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第28話 新学期と進路のかげり

 一月中旬。冬休みが終わり、いよいよ新学期が始まった。正月気分はすっかり抜けきっていないが、学校は一気に日常のペースを取り戻し、先生たちは「受験まで残り○日」「進級まであと少し」などと口うるさくなる時期だ。


 僕は、クラスに戻ると前と同じ席に座り、新年の挨拶で盛り上がるクラスメイトたちと再会を喜び合った。芦沢は「大友、正月太ってね?」などとからかい、僕は「そっちのほうが鍋腹じゃん」と笑い返す。


 岸本さんはというと、いつも通りに周りへ「おはよう、あけましておめでとう」と声をかけながら、僕とも目を合わせてにこやかに頷く。二人で初詣に行ったことなどクラスメイトに言うつもりはないが、僕ら自身には秘密の共有というか、特別な思いがある。


 ホームルームで担任の佐々木先生が配ったのは「進路希望調査表」だった。二年生も後半になると、大学進学や就職、専門学校など、具体的な進路を意識しはじめる必要があるというのだ。


 「まだ仮の調査だけど、そろそろ自分が何をしたいか考えておいてね。三学期に入ったら面談もあるから。保護者の方ともしっかり話し合っておいてください」


 先生がそう言い、クラスには微妙な空気が漂う。受験ムードが迫ってくる感じがして、嫌でも現実を突きつけられるのだ。


 (俺はどうするんだろう……)


 自問自答する。親が海外赴任中で、僕自身、進学先をどこにするか明確なビジョンがあるわけではない。最近は部活やクラス行事に夢中で、進路を真剣に考える時間を取っていなかった。


 「ねえ、大友は大学行く感じ?」


 授業後、芦沢がぼそっと声をかけてくる。


 「うーん、たぶん。別に就職する理由もないし……でも、学部とか全然決めてない」


 「そっかー。俺もサッカー推薦とか狙ってるけど、まだわからんしな。まあ、まだ時間あるか……」


 そう言いながら、芦沢は鼻歌交じりに席を立つ。クラスのあちこちでも「文系か理系か悩む」「うちの親が大学行けって煩い」などの声が聞こえてくる。


 放課後、吹奏楽部の全体ミーティングが開かれた。年始の挨拶や今後の練習計画、そして「三学期末にはまた何かイベントするかも」なんて話題が出るが、同時に部長や先輩が進路に絡めた話をし始める。


 「三年生は、もう受験組とそうでない組に分かれてるけど、二年の子たちもそろそろ考えなきゃだよ。音大を目指す人は専門の先生にレッスン受ける必要があるし、趣味で続けるなら大学の吹奏楽サークルや市民バンドもあるしね」


 部長がそう語ると、先輩の鈴木さんが「私も音楽関係をちょっと考えてるんだよね。音大まではいかなくても、音楽の専門学校とか……」と続く。


 それを聞いて僕はふと、岸本さんはどう考えているんだろう、と気になる。吹奏楽が好きで、あれだけ練習熱心な彼女だが、音楽を職業にする道を目指すかどうかは分からない。父親の事情もあるし、大学進学が必須かもしれないし……。


 ミーティング終了後、彼女にさりげなく訊ねてみる。


「岸本さんは進路、どうするか考えてる?」


「うーん……実は迷ってるんだ。音楽の道も興味あるんだけど、父からは『普通に大学行って就職したほうが安定だろう』みたいに言われてて……。でも、私自身も音大行くほど才能があるかって言われると自信ないし」


 彼女は唇を噛みながらそう打ち明ける。確かに、音大に進むには相当な覚悟と資金が必要だろうし、家庭環境的にも簡単なことじゃない。


「そっか……。でも、まだ時間はあるし、岸本さんが本当にどうしたいか次第じゃない? 父親の言うこともわかるけど、後悔しないように選ぶのも大事だしさ」


「うん、そうだよね……。もう少し考えてみる」


 彼女は曖昧に微笑む。僕としては、彼女がどんな道を選んでも応援したいが、もし彼女が遠い大学や専門学校へ行くとなったら、今の関係はどうなるんだろう――そんな不安も少し心によぎってしまう。


 それから数日、僕はクラスの授業や部活をこなす一方で、進路調査表に何を書こうか悩んでいた。とりあえず「文系大学進学希望」とだけ記して出そうかとも思ったが、何を学びたいのか具体的に定まっていないのがネックだ。


 岸本さんも似たように悩んでいるらしく、放課後の廊下でばったり会うと、「まだ何も書けなくて」と頭を抱えていた。


 「父は『就職もアリだぞ』なんて言うけど、それなら私が部活やめてアルバイト増やさなきゃならないし……でも音楽捨てるのも嫌だし……」


「そっか……大変だよな。父親も家計のことを考えてるのかもしれないけど」


 彼女はうなずく。「そうなんだよね。お母さんがいないぶん、経済的には余裕がないのかも。でも、私にできるのは奨学金とか考えることだし……。そもそも音大に行くかどうか、まだはっきり決められない」


 冬の冷たい風が廊下の窓から吹き込み、彼女の髪を揺らす。僕は思わず彼女の手がかじかんでいないか気になりながら、「焦らなくていいんじゃないかな。まだ三年生まで少しあるし、先生や先輩たちにも相談してみたら?」と声をかける。


「うん……ありがとう。そうする。大友くんはどうなの?」


「俺も何も決めてないんだよね。大学行くにしても何を学びたいかまでは……。でも、少なくとも吹奏楽を大学でも続けたい気持ちはあるかな」


 そう言葉にして初めて気づく。いつの間にか“吹奏楽を続けたい”と思う自分がいるのだ。岸本さんと出会い、演劇やアンサンブルを経験して、音楽が生活の一部になったからこそ生まれた感情だろう。


 こうして新学期が始まってから数週間が経過し、もうすぐ二月に入るころ。僕と岸本さんは相変わらず“友達以上、恋人未満”の関係を続けている。お互いに惹かれ合っているのを感じつつも、はっきりと交際を宣言したわけではない。


 それでも、部活や帰り道で会話する中で、ときおり仄かな想いを垣間見ることがある。彼女が笑顔で「大友くんがいるから頑張れる」なんて言ってくれると、僕は嬉しさで胸がいっぱいになるし、一緒にいるだけで満たされる瞬間がある。


 同時に、進路という現実が僕らを悩ませ続けている。将来を見据えて動き出す周りの友人たちも増えてきて、クラスの空気が変わり始めているのだ。


 (もし彼女が音大や専門学校に行くとしたら、遠くの都市へ行く可能性もあるし、そうなれば俺たちの関係はどうなる?)


 そんな不安が頭をもたげるが、いまは何も決まっていないからこそ言えない。彼女も父親との家庭事情を抱えつつ、一歩ずつ前を向こうとしている。僕が変に告白して混乱させるより、まずは支える存在でいたい。


 そういう思いを抱えながら、日々を過ごす。焦りと期待、そしてまだ見ぬ未来。二月になると、また新たな学校行事や部活の活動が控えている。それがさらに僕らの心を揺さぶることになるのだろうか――そう思うと、胸が高鳴ると同時に一抹の不安も拭えない。

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