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第29話 早春の兆しと部活の新展開

 二月に入り、暦の上では立春を迎えるものの、実際の気温はまだまだ低い。朝晩は氷点下近くになる日もあり、僕らはマフラーやコートを手放せないままだ。


 学校も年度末に向けて慌ただしくなってきた。三年生は卒業を目前に控え、受験真っ只中の人もいれば就職先が決まった人もいる。二年の僕らも、その光景を見て「来年は自分たちの番か……」と肌で感じ始める時期だ。


 吹奏楽部では、3月の送別コンサート(卒業生を送る演奏会)が恒例行事として計画されている。三年生の先輩は、忙しい合間を縫って最後の舞台に立つらしく、僕ら二年や一年も盛大に送り出そうと準備に追われている。


 「送別コンサートには大友も出ような。サブパーカッションじゃなくても、もうクラリネットで行けるだろ?」


 部長がそう言ってくれるし、岸本さんも「一緒に合奏しよう!」と張り切っている。演劇や文化祭を経験した僕にとって、“みんなで何かを作り上げる”機会はやはり魅力的で、ぜひ参加したいと思っていた。


 そんな中、クラスでも受験組が話題になる。二年生の時点でAO入試を視野に入れたり、推薦を狙ったりして動き出す人が出てきて、先生が個別に面談を行うケースも増えているのだ。


 ある日、芦沢が浮かない顔で「大友、ちょっといいか?」と声をかけてきた。どうやらサッカー推薦の話が思うように進まなかったらしく、一般入試も考えなきゃいけないと言われたそうだ。


 「部活で実績があれば推薦行けると思ってたんだけど、うちの学校はそこまで強豪じゃないから、スポーツ推薦が厳しいかもしれないって監督に言われて……。俺、どうすりゃいいんだろうな」


 珍しく弱気な芦沢に、僕はどう声をかけるべきか戸惑う。前の学校でもこれほど深刻に悩む友人を見たことがなかったから。


 「……それでも、芦沢がサッカー好きなら、一般入試で入っても大学のサークルや部で続ければいいんじゃない?」


「まあ、そうだよな。だけど、推薦で狙ってた大学ほどの有名校には行けないかもしれないし……。俺も悔しいんだ」


 そう言って拳を握る芦沢。僕は何とも言えないが、「応援するよ。もし実績が足りないなら、残りの大会で結果出すしかないだろ?」と励ますことしかできない。自分もクラリネットではまだまだ新人だから、人のことを言えた義理ではないが……。


 こんなふうに、クラスメイトの多くが進路で揺れ始める時期。岸本さんも例外ではなく、かといって彼女はあまり表情に出さない。それが逆に不安を募らせる。


 そんな折、岸本さんから意外な報告を受ける。「父が転職するかもしれなくて、いま色々動いてるんだ」とのことだ。家計面や働き方を見直すために、春までに仕事を変えることを検討しているらしい。


 「そうなんだ……。じゃあ少しは余裕が出るのかな」


「わからない。むしろ給料が下がるかもしれないっていう話もあって。でも、家にいる時間が増えるなら、私としてはそっちのほうが嬉しいし……」


 彼女は複雑そうに眉をひそめる。お金か時間か。家族それぞれの暮らしを考えると、何が正解かは簡単に決められないだろう。


「ただ、父は『お前が音大行きたいなら、今は無理だけど数年働いて落ち着いたら助けてやれるかも』って言ってくれたんだ……。でも、それって本当に現実的なのかな、私もう大学卒業する年齢になっちゃうかもしれないし」


 そう言葉を詰まらせる彼女に、僕は「そっか……でも、前よりは話してくれるようになったじゃん、お父さん」と声をかける。家族で意見を出し合っているだけでも進歩だと思うし、状況がどう転ぶかはこれから次第だ。


 「うん、そうだね。前はお互い沈黙してたから……それを考えたらマシかも。でも、まだ私自身がどうしたいか答えが出せなくて、父に決めさせようとしてるんじゃないかって……それが嫌で」


 歯がゆそうに唇を噛む彼女。僕は「焦らず時を待て」と自分のおみくじを思い出しながら、「もう少しだけ、自分を信じればいいんじゃない? だって岸本さん、いろんなことちゃんと頑張ってるし、きっと道は開けるって」と、ありきたりな励ましをしてしまう。


 彼女は「ありがとう。大友くんも進路決まってないのに、私ばっかり悩み聞いてもらってごめんね」と微笑む。やはり、こういう時間が僕らにとっては大切なのだ――お互いの不安や悩みを共有することで、ほんの少しだけ前向きになれる。


 そして二月も中旬を過ぎ、吹奏楽部では「送別コンサート」に向けた練習が活発化する。三年生は入試や卒業準備で忙しく、全員揃わない日もあるが、それでも先輩たちが最後のステージにかける思いは強い。


 「大友も、岸本と一緒にクラリネットパートに入ってくれ。曲目は三曲だけど、うち一曲は華やかなポップスアレンジだから、初心者でも楽しめるよ」


 部長がそう言って楽譜を手渡してくる。僕は内心、「もっとやりたい」と思いつつ、慌てて「あ、ありがとうございます、頑張ります」と受け取る。岸本さんが横で「一緒に頑張ろうね」と言ってくれるだけで、モチベーションが一気に上がる。


 送別コンサートの本番は三月上旬。そこから三年生は卒業式を迎え、僕ら二年はあっという間に進級する流れだ。その間に「終業式」「合格発表」など大きな行事が目白押しで、クラスも部活もバタバタしそうだ。


 僕は「それまでに、少しは自分の気持ちを固めよう」と心に誓う。岸本さんへの恋も、そして進路のことも、何もかも宙ぶらりんのままでは新年度を迎えてしまうから。


 校庭の隅には、まだうっすら雪が残っている日もあるが、日に日に陽射しが暖かく感じられるようになってきた。部活帰りに外へ出ると、夕方の空が少しだけ明るい時間が長くなった気がして、季節の移ろいを感じる。


 放課後、岸本さんと並んで昇降口を出て、練習について話す。


 「やっぱり先輩たちすごいよね。受験とかあっても、最後まで部活頑張るなんて」


「うん、本当に……私も来年あの立場になったらどうなるんだろう。入試直前で部活やる余裕あるのかな」


 「そっか、でも岸本さんなら何とか両立しちゃいそう」


「ははは……どうだろうね。父のこともあるし、音大行くかどうかも決めてないし。でも、とりあえず今は送別コンサートに集中したいかな」


 彼女はそう言って微笑み、肩にかかった髪をさらりとかき上げる。近くから見ると、冬の間に肌が少し白くなったようにも見え、どこか大人っぽさを増した印象がある。


 「あ、大友くん、もうすぐ三学期の期末テストもあるよね。今度は前回以上に気合い入れて勉強しないと……」


「うっ……そうだよね。勉強をサボるわけにはいかないし、部活との両立大変だ」


 「もし良かったら、また図書室で一緒にやろうよ。私も理系科目とか不安だし……」


 彼女の誘いに、「うん、ぜひ」と即答する。期末テストも、送別コンサートも、まだ形になっていない進路の悩みも――全部抱えたまま、それでも僕らは少しずつ前へ進んでいる。

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