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最終話 旅立ち、そして未来への一歩

 高校卒業を経て、三月後半。僕・大友遼はB大学の入学手続きを完了し、合格者ガイダンスや教科書購入の案内などを受けながら、下宿か自宅通いかを最終検討している。


 結論として、前期の間は家から通うことにした。電車で1時間ちょっとだが、朝早いだけで通えない距離ではない。サークル活動が本格化したら、改めて下宿を考えればいいと叔母さんとも話して決めたのだ。


 岸本亜衣は音大入学が決まったことで、すでに荷造りを始めている。父親が転職後の落ち着いた職場で有給を取り、彼女の下宿先を見つけて契約する段取りを進めているらしい。そこは大学から電車で30分ほどの距離にある小さな物件で、家賃は安い分、古いらしいが、彼女は「贅沢言ってられないよね」と笑う。


 「4月初めにはもう引っ越すから……。大友くんと今のうちに会っておきたいけど、引越しの準備もあるしバイトの手続きもしなきゃ」


 彼女が焦り気味に言う。僕も同じだ。大学のガイダンスやバイトの面接を予定しているので、自由な時間は少ない。


 それでもお互い“最後に何か思い出を作ろう”という気持ちがあり、短い旅行を考えたこともあったが、さすがに時間も金も余裕がなく、諦めざるを得なかった。代わりに、近所で何度か食事デートをし、思い出話を語り合う。それだけでも幸せだが、同時に「もう少し一緒にいたい」という切なさが募る。


 四月を迎える直前、彼女はいよいよ下宿先へ引越しを決行。僕は荷物運びを手伝いたかったが、父親が「車で二人分乗せるのでいいから」と言い、彼女自身も「あまり大人数いらないよ。落ち着いたら連絡するね」と言うので、結局立ち会えなかった。


 引越し当日、夕方に彼女から「なんとか片付いた。部屋は狭いけど、まあなんとかなるかも」とLINEが来る。写真が添付されているが、古めのワンルームに段ボール箱が積まれている状態だ。


 僕は「お疲れ、無理しないでね。今度落ち着いたら行くよ」と返信し、彼女からスタンプが返ってくる。


 (こうして実家を出るのか……音大か……)


 胸にぽっかり穴が空いたような感覚。高校生時代は毎日顔を合わせていたのに、これからは電車とバスを乗り継いで1~2時間かかる距離になる。大学が始まればお互い忙しく、会える日は限られるだろう。


 「でも、2人は付き合ってるわけだから、遠距離ってほどでもないのかな」と自分に言い聞かせるが、音大の課題や練習が始まれば会えない週が続くかもしれない。なんとなく不安と期待が入り混じる。


 「大丈夫、絶対に続けられる」――そう思うことで自分を奮い立たせる。


 そして、四月。僕はB大学に新入生として通い始める。オリエンテーションや履修登録が目まぐるしく、大学構内は大勢の新入生でごった返している。高校とはまったく違うスケールの施設や講義棟に圧倒されつつ、サークル勧誘のビラをもらったり、学食の場所を確認したりで初日から大忙し。


 吹奏楽サークルもいくつかあるらしく、学内を歩くだけで「楽器経験者の方~!」と声をかけられる。正直興味はあるが、まずはクラスや必修科目の単位を確認し、時間割を組まなければならない。


 初回のオリエンテーションの日、早速仲良くなった同じ文系学部の男子数人と「入学式のあとでどっか飯行こうか」と盛り上がるが、僕の頭には「岸本さん、今頃どうしてるかな……」という思いが離れない。


 案の定、夜にLINEを見てみると、彼女から「今日、音大の入学式だった。もうクタクタ」と来ている。アットホームな雰囲気だけど練習室やピアノ室が多く、授業のシラバスを見るだけで気が遠くなるという。


 「そっちも大変そうだね。俺のほうもサークル勧誘が凄まじいけど、吹奏楽サークルは一度見学してみるよ」と返すと、彼女は「おお、やっぱり続けるんだね! 応援する。私も大学オケ(管弦楽)か吹奏楽団に入るか迷ってる……」と嬉しそうなスタンプ。


 離れていても、音楽を続ける気持ちは同じ。遠隔で繋がっていると感じるだけで心が落ち着く。


 大学生活が始まって数週間後、彼女が下宿先に落ち着いたという報告を受け、僕は初めて彼女の音大と下宿を訪問することになった。土曜の午後、授業がない日に電車を乗り継ぎ、小一時間かけて駅を降りると、そこにはほとんど見知らぬ街並みが広がる。


 指定された場所で待っていると、彼女がキャンパス帰りの服装(音大の楽譜バッグを持っている)で笑顔を見せて駆け寄る。「よく来てくれたね、大友くん!」


 「うん、初めてだよ、こんなところ……結構遠かった」


 「ごめんね。でもようこそ!」


 さっそく下宿先へ移動すると、築年数はそこそこ古いが、必要最低限の家財道具は揃っている。六畳ワンルームにミニキッチン、窓の外は雑多な住宅街。決して豪華ではないが、彼女は「一人で住むには十分だよ」と悪くなさそうに話す。


 部屋に上がると、狭い空間ながらも清潔感があり、楽譜や音楽書が散乱しているのが彼女らしい。僕はなんとなく落ち着かない。「男が一人で女子の下宿に来るって……いいの?」と気になるが、彼女は笑って「父も認めてるよ。変なことしなきゃ大丈夫って」と軽口を叩く。


 「いや、別に変なことする気は……」と赤面しつつ、テーブルに腰を下ろしてお茶を頂く。彼女がコンビニスイーツを用意してくれていて、「大したものないけど」と申し訳なさそうだが、僕には十分ありがたい。


 その後、二人で音大のキャンパス周辺を散歩する。練習室がいくつもある校舎を外から眺め、彼女が「あそこで個人練習してるんだ。先生のレッスンも週に何回かあるし、課題多くて大変」と案内してくれる。


 大学構内には音楽好きな学生が集まる雰囲気が漂い、学食のメニューにはちょっとした音楽用語をもじった名がついていて面白い。僕は「へぇ、楽しそうじゃん」と羨ましがるが、彼女は「あはは、見た目はいいんだけど、実際勉強ばっかりよ。遊んでる余裕ないし、授業料も高いからバイトしないと……」と苦笑。


 最終的には「遠いけど、また来るよ。次はもっとゆっくり」と約束し、帰り際に「正直、こうやって離れてるの寂しいけど、頑張ろう」と二人で抱き合う。人通りが少ない場所を選んではいるが、やはり恥ずかしさはある。


 「ありがとう、本当に。大友くんが会いに来てくれるだけで救われる……。私も時間作ってB大にも行くから、そっちのキャンパス見せてね!」


 彼女の瞳はきらきらしているが、その奥に疲れも感じる。きっと忙しい大学生活が待っているのだろう。僕も同じくサークルやバイト、単位取得に追われる日々になるかもしれないが、それでもなお、この繋がりは大切にしたい――そう心から思える。


 こうして、四月の下旬。高校を卒業してそれぞれ新生活が始まり、僕と岸本さんは物理的に離れて暮らすことになる。お互いの大学は電車で1時間以上かかり、授業やサークル、バイトをこなしながらタイミングを合わせるのは簡単ではない。しかし、僕らは「月に一度はどこかで会おう」と決めた。


 彼女は音大でレッスン漬けの毎日。ソルフェージュ、楽典、ピアノやクラリネットの実技、アンサンブル……休む暇もなく楽譜に追われ、下宿に帰ったらバイトという生活。その合間に僕とのLINEや電話で「早く寝ないとまた明日が辛い」と言い合う。


 僕もB大で文学部に入り、語学の授業やゼミ配属、サークル勧誘など慌ただしい。吹奏楽サークルに見学に行ったが、レベルがそこそこ高く本格的で、平日夜や週末にガッツリ練習があるらしい。バイトも始めたいが、時間が足りるだろうか。


 “遠距離”ではないが容易でもない――そんな新生活の中で、二人は変わらず「好き」という気持ちを持ち続けている。会う回数は減っても、心が離れるわけではないと信じているし、もし将来進路が変わったとしても、お互いを支え合えるはずだ。


 もし彼女が途中で留学や編入を考えるかもしれないし、僕も将来の進路をどう設定するかで勤務地や大学院の進学も考えられる。だが、高校時代に築いた“この絆”は、簡単には壊れないと感じる。


〜完〜

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