルが鳴る。その下を潜って商人組合の建物へと入ってきたのはジョニーだ。簡単な依頼の採取物をその手に持っての帰還である。
「いつもよりも難しい顔してどうした、また竜でも出たか?」
「ダルトンか。そうそう何度も町の危機が起きては心臓が持たん、そうではない」
眼鏡を外して布で拭きながら、クライヴは溜め息を吐いた。
「以前、鉄鎧竜を倒す前にお前に言った事を覚えているか?」
「あぁ? あの出来事の前……? 流石に大事すぎて直前の事なんざ覚えてねぇよ」
「そうか、いやまあそうだろうな。そのせいもあるのだろうが、関係も無いか」
「なに一人で納得してんだ」
採取物が入った布袋をカウンターに置いて、ジョニーは適当な椅子に腰かける。手が空いている組合員に声をかけ、茶を一杯淹れてもらった。それを啜りながら、彼はクライヴに話せと促す。
「リベル嬢についてだ」
「あー、あー、思い出した思い出した。魔物の素材押し付けておきながら対価受け取って無ぇんだったな、伝えるの忘れてたぜ」
「いやそれはもう良い。受け取られない以上は、その金は商人組合預かりの貯金としておく事になった。どの町で引き出そうとしても大丈夫なように手配している。彼女の容姿と実力は稀有だ、他の町の組合員であってもすぐに分かるからな」
「まあアイツは目立つよな」
町に住む、少し良い家の娘。外見だけならば彼女はそうである、外見だけならば。その実は十分な実力を持つ冒険者を手加減しながら圧倒し、竜を容易に斃す異常な存在である。
「……ん? じゃあ何の問題も無ぇだろ」
「彼女に、やるならやると先に言っておくように、と伝えてほしいのだ」
「おいおい、話が見えねぇぞ」
頼みごとをされたとしても、その意味が分からなければどうにも出来ない。ジョニーは肩をすくめて首を傾げた。クライヴは眼鏡を掛け直し、その依頼の理由を話し始める。
「この町から南東。国の境に近い所に放棄された砦がある」
「ああ、あるな」
「そこに三百人からの傭兵崩れが入り込んだ」
「あー、何となく分かってきたな……」
先に続くであろう話を予測して何処か安心し、ジョニーは貰った茶を啜った。
「連中は野盗だ。隊商を襲い、旅人を拐かし、そして気に入らない相手なら殺す」
「人数もいるとなると面倒だな。まあ、普通なら」
「ああ。王国と組合の協議の末、兵士と冒険者を集めて討伐隊を編成する事になり、アーベンにも支援体制構築の連絡がつい三日前に届いたのだ。……が」
必要無くなった指示書類を、クライヴはくずカゴに放った。
「先にリベルの奴が一人で始末した、と」
「ああ、ふらりとやって来て『遊んできた』と報告されたよ。冒険者を護衛に組合員を確認に走らせたが、途轍もない惨状だったそうだ」
「どの程度だ?」
「ひき肉で砦が真っ赤」
「中を掃除するよりも魔法でフッ飛ばして更地にした方が処理が早そうだな、それは」
ジョニーは呆れて笑い、クライヴは溜め息を吐く。野盗に身を窶したとはいえ、相手は人間相手の荒事に慣れた傭兵三百人。それをたった一人で、遊びと称して全滅させるなど常識外れも甚だしい。
「今朝一で王都へ早馬を走らせた。連絡は……まあ間に合うだろう」
「お疲れさん」
「急な支援体制構築で色々と協議を始めた所で肩透かしを食らって、正直を言うと精神的に色々と疲れた」
渋い顔をしながら彼は席を立つ、その手に持ったカップの中身は既に空だった。
「ああ、そうだ」
他の組合員に受付を任せて裏へ行こうとした所でクライヴは立ち止まる。
「奥地との境にある鉄鎧竜のブツ切り死骸と、それが封じられていた遺跡。その調査に近いうちに魔導士が来る予定がある」
「ほぉ、何か分かると良いな。で、なんでそれを俺に?」
わざわざ話す意図が分からず、ジョニーは怪訝な顔をした。
「異世界と繋がる窓、だったか。それに関する書物を探している事をその人物が知って興味を示してな、もしかしたら何か分かるかもしれんぞ」
「お~、そりゃ良い。ま、期待せずに待っておくとしよう……おっとそうだ、俺も少し聞きたい事というか、相談が有ったんだった」
「む? 珍しいな。少し待て、コレを片付けてから聞こう」
「お、じゃあ俺のカップもついでに頼む」
ずいっと突き出された空のカップを受け取り、クライヴは渋い顔をして去っていく。少し待っていると、洗い物に邪魔だったのか背広の上着を脱いで腕まくりをした彼が戻ってきた。
「で、なんだ?」
机を挟んで反対側に座り、クライヴは問う。
「配信についてなんだがな」
「窓の向こうの異世界人と話していると言っていたやつだな」
「ああ。探索に連れてく人数も増えて、持ち込める物の量も多くなってきた。んで、異世界人にウケそうな事や物が何かないかと思ってな」
配信者ジョニーはニヤリと笑った。
「分かるわけがないだろうが」
「そう言わずに。配信に関する事は話してるだろ?」
「参加していないものに、どう助言しろと……」
無茶な頼みをされて、クライヴは腕を組む。目を瞑って少し考えてから、彼は口を開いた。
「異世界人も我々と同じ人間。となれば我々が好む事物がそのまま使えるだろう」
「あー、そういや連中も人間だったか」
「おいおい、そこからか?」
「いや、配信してるとそういう生命体というか何というかに思えて、どうも人間相手に喋ってる感覚が時たま無くなってな。不思議な感覚だぞ、相手の姿が見えない状態で会話するってのは」
顎に手を当て、ジョニーは既に日常の一つとなった配信について考える。よくよく考えてみれば、姿が見えない相手と話をする等という事は普通ではない。如何に魔法を駆使したとしても、そんな芸当が出来る人間など世界に一人いるかいないかである。
不思議、不可思議、摩訶不思議。いきなり訳も分からずに始まった配信活動だが改めて考えてみれば、どれほどあり得ない事をしているかが分かるというものだ。
「商人の目から見て、一般的な客にウケるのは何だ?」
「地域や状況によって様々ではあるが……まあ一番は『食』だろう。遠方までその地域の名物を食べに行く、という者もいる位には魅力的なものだ」
「なるほど。今までも魔物を食う所を見せてはいたが、確かに盛り上がってはいたな」
過去の配信で見せた食事風景は視聴者を沸かせていた。美味そうであるという一方で、虫を嫌がる形での盛り上がりもあったのだが。なんにせよ、彼らにとって異世界の食事というのは、それだけで見る価値を持っているようである。
「よし、とりあえずはメシの方向で配信してみるか」
パンと膝を打ち、ジョニーは次なる配信のための準備を始める。




