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第44話 残された可能性と卒業式

 三月に入り、卒業式が近づいてきたタイミングで、岸本さんの第三志望の音大の合格発表がある日が来る。一般大が軒並み落ち、音大も二校に落ちて残るはここだけ――まさに崖っぷち。彼女は「ダメ元かもしれないけど、奇跡を信じてる」と言っていた。


 僕はB大へ進むことがほぼ確定しており、サークル情報や下宿の検討を進めている最中だが、彼女の結果次第で今後の二人の関係も大きく変わりそうで落ち着かない。


 当日、彼女は「サイトが開かない」「また繋がらない!」と朝から混乱。昼過ぎに学校で追認試験の残務を片付けていた僕のところに駆け込んで来て、「どうしよう、繋がらない……」と半泣きだ。僕がスマホで試してもサーバーダウン状態。しばらくして復旧し、彼女が自分の受験番号を入力する――周囲の友人たちが遠巻きに見ている。


 「あ……あった……! 受かった……嘘……!」


 突然、彼女が画面を見て固まり、次の瞬間「受かったああああ!」と涙声で叫ぶ。クラスメイトが「やった!」と拍手し、一部の男子が「おめでとうー!」と抱きしめに行こうとするのを、彼女は慌ててかわすが、とにかく合格だ。


 僕は興奮と安堵で胸がいっぱいになり、彼女と視線を合わせて「おめでとう!」と叫ぶ。彼女も「うん……ありがとう……」と号泣に近い表情。


 しかし、その音大は通学がかなり遠く、しかも規模が小さい。学費もそれなりにかかるし、家計的には厳しいのは変わらない。後日、父親と話し合った結果、「下宿を前提に奨学金とアルバイトで何とか支える」という方向で落ち着いたと聞く。


 「確かに志望度は低かったけど、合格しただけありがたいし、行くならここしかない。もう浪人は考えてないし……」


 彼女は複雑そうな笑顔で語る。「第一志望じゃないけど、一から頑張ればいいよね」と自分を奮い立たせていた。


 三月下旬、僕と岸本さん、クラスメイトたちは高校を卒業する日を迎える。校門には桜がまだ五分咲き程度だが、薄桃色の花びらが風に揺れ、卒業生たちの晴れ姿を彩っている。


 体育館での卒業式は厳粛な雰囲気に包まれ、校長や来賓の話が長いことはお約束だが、在校生が歌う合唱や、卒業証書を受け取る瞬間の拍手は心が震える。僕ら吹奏楽部は既に引退しているので式での演奏担当ではなく、純粋に卒業生としてステージに上がり証書を受け取る立場だ。


 式が終わると、クラスに戻って担任から最後の言葉を受け、みんなで写真を撮り合う。先生に花束を渡されたり、後輩がお祝いのメッセージカードを持ってきてくれたりして、教室は涙と笑いが入り混じる空間になる。


 芦沢が「大友、俺は何とか目標の大学行けるか微妙だけど、現役合格目指してもう少し頑張るわ! お前はB大行くんだよな?」などと最後の確認。クラス委員は「みんなそれぞれ進路バラバラだけど、また集まろうね!」と叫ぶ。


 僕は一方的に感傷に浸りそうになるが、岸本さんの姿を探す。彼女も周囲に囲まれ、「おめでとー!」「音大行くんだって?」と祝福されているが、やがて僕と目が合うと人混みを抜けて近づいてきた。


 「大友くん……卒業、おめでとう」


 「うん、岸本さんも……おめでとう」


 この瞬間まで、本当に二人が同じクラスで学生をしていたのだと痛感する。もう制服を着て登校する日はない。彼女は少し悲しげに笑い、「こんなにあっという間なんだね、高校生活って……」と呟く。


 僕は「そうだな……楽しいことも辛いこともいっぱいあったけど、全部あっという間だった」としみじみ返す。遠くで芦沢が「おい、写真撮ろうぜ! お前らこっち来いよ!」と手招きしているが、少しだけ二人の時間を優先したい気持ちが勝る。


 「私、音大には通えるかどうか、まだ家の下宿問題が残ってる。もし無理だったら、バイトしながら通うことになるし、いろいろ大変かも。でも……頑張るよ」


 「そっか。俺もB大に進むことになったけど、もし離れることになっても、お互い連絡取り合おう。絶対会いに行くし、音大生活がどうなるか楽しみでもあるし……」


 そう言った途端、彼女の瞳から涙がポロリと零れる。僕も胸が締め付けられて堪えきれない。結局、クラスメイトの視線も構わず、二人で静かに抱き合う形になるが、すぐに芦沢が「うお、ラブラブかよ!」と茶化しに来て「うるせえ!」と返すいつものやりとり。周囲が笑ってくれて、照れ臭いがなんとも言えない温かさがある。


 卒業式が済んだあと、正式な入学手続きや下宿先の手配など、様々な雑事が一気に押し寄せる。僕はB大学への入学金を払い、近場のアパートを探すか、実家(叔母の家)から通うか迷っている。大学までは電車で1時間程度の距離なので、通えるといえば通えるが、サークル活動を本気でやるなら下宿したほうが便利らしい。


 一方、岸本さんは音大の手続きを済ませ、下宿がほぼ確定になったらしい。住む場所は父親の友人の伝手を頼って安く借りる予定だとか。まだ詳細は固まっていないが、既に春からは家を出る可能性が高い。


 「私、4月の初めには引っ越すかもしれない。大友くんと離れ離れになっちゃうね……」


 そう言われたとき、僕の胸は痛むが、覚悟はしていた。


 「そっか……でも、電車とバス乗り継いで行けば、会えない距離じゃないだろ? 大変かもしれないけど」


 「うん、そう思う。連休とかにお互い暇があれば、会いに行きたいな……」


 とはいえ、音大のレッスンは厳しく、課題も膨大。B大でサークルに入るなら僕も忙しい。簡単には会えなくなるかもしれない。だが、二人は短い“春休み”を最大限利用し、何度かデートをしたり、思い出を作ろうと計画している。


 「お金ないけど、どこか近場の温泉でも行こうか」と僕が言えば、彼女も「いいね、受験の疲れを癒したい!」と乗り気になる。高校制服での登校はもうないが、私服でのデートが増えるかもしれない……それはそれで楽しみでもある。


 卒業式後、諸々の手続きや書類配布のため、三年生が臨時HRに呼び出される日がある。クラス最後の集まりだ。既に多くは進路が決まり、バイトや免許取得に動き出している者もいる中、教室に顔をそろえると、担任の佐々木先生が「えー、皆さん本当にお疲れさまでした。最後に一言いいでしょうか」と話を始める。


 そこには進路未定の浪人組もいれば、第一志望合格でウキウキの人もいる。僕もB大で妥協した形だが、前を向いているつもり。岸本さんも「あとは引っ越し準備だね」と意外と落ち着いた雰囲気を醸している。


 先生の言葉に耳を傾けながら、クラス委員が最後に「皆で写真撮ろうよ」と提案し、机をどけて全員集合で写真を撮る。本当にこれがラスト――高校三年間、いろんなことがあったけど、最終的にクラス全員が揃うのはこの瞬間が最後だ。


 終了後、教室の外で芦沢と拳を突き合わせ、「お前も受験お疲れ。結局どこ行くんだ?」と確認すると、「俺はなんとかC大に潜り込めたわ、ギリギリでな。サッカーはサークルかな」と言って笑う。


クラスメイト同士が「連絡先交換しとこう!」とスマホを取り出し、ワイワイやりながら別れの挨拶を交わす。まるで卒業式の再現のようだが、本当にこれで高校生活に区切りがつくのだ。


 教室を出ると、廊下で岸本さんが待っていた。最後に一緒に下校しようというわけだ。


 「それじゃあ、もうこの学校にもほとんど来ないんだね……」


 「うん、そうだね。部活も引退済みだし、先生に挨拶したし……」


 しみじみ語り合いながら、下足箱で靴を履き替える。制服姿の彼女もこれで見納めと思うと、胸が締め付けられる。


 外へ出ると、校舎の壁が淡い夕陽に染まっている。桜はまだ満開には少し早いが、それでも風に揺れる蕾が春を感じさせる。


 「大友くん……ありがとう。私、ここまでこれたのは大友くんのおかげだと思ってる。音大は第三志望だけど、やっとスタートラインに立てたから」


 「俺も、亜衣がいたから受験頑張れたんだ。B大でサークル入って、また音楽楽しめるといいな……」


 少しだけ周囲を気にして、人がいないのを確認し、そっと手を繋ぐ。二人は門を出るまで静かに歩き、一歩一歩を噛み締めるように卒業した母校を後にする。


 もう高校生じゃない。4月からは大学一年生(彼女は音大一年生)だ。一緒に過ごせる時間は激減するかもしれないが、絶対に繋がっていたい――その強い想いを、二人は固く握った手で確かめ合う。

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