第27話 正月、そして再会の初詣
年が明けた。
僕は正月の朝、叔母さんが用意してくれたおせち料理をつまみながら、テレビに映る新春番組を眺めていた。叔父さんは「箱根駅伝を見るぞー」と張り切っていて、リビングはそこそこ賑やかだ。
スマホを見れば、クラスのLINEグループは年始の挨拶でまだまだ盛り上がっている。芦沢が「明けましておめでとー、初詣行かね?」と誘ってきたり、部長が「楽器の初吹きはいつにする?」なんて提案してきたり。冬休みもあと1週間ちょっとで終わるが、その間にどこまで予定を詰め込めるのか、考えどころだ。
「遼くん、今日は特に出かける予定ないの?」
叔母さんに訊かれ、僕は「うん、特に」と答える。初詣も明日か明後日あたりに行くつもりだったが、そもそもどこへ行くか決めていない。
そんなとき、スマホに岸本さんからメッセージが届く。「今から神社に初詣行こうと思うんだけど、大友くんはどうする?」と書かれている。
(え……まさか、急な誘いだけど、どうしようか)
悩むまでもなく、僕は「行く!」と即決した。せっかくのチャンスを逃したくないし、元旦に彼女と一緒に初詣なんて、最高のスタートじゃないか。叔母さんにも「ちょっと友達と初詣行ってくるよ」と告げ、身支度を整える。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
叔母さんが見送ってくれ、僕は急いで玄関を飛び出す。スニーカーを履きながら、昨日までのモヤモヤがウソのように消えていく気がした。
岸本さんが指定してきたのは、町の中心部にある比較的大きな神社。新年には毎年多くの参拝客が訪れるらしく、駅から数分歩いただけで露店や長い行列が見えてきた。鳥居の前にはたくさんの人がいて、少し早く来て正解だったかもしれない。
僕が鳥居の近くで周囲を見回すと、赤いマフラーを巻いた彼女が人混みの向こうで手を振っている。いつもとは違う落ち着いたコート姿がやはり新鮮だ。
「あけましておめでとう。ごめん、混んでるね」
彼女が軽く会釈しながら笑う。その表情に、僕は年末の庭園デートの続きのようなときめきを感じる。
「あ、うん。あけおめ……。ほんと、すごい人だね。参拝も時間かかりそう」
「まあ、お正月だから仕方ないか。どうする? 並ぶ?」
これだけ人が多いと、参拝の列はかなり長い。僕らはとりあえず隣接する道に並んで、のろのろと進む。露店が並ぶ参道を通り抜ける間に、甘酒やたこ焼きなどの香りが漂ってきて、妙に誘惑される。
「ねえ、並びながら暇だし、どっかで温かいもの買わない?」
「あ、いいね。あれ、甘酒かな」
列から少し抜けて、甘酒の屋台に寄り道してみる。おじさんが紙コップに注いでくれて、「あいよ、二杯で300円ね」と言う。僕が財布を出しかけると、彼女が先に硬貨を払ってしまった。
「あ、悪いよ、俺が……」
「いいの、ここは私が出すから。お正月だし」
そう言って笑う彼女。少しだけ肩が触れるくらいの距離で、紙コップを受け取り合う。中身の甘い香りが鼻をくすぐり、寒さが少しだけ和らぐ。
再び列に戻り、のろのろと進みながら甘酒をすすっていると、なんだか心まで温まってくる。彼女と軽く雑談をしながら、「まだおせち料理余ってる」とか「部活の先輩が挨拶LINEくれた」とか、本当にたわいもない話題。
僕は、この“些細な雑談”が何よりも嬉しい。特別に盛り上がるわけじゃないのに、彼女が隣にいるだけで十分満たされる。
参拝を終えると、ちょうど境内の脇におみくじ売り場がある。たくさんの人が“今年の運勢”を占おうと並んでいる。僕らも流れに乗っておみくじを引くことにした。
「どうだろう、吉とか凶とか。気になるなあ」
「だねー。部活とか、勉強とか……あと、家のこともあるし」
お互い300円を払って木箱を振り、おみくじを引く。僕は巻物状の紙を開いてみると、「中吉」と印字されていて、そこそこの内容だ。恋愛運の欄には「焦らず時を待て」とあり、妙に胸に刺さる。
岸本さんはどうかと見やると、「あ、大吉だ!」と驚きの声を上げている。
「すごい……しかも、学業も恋愛も、なかなかいいこと書いてある。『誠意を示せば必ず思いは届く』とか……」
彼女は顔を赤らめながら微笑む。こっちとしては勝手にドキドキしてしまう。「誠意を示せば届く」って……何に対してだろう。
彼女は「ふふ、いい年になりそう」と嬉しそうだ。僕は「よかったね。俺は中吉だけど、恋愛運は“焦らず時を待て”だとさ……」と少し自嘲気味に笑う。
「でもいいじゃない、中吉って“上を目指せる”って意味でしょ。恋愛だって、焦らなければうまくいくかもしれないよ?」
彼女が無邪気に言う。僕は思わず「そうだといいけどね……」と返すのが精一杯だ。やはり彼女の言動一つ一つが胸を揺さぶる。
おみくじを境内の決められた場所に結ぶか持ち帰るか迷ったが、僕は持ち帰ることにした。岸本さんは大吉だからそのまま持ち帰るらしく、「お守り代わりにするんだ」と笑う。そんな光景を横目に、僕は“焦らず時を待て”という言葉を頭で反芻していた。
参拝やおみくじを終え、境内の賑わいから少し離れたところへ移動してみると、雑踏が嘘のように静かな一角がある。石灯籠が並び、小さな祠が建っていて、ここまで来る人はあまりいないらしい。
「ここ、初めて来たけど、神社の裏側って感じで落ち着くね」
「うん、人が少ないからかな……。私、お正月の混雑がちょっと苦手で」
彼女はそう言いながら、石段に腰掛ける。僕も隣に腰を下ろし、息を吐く。先ほどまでのざわめきが遠くに聞こえるだけで、ここはひんやりした空気が漂っている。
「ねえ、大友くん……今年もよろしくね。改めて思うんだけど、去年いろんな行事を一緒に頑張れて嬉しかったし、アンサンブルや演劇もすごく思い出に残ってる」
「うん、こちらこそ。ほんとに色々お世話になったし、すごく楽しかった。……演劇とか吹奏楽部とか、岸本さんがいてくれなきゃ、俺はこんなに頑張れなかったと思う」
気がつくと、言葉が素直に出ている。彼女は柔らかい笑顔を浮かべ、「そう言ってもらえると私も嬉しいな」と答える。
(いま言うべきか? 気持ちを……告白するならこのタイミングかもしれない)
頭の中で自問自答する。けれど、やはり迷いが勝つ。おみくじの“焦らず時を待て”という文言が脳裏にちらつき、彼女の父親との関係もまだ安定しているかどうかわからない。もう少しだけ、踏み込むのは先かもしれない。
そこへ彼女が、「大友くん、どうかした?」と首をかしげる。表情を見る限り、心配そうだ。
「あ、いや……なんでもない、ちょっとぼーっとしてた」
「そっか……疲れちゃった? ごめんね、朝早くから呼び出して」
「いやいや、そんなことないよ。誘ってくれてありがとう。ほんとに来てよかった」
そう言うと、彼女は安心したように笑ってくれた。
その後、僕らは境内を一通り見回し、再び賑やかな参道へ戻ってたこ焼きを食べたりして時間を潰す。初詣で人混みを楽しむというより、二人で過ごす年始の空気を味わっている感じだ。
やがて夕方になり始めると、彼女が「そろそろ帰ろうか」と切り出す。やはり父親が家で待っているのだろう。僕も叔母さんが夕食を準備しているかもしれないし、あまり遅くなるのも悪い。
帰り道、駅へ向かう途中で、お互いに「またね」と何度も繰り返す。まるで名残惜しさを隠せずにいるみたいだ。
「ほんとに今日はありがとう。新年初日から大友くんと来られて、嬉しかった」
「俺も。すごく充実した……また部活始まったら会おうね」
そう言って並んで歩き、駅の改札前で「じゃあ、俺はこっちだから」と分かれる。人混みの中、彼女は「うん、またね」と手を振って見送ってくれた。少しだけ目が潤んでいるように見えたのは、照明のせいかもしれない。
帰りの電車で揺られながら、僕は今年こそもっと進展したいと強く思う。彼女の家の問題がどう変化するのか、吹奏楽部でどんな活動があるのか、クラス行事は何があるのか――わからないことだらけだが、少なくとも“彼女と一緒に過ごす時間を増やしたい”という気持ちだけははっきりしている。
(焦るな、時を待て。でも、待ってるだけじゃダメだ……)
おみくじの文言が頭をよぎる。時を待ちながらも、自分ができる範囲で思いを伝え、行動していこう。そんな曖昧な決意を抱きつつ、列車の窓に映る自分の顔を見つめる。そこには、少しだけ成長したような――でもまだ頼りない表情の自分がいた。




