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第42話 冬、受験本番への序曲

 十二月下旬、世間がクリスマスや年末に浮かれる頃、高校三年生の僕らは共通テスト(旧センター試験に相当する統一試験)を目前にして追い込みに入る。英語・国語・社会・理科など、幅広い科目の勉強を同時進行でこなさねばならず、塾でも学校でも模試が連発されるシーズンだ。


 僕は第一志望が私大であるにもかかわらず、共通テストを利用する形で受験するつもりなので、対策を怠れない。大晦日や正月も実家(叔母の家)に帰り、ひたすら過去問とにらめっこする生活だ。


 一方、岸本亜衣は「一般大を受けるなら共通テスト対策が必要」であり、さらに「音大の個別試験(実技)が一月後半にある」という超過密スケジュール。父親が「せめておせちくらいは一緒に食べよう」と言っても、彼女は「すぐにレッスンがあるの」と出かけてしまうこともあるらしい。


 そんな年末年始、僕らはほとんど会えない。LINEを交わす余裕もあまりなく、「いま勉強してる」「そっちも頑張って」の短文だけで日々を過ごす。

 もちろん不安や寂しさはあるが、お互いの努力を邪魔したくない――その思いが強いから、束縛しない。むしろ、これが最後の試練だと思って耐えている。


 十二月三十一日、大晦日。僕は例年なら叔母さん叔父さんとテレビを見て笑っている時期だが、今年はリビングに行かず部屋に閉じこもり、英単語帳や数学の参考書を捲る。頭が疲れてはかどらないが、さぼるわけにもいかない。


 夜11時近くになり、ふとスマホを覗く。岸本さんもきっと勉強しているのだろうか……と思いながら、半ば衝動的に「調子どう?」とだけ送ってみる。


 すると少し経って既読がつき、「ダメだー眠い。いまカフェイン摂取してもうひと踏ん張り」と返事が来る。僕は思わず笑ってしまい、「同じく。もう頭が回らないよ」と返す。


 年越しの瞬間、遠くから除夜の鐘が聞こえる気がするが、僕らはそれどころではない。すぐに勉強を再開する。こんな年越しは初めてだが、彼女と同じ苦しみを共有していると思えば、少し頑張れる気がする。


 年が明け、一月一日になった瞬間、「明けおめ。あと少し頑張ろう」と短いメッセージを送り、彼女から「こっちも明けおめ。今年は勝負の年だね」と返事が来る。それで会話は終わり。寂しいけれど、今はこうするしかない。


 一月中旬、いよいよ共通テスト本番が訪れる。僕は指定された会場へ朝早く向かい、凍えるような寒さの中で入口に並ぶ。見渡せば見慣れた同級生の姿もあるが、あえて話しかける余裕はない。ただ黙々と受験票を握りしめ、待機する。


 教室に入り、机には鉛筆や消しゴム、時計を置く。周りは他校の生徒も混ざっていて、緊張感が走る。監督官の声が響き、最初の科目が始まる――頭が真っ白になりそうだが、なんとか今までの勉強を信じるしかない。


 英語、国語、社会、理科、数学……と次々に試験が行われる二日間は、本当に地獄のような体力勝負だ。途中で「もうダメだ」と心が折れかけても、「亜衣だって頑張ってるはず……」と自分を鼓舞する。


 試験が終わると息も絶え絶えで帰路につく。正直、結果がどうなのか手応えを測れない。模範解答がネットで出回るが、見る勇気もない。やがて自宅で少しだけ回答チェックすると、どうやら点数はそこそこだが、理数系が低く、志望校ボーダーに届くか微妙という印象だ。


 (でもこれがすべてじゃない。私大は個別試験があるし、まだチャンスがある……)


 すぐに気持ちを切り替え、英単語帳を開く。人生でここまで勉強に打ち込んだのは初めてだろうと思いつつ、気づけば深夜。スマホをチェックしても、岸本さんからの連絡はない。彼女も受験当日かレッスンか……連絡する気力もないのかもしれない。僕は仕方なく眠りにつく。


 同じ一月下旬、岸本さんは音大の実技試験に臨んでいた。僕はそれをLINEで知り、「応援してる! 落ち着いていつも通りにね」とメッセージを送るのが精一杯。彼女からは「ありがとう、頑張る」と返事があった。


 当日、試験が終わった頃に「どうだった?」と訊いてみたい気持ちでいっぱいになるが、彼女が疲れているかもしれないので控える。夜遅くに「お疲れさま。大丈夫だった?」とだけ送ると、かなり後になって既読がつき、「実技はそこそこ……だけど、楽典が難しくて自信ないや」と返ってくる。


 僕は彼女の心中を察し、「そっか……でも、まだ分からないから、あまり落ち込まないで」と励ます。既に一般大受験も控えているのだから、ここで落ち込んでいる暇はない。彼女自身も「うん、わかってる。ありがとう」と返してくれるが、内心は不安でいっぱいだろう。


 僕も僕で、二月から三月にかけて私大の個別試験がある。もし共通テストの点が良ければ利用するが、結局足切りなどがあるため、実際には個別試験を真剣に受けて合否を決める流れになる。


 そして、彼女の一般大学受験も二月以降に集中しており、僕と同じ時期に試験の日程が重なることもあるかもしれない。つまり、二人して完全に忙殺される数週間が始まるのだ。


 二月上旬、教室でも塾でも「そろそろ私大の合否が出始める」「国立大の二次試験対策に突入」と話題が飛び交い、クラス全体がピリピリしている。俺は第一志望の私大の受験日を控え、ラストスパートをかけているし、岸本さんは音大の合格発表を待ちながら一般大学の試験準備をしている。


 「大友くん、もう少しで本番だね……」


 放課後、廊下ですれ違った彼女が静かに囁く。前ほど会話する余裕もないが、一瞬の交感が支えになる。


 「うん……そっちも大変だろ。体壊さないで」


 「ありがとう……私も頑張る。音大の結果、来週にはわかるから、そしたらまた連絡するね」


 お互い一言二言交わして別れ、すぐに塾や予備校へ向かうのが日常になっている。クラスメイトたちも同じように忙しく、みんなが「あと少し」と言い聞かせる中、心が折れる人もいる。


 僕らはギリギリのところで踏ん張っている。恋人同士として支え合いたいが、勉強しなきゃという思いが勝ってしまい、デートなど夢のまた夢。それでも、「春になれば――」という希望だけを胸に走り続ける。

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