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第38話 吹奏楽コンクール本番と芽生える迷い

 そして、コンクール本番の日がついにやって来る。八月上旬、朝から気温は高く、セミの声が耳をつんざくように響く。


 僕ら吹奏楽部は学校に集合し、バスで会場となる市民ホールへ向かう。乗り込むときから、部長や顧問が「集中していこう!」と声をかけ、生徒たちは楽器ケースを抱えながら「はいっ!」と返事をするが、緊張で固い表情だ。


 僕はクラリネットケースを握りしめ、隣の席に座る岸本さんをちらりと見る。彼女は少し青ざめているようにも見えるが、ギュッと拳を握って気合いを入れている。


 「大丈夫?」と小声で聞くと、彼女は「うん、なんとか……大友くんこそ、あまり眠れなかったんじゃない?」と笑う。あらかじめLINEで「緊張して眠れない」とやり取りしていたので、お互い様だ。


 バスの窓の外には朝日の中で街が動き出している。暑苦しい夏の日差しが降り注ぐが、僕はむしろ背筋がゾクゾクする感じ。あのホールでの演奏が、もしかしたら高校生活の“最大の思い出”になるかもしれないと思うと、全神経が研ぎ澄まされる気がする。


 市民ホールに到着すると、すでに多くの学校が集まっていて、ロビーは楽器を抱えた生徒たちで埋め尽くされている。挨拶を交わしたり、同じ支部の友人と再会したりする姿も見られ、まさに“吹奏楽の祭典”という雰囲気だ。


 僕らの出番は午後だが、午前中に割り当てられたリハーサル室で音出しが許される時間がわずかしかない。短い時間内で合わせる必要があり、顧問も「時間がないぞ!」と焦る。


 「はい、じゃあ一曲目の出だし確認して、次に二曲目の転調部分、最後に三曲目のフィニッシュだけ通す」


 部長が手際よく指示し、一斉に息を入れる。だが、音が散らばる。湿気のせいか、あるいは緊張のせいか、リハ室の響きに慣れずブレる人が続出。


 岸本さんも表情が険しくなり、指を動かしながら「テンポ速いよ」と小声で訂正を投げる。僕もそれに合わせようとするが、周りとの噛み合いが微妙にずれる。


 (まずい……ここまできてバランス崩すのか……!?)


 短いリハの終了を告げる時間アナウンスが入り、部長が「ストップ、切り上げ!」と強制終了を指示する。まだ合わせ切れていないのに、時間オーバーだ。会場の規定でリハ室を使えるのは学校ごとに限られた分だけ。


 部員たちは焦燥感に包まれながら、「本番でなんとか持ち直そう」と自分に言い聞かせる。僕も息が乱れて、岸本さんが「大丈夫だよ。音楽室のときと同じように吹けばできる」と励ましてくれるが、なぜか一抹の不安が拭えない。


 本番が迫る午後、僕らがステージ袖でスタンバイしていると、予想外の事態が発生した。パーカッションの子がシンバルを持つ留め具を壊してしまい、急いで予備を探す羽目に。さらには金管セクションの一人が「マウスピースが見当たらない」と半パニックになり、部長が「落ち着け!」と叫ぶ始末。


 僕と岸本さんはなんとか平静を保とうとするが、その空気が全体に伝染してしまうのが怖い。


 最終的に、シンバルの留め具は予備が見つかり、マウスピースはケースの下に落ちていたことが判明して解決するが、既に演奏順は迫っている。


 「よし、あと3分で呼ばれる。みんな集合!」


 顧問がステージ袖に集合をかけ、部長が「やるぞ!」と号令を出す。僕らは円陣を組み、「いくぞー!」と声を合わせる。岸本さんと目を合わせ、「頑張ろう」と唇を動かす。手を軽く握り合って放す。


 いよいよ舞台へ。ステージに立つと、客席には多数の観衆がいて、ライトが眩しく目に焼き付く。指揮台に顧問が上り、緊張が最高潮に達する。


 一曲目の冒頭。リハではバラバラだった出だしが、意外にもピタッと揃った。奇跡的なまでに全員の集中が高まっているのが伝わる。テンポがやや速いが、それでも崩れない。


 岸本さんを含むクラリネットセクションは、見事にメロディと裏メロを重ね、響きを支えている。僕も自然と体が音楽に乗り、指が滑らかに動く。冷や汗はかくが、不思議なくらい心地いい。


 二曲目も、難所である転調部分をスムーズに乗り越え、会場に柔らかな旋律が染み渡る。客席は静まり返り、息を飲んで聴き入っているのが分かる。


 そして最終曲。クライマックスの盛り上がりで、金管が高らかに吹き上げ、パーカッションが力強くビートを刻む中、クラリネットも負けじと音数の多いフレーズを駆け回す。


 (いける……! このまま最後まで駆け抜けるんだ!)


 呼吸が苦しくなる一歩手前で、曲はフィナーレへ突入。顧問が大きく指揮を振り下ろす瞬間、全員が渾身の力で息を吹き込み、和音が会場の天井に響き渡る――。


 最後の音が止んだとき、客席から拍手が起こる。大歓声とは言えないが、確かな称賛の響き。僕らは一斉に頭を下げ、舞台袖へ走り去る。


 楽器を抱えたまま、ステージ裏では部員同士が「やった!」「ミス少なかったよね!」と抱き合い、涙を流す人もいる。岸本さんも「大友くん!」と言いながら僕のところへ来て、クラリネットを抱きしめるように胸に押し付けている。僕は一瞬戸惑うが、まるで恋人同士の喜びを表現したいのか、彼女が小さく手を握り「最高だった……」と囁いてくれる。胸がいっぱいだ。


 コンクールの結果発表は夕方。僕らはロビーの一角で待機し、他校の演奏を聴く暇もなくそわそわしていた。市内の強豪校も参加しており、正直なところ上位は厳しいと思うが、少なくとも“手応え”はあった。


 「結果は……銀賞か……」


 部長が悔しそうにつぶやく。金賞ではなかったが、銀賞なら良いほうだ。三年生抜きの新体制でここまで来たのは十分評価できるはず。部員たちも一瞬落ち込むが、すぐに「でも悔いはない」と笑い合う。


 僕も正直、「金賞を取れたら最高だった」と思う反面、あれだけの演奏をできたなら満足だ。岸本さんも「銀賞でもいい。自分が納得できる演奏ができたから」と微笑む。


 そして、僕は思う――これが“部活最後の夏”かもしれない。秋までは活動があるが、受験が本格化すればこれほどのメンバーは揃わないだろう。寂しさが湧くが、やりきった感もある。


 コンクールを終え、校舎へ戻るバスの中で、岸本さんが小さく囁く。


 「次は受験、かな……。私、もう父と相談して本腰入れるつもり。夏期講習とか行かなきゃ。大友くんも、決めなきゃダメだよ?」


 「うん……わかってる。そろそろ“どうするか”決める時期かも」

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